0時13分
台所と居間と寝所。全部足しても15畳にも満たない、古くて狭い県営住宅。
そこで暮らしていた祖母は、まだ50代なのに、いつも死にたいと嘆いていました。
痴呆で正常な排泄ができなくなった祖父を罵った毎日。
そのつれ合いの早逝した死に顔を見ながら思ったそうです。化けて出ないでほしいと。
祖母はずっと後悔して生きてきました。
祖母は好かれない人でした。
同じ年代の仲間に寄り添っても、疎ましさを誘うだけの人でした。
みんなで旅行に行こうよ。その言葉に勇気を出して、自分も連れていってと頼みました。苦笑を浮かべた相手は、ごめんね、と返しました。
断られたのに、祖母は新幹線に乗りました。そして、目的地の駅で折り返して帰りました。
祖母はずっと寂しがって生きてきました。
祖母には私の他に孫がたくさんいました。
祖母はいつもいらいらして孫に当たりました。
自分の人生は子どもの嬌声にまみれた粗雑なものではないはずだと。
怒鳴ったあとに自己嫌悪に陥り、暗い台所に佇む祖母を、私は何度も見ました。
祖母はずっと幸せを避けて生きてきました。
祖母の家の大黒柱には木製の柱時計がかかっていました。
ゼンマイ式のその時計は、いつも狂った時間を指しています。
早く死にたい。そう言いながら床につく祖母は大きないびきをかいて寝ます。
祖母と同じく理解者に恵まれなかった私は、親元を離れ、祖母の隣で布団に潜る毎日でした。
0時。なぜか13分。正しさを放棄した柱時計が日付の変わった時報を鳴らします。
ぼーん。
私は目を覚まして布団から這い出ます。
ぼーん。
隣で寝ている祖母の口元に手を当て、呼吸を確かめます。
ぼーん。
いつか、本当に祖母が死んでしまっていたときは、どうしたらいいのかと考えます。
朝を待つ長い闇の時間の中で、何に対しても貢献することのできない自分と祖母の人生は、誰にも気づかれることなく、ひっそりと終わっていいものかを考えます。
0時。14分。狂った時計が時報を止め、狂ったまま、新しい日付に進み始めます。
祖母のいびきは健在で、私は明日も学校に行きます。