キミを喪うために
世界の均衡。
そんなものなど端から存在しなかった。
己が心の均衡すら保つことの出来ない人間に
何が残されているというのだ。
何ができるというのだ。
君が一歩、足を踏み出せば
私の世界は揺れる。
音に溢れた、音の無い世界。
しんしんと降る雪に身体が天へ吸込まれてゆくように
私が立っていたその場所は
軋みも無く、滑らかに崩壊する。
落ちてゆくのは
私の記憶。
失っていたことすら覚えていない
私の追憶。
存在しない哀しみに捕らわれてしまったのは
この指が辿った意味を持たない文字の羅列だけだった。
君と私を繋ぐものは、始めから何も無かったのだ。
その事実に別段、何の衝撃も感銘も受けることなく
気がついた時にはもう、私は、君の中に落ちていた。
君の中に落ちていた。
棺の傍らに臥し、銀色の瞳を夢見る幼子は、
人であったことを忘れ、蝶の羽をその背に伸ばした。
どこへ行く?
どこへ?
儚い現実の狭間に見切りをつけて
君が立つ小さな世界は
今も昔も変わることなく
私の側で揺らいでいる。
風に吹かれて。
雨に打たれて。
遠く雷鳴に耳をそばだてて。
そして、私の手にした球体は
ぐにゃりと歪むのだった。
柔らかく
君を喪う為に。