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FLY  作者: 鳴海 葵
9/29

file2-4「birth」

「お疲れ」


 その声に振り返ると、カズオが缶コーヒーを私に差し出した。


「ありがと」


 コーヒーを受け取って、私たちはロビーへ降りた。

 体が不自然に軽い。

 たぶん、眠っていないせいだろう。

 カズオが先にソファに座り、私もその隣に座って、缶のプルタブを引く。

 冷たいコーヒーが喉を通ると、ふっと力が抜けた。


「まだ先は長いぜ」

「そうなの?」


 相変わらず何でも知ってるの?

 まあ、いいか。

 甘い缶コーヒーが、空っぽの胃に染みる。

 ちょっとだけキリリと痛んで、自分のことに気がついた。

 そろそろ薬がなくなるから、もらいに行かなくっちゃ。

 嫌だな、憂鬱なこと思い出した。


「ねぇ、なんで人間って生まれるの?」

「はぁ?」

「なんで生まれて、何のために生きるの? アンタなら、知ってるでしょう?」

「さぁな」


 そう言って、カズオは両手を頭の後ろで組んで、だらしなく足を伸ばし、大あくびをする。

 

「さぁなって、アンタ天使なんでしょ? 人間のこと、なんだって知ってるんじゃないの?」

「それは、大きな勘違い。だいたいオマエ、何ガキみたいなこと言ってんの」

「ガキって……人間なら誰しも一度は考える難題よ」

「難題ねぇ。じゃあ、何で死ぬと思う?」


 面倒くさそうに、横目で私のことを見る。

 その態度が気に入らなくて、頭にきた。


「何で死ななきゃいけないかなんて、こっちが聞きたいわよ」


 もういい。

 ああ、どうせコイツは私が死ぬのを、しょうがなく待ってるだけなのよね。

 何か求めようとした私が馬鹿だった。

 

「生きる意味なんて、受け売りじゃないと思うけど? それに、なんで人間が繁殖するかなんて、俺には関係ないし。繁殖すりゃ、しただけ、俺たちの仕事が増えるだけさ」

「………」

「これから生まれてくるヤツらも、いつかは絶対に死ぬんだ。死なない人間はいない。だから、それに理由なんてないさ。理由をつけたがるのは、死を受け入れられない頭でっかちな連中のすることだろ。生きる事だって、それと同じなんじゃないの? 目的とか、夢とか希望とか、そういうのはただの付属品でさ。そうそう、俺たちのことだって、都合のいい様に想像してくれて。やってることは、公務員より事務的だったりするんだぜ」

「アンタって、どうしてそういう物の言い方しかできないわけ?」

「オブラートに包んだって、苦さを味わったって、結局効き目は一緒だろ。わざわざ手間をかける必要なんてないさ」


 嫌なヤツ。


「それとも」


 カズオはソファに座りなおして、正面から私の顔を覗き込んだ。


「優しくして欲しい?」


 柔らかい声と、吸い込まれそうになる真っ直ぐな瞳。

 本当に、嫌なヤツ。

 そうして欲しいとわかっていて、わざと聞く。

 私が頷こうと、首を振ろうと、たぶん、この後に続くのは。

 優しいキス。

 コイツは、間違ったことは言わない。

 本当は誰もが気付いているのに、わからないふりをしていることを、正しく直球で言ってくれるだけ。

 楽していい所ばかり見て、醜いものを排除して生きていくのが当たり前で、どんどん自分自身を甘やかして、本当のことを言われて傷ついて。

 都合よくなんて生きてられないのに。

 わかった時には、もう遅かったりして。

 唇が、ゆっくり離れた。

 好きなことを言いたいだけ言うと、それを全部飲み込ませるみたいに、私にキスをする。

 文字通りの口封じ。

 私はそれ以上何も言えなくなって、自分でも驚くほど大人しくなってしまう。

 それを見て、カズオは満足そうな顔をするのだ。


 非常灯だけだったロビーが明るくなって、看護師さんが忙しそうに動き出した。

 時計を見ると、8時を回っている。

 上の階にも待合所があると言われて、私たちはそこへ向かって待つことにした。

 

「それにしても、こんなに時間がかかるなんて、思ってもみなかったなぁ」


 私はテーブルに突っ伏した。

 さすがに眠くなってきた。

 もうすぐ昼ドラの時間だ。

 続き、見たかったなぁ……って、そんな場合じゃないのに。

 分娩室に入って、もうすぐ6時間近くになる。


「ねぇ、いくらなんでも遅すぎない?」


 私が顔を上げると、カズオは私を通り越した向こうの方を見ている。


「待ってたんじゃない?」

「え?」

 

 振り返ると、スーツ姿で走ってくるダイスケがいた。

 横を一緒に走る看護師さんに何か言われているようだ。

 ダイスケが私に気がついた。


「ヨーコ、ありがとな。ちょっと行ってくる」


 昨日のうちにダイスケには電話してあった。

 小さなスーツケースを私の足元に置くと、上着を無造作に私に投げつけて、分娩室に入っていった。

 久々に会った元カノにその態度なの?

 まぁ、そうか、自分の子供が生まれる瞬間だもんね、そんなの関係ないか。

 

「間に合ったね」


 複雑な私の気持ちをよそに、嬉しそうにカズオが笑う。

 それから間もなく、看護師さんが笑顔で分娩室から出てきた。


「おめでとうございます。元気な女の子ですよ。ちょっと時間がかかって大変だったけど、お母さんも元気よ。お父さんも、ギリギリ間に合ったし、よかったですね」

「……よかった」

 

 私は思わず立ち上がって天井を向いて、大きく息を吐いた。

 全身の力が抜けていく。

 カズオが私の横に来て、ポンポンと頭をなでた。


「お疲れ様。よかったな」

「うん。つきあってくれて、ありがとね」

「どういたしまして」


 私はカズオの胸に顔を埋めた。

 カズオの腕が、優しく私を抱きしめてくれる。

 そのとき、再び分娩室のドアが開いて、中から白衣を身に着けたダイスケが顔をだした。


「会ってって」


 たぶん、泣いたのだろう。

 目を真っ赤にして、くしゃくしゃな笑顔で私たちを手招きした。

 中に入ると、疲れきっているが、とっても幸せそうなヤスコの横に、生まれたばかりの赤ちゃんがふにゃふにゃ口を動かしたり、眉間に皺を寄せてみたりしながら、眠っている。


「ヤスコ、おめでとう」

「ありがと……」


 本当に生まれたての赤ちゃんを見たのは初めてだ。

 小さくて、触れると壊れてしまいそうで。

 でも確かに息をして、ここにいる。

 ヤスコも、ダイスケも、とっても幸せそうで、心から彼女の誕生を喜んでいる。


「よかったね」


 なんだか、二人を見て、私までもらい泣きしてきた。

 何でだろう……。



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