間が悪い4 ~ルート選択の苦悩~
間が悪い。私は本当に間が悪い。この間の悪いさで焦ったことは数知れず。
間の悪さで注意しなければならないのは、遅刻だ。約束ごとの遅刻、仕事の遅刻、それは寝坊に関わらず間の悪い私には、様々な理由で降りかかる。
今回は、間の悪い私が苦悩の末に選んだルートで生じた間の悪い事件を聞いて欲しい。
私は田舎者だ。
田舎者の私は車を常用する。
今は実家から外に出て、職場の近くにアパートを借りているが、稀に実家に帰ることもある。決して実家が遠いわけではない。車で一時間ほど。渋滞に巻き込まれなければ、四十分ほどで職場に着く。ただ、朝のラッシュ時の運転が煩わしく、一時間以上掛かることもあるため、職場の近くにアパートを借りたということだ。
たまたま、私は実家に帰っていた。
実家に帰っても、車で行けば一時間と少し。朝早く家を出れば四十分ほどで行ける。私の職場の始業時間は八時二十分。実家に帰ると、私は七時前に家を出る。ラッシュに巻き込まれるのが煩わしいからだ。
私の実家から職場までの通勤ルートは三種類ある。
一つは市内を通り抜ける県道。信号が多く交差点も多いが、実質的な距離は最も短い。深夜に通るときは、この道が最も適し、三十分ほどで行くことが出来る。
二つ目は国道。大回りになるが、信号の少ない道を走り抜けることが出来る。距離は長く深夜でも五十分ほどの時間がかかる。しかし、ラッシュ時でも比較的スムーズに進むのが特徴だ。
三つ目は高速道路。実家近くのインターから高速に入り、職場近くのインターで降りる。当たるで二十五分というところだろう。高速道路無料化の間はお世話になったが、有料となった今はあまり使わない。たかが四百円。されど四百円なのだ。
実家から職場に通勤するとき、常に私を悩ませるのが、この三つのルート選択の苦悩だ。
大概は六時四十分に家を出て、一つ目のルート。つまり、市内を通り抜ける県道を通る。この時間に家を出ると、ラッシュ時には渡ることができない橋をスムーズに通ることが出来るのだ。私は四十分の境界と呼んでいる。六時四十分を過ぎて家を出ると、近所の橋が渡れないほど混雑しているのだ。
国道を行くべきだ。
友達は常に私に言う。市内を通り抜ける県道は、雨の日は予想以上の混雑を見せることがある。だから、国道を行くべきだ。現に、実家近くから通っている同僚は、国道を利用している。国道だったら、七時に出ても余裕だと。同僚は言うが、運転時間を短くするために、私は市内を通り抜ける県道を利用する。
私は間が悪い。
今日、私は実家から通勤した。目覚めが悪く、家を出たのは六時四十五分。境界の六時四十分を五分過ぎている。ここで一つの選択を迫られる。
一つ目のルート。市内を通り抜ける県道を利用するか。
――私の頭の中で声がする。大丈夫、たった五分。実家から通勤すると、いつも七時半前には着いているじゃないか。大丈夫。八時には着くさ。いつも利用するルートを選べと、心が私に指示する。
二つ目のルート。大回りだが混雑が少ない国道を利用するか。
――私の頭の中で声がする。境界の四十分を五分過ぎたんだ。安全な国道を行くべきだ。同僚は、国道を利用すれば七時に家を出ても間に合うと言っているじゃないか。今は六時四十五分。安全な国道を選ぶべきだ。
三つ目のルート。高速道路を利用するか。
――私の頭の中で声がする。五分の寝坊で大渋滞に巻き込まれるのは馬鹿げている。働いて稼いでいるんだろ。たかが四百円。気前良く払っちゃえよ。
私はエンジンを掛ける。愛車の軽自動車「からし」ちゃん。私は一つ息を吐いた。ここが究極の選択。どの道を通るのかで、車を運転する時間が変わる。遅刻はしないだろうが、ラッシュ時の運転は慣れていないから、遅刻をしたら……と考えるだけで恐ろしい。安全な道を。遅刻をしない道を。究極の選択。
どの道を行くべきか、母に尋ねると、母は笑っていた。暢気な母らしい。間が悪いため心配性の私とは正反対のようだ。
結局私は自分で判断した。
迷って、迷って、迷って。
判断した。
――国道を。
私は二つ目のルート、国道を選択した。同僚は、国道を使って遅刻をすることなく通勤している。しかも、この時間より遅く家を出てだ。遅刻はしたくない。安全が第一。
私は大好きなロックミュージックを流しながら軽快にハンドルを操作した。
バイパスを通り、国道へ出る。国道へ出たのは七時のこと。
(余裕だ)
私は安堵の息を吐いた。国道から職場まで三十分ほど。職場到着予定時刻七時四十分。これなら、八時二十分の始業に余裕で間に合うはずだ。
国道へ出たとき、私は一つ首をかしげた。国道が渋滞しているのだ。バイパスから左折で国道へ入る。市内へ向かう車がズラリと並んでいる。反対に、市内から地方の工場地帯へ向かう車は殆どいない。
(こんなに混むのかな……?)
私は疑問を抱えながら国道の渋滞へと並んだ。時間は七時。間に合うはずだ。第一、同僚は余裕で間に合っている。
カーステレオがロックミュージックを流し、私は大きな声で一人カラオケをする。朝から気持ちが良い。一曲歌い、二曲歌い、三曲目に差し掛かった時、私は首をかしげた。
(あれ?)
おかしい。国道に入って十五分。百メートルも進んでいない。信号も無い。なぜ、車が動かないのだ?
私の中に微かに動揺が広がった。
四曲目を歌い、五曲目は歌う気にならなかった。気持ち悪く心臓が脈打っていた。
(こんなに混むの?おかしい。今の時間は七時半前。これじゃ、この先スムーズに進んでもギリギリだ)
私は焦った。
間が悪い。私は間が悪い。
動揺した私はとりあえず、大きな声で歌ってみた。しかし事態は好転することがない。動かない車列。焦る私。そして流れるロックミュージック。
(ヤバイ!)
ここで私は事態の深刻さを理解した。
時刻は七時半。
とりあえず、携帯のイヤホンを耳に入れ、マイクをつけてあちこちに電話した。運転中の携帯の使用は禁止。でも、今は緊急事態。同僚に電話した。後輩に電話した。とりあえず、この国道を利用して通勤しているだろう人に片っ端から連絡してみた。
私の中で焦りが広がる。
職場に連絡するべきか。
(すみません。国道が渋滞して)
職場に報告する内容を想像して、私は一人首を横に振った。駄目駄目。そんな言い訳許されない。
もう、ロックミュージックを聴いている余裕も無い。私はボリュームを0にして、電話を続けた。誰も出ない。
(おかしい。なんで?市内から行くべきだった?なんで?なんで?なんで……)
焦った私は実家に電話を掛けた。
お母さん。
国道が動かないよ。
なんで?
暢気な母は、あまり深刻に考えていない。
いやいや、そんな甘いことじゃないんだよ。
緊急事態なんだよ。
こっちの身にもなってよ。
二度と仕事の日は実家に帰らないから。
そこまで言って、母が父に代わった。元来、方向音痴の母は、道の事が分からないのだ。
間が良いことに、今日父は休み。私は父にまくしたてた。
なんでこんなに混むわけ?
混まないでしょ。
って言うか、三十分以上並んで一キロも進んでいないっておかしいでしょ。
父が一つ言った。
――Uターンして高速へ!
父の言葉を聞いて、私は愕然とした。その手があった。高速があった。市内の道は今更間に合わない。しかし、高速なら。
一部の望みを託して、私はUターンして高速道路へ向かった。
七時前に通った道を、七時四十分になって戻っている。見れば、Uターンをしている車は多い。その性で、高速の入り口も混雑をしていた。
私はカーステレオのボリュームを上げた。今、叫ぶように歌わなくては気持ちが落ち着かない。
(お願い。お願い。お願い!)
私は高速に乗ると、車のスピードを上げた。中古で買った軽自動車「からし」ちゃんのエンジンが大きく音を立てる。右車線をぶっ飛ばす。表現が悪いけれど、ぶっ飛ばす、という言葉が最も適切だ。
時刻は八時五分。
私は高速を降りた。私の車にETCはついていないから、慌てて財布から四百円を取り出す。
高速を降りてから、職場に向けて車を飛ばす。
(お願い。お願い)
私は祈った。時計よ、止まれ。同時に、思うのだ。なんで、市内の道を選ばなかったのか。第一、結局高速道路を使うなら、もう少し実家でゆっくりとご飯を食べれば良かった。
信号をくぐり抜け、私は駐車場に車を停めた。
時刻は八時十三分。
それから駐車場を駆け抜け、階段を駆け上がり、更衣室へ。
(何で、更衣室が最上階にあるわけ?)
私は普段以上に不満を覚えながら、階段を駆け上がり、バタバタと着替えた。
時刻は八時十九分。
階段を駆け下りる私。着替えの速さは、ジャニーズ早着替えに匹敵すると自負している。
時刻は八時二十分。
ミーティングが始まると同時に、駆け込んだ。
上司と目が合う。
(いやあ、なぜか渋滞していて)
上司に目で謝罪する。何事も無くミーティングが始まったということは、間に合ったということだろうか。
今日一日は、激しい一日になるだろう。
なぜ、国道が渋滞したか?
それは、間の悪い私が国道を選択したから。
ウソ。
答えは昼に分かった。
国道で事故があったのだ。トラックが積荷を落としたらしい。怪我人はいないが、両車線にわたり二時間の通行止め。なるほど。事故があったのが、六時五十分。
そりゃあ、動かないわ。
私は携帯ニュースを見ながら溜息をついた。
間が悪い。
本当に私は間が悪い。
それで、今度はどの道から行こうか。私のルート選択の苦悩は続く。
間が悪いシリーズも第四弾になりました。前シリーズも呼んでいただけると嬉しいです。