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「コイツ、カズオ。年下だけど、10代じゃないよ」
なんか、アイツの視線が私に刺さった気がした。
「そうなんだ、よろしくね、カズオくん」
「はい、ヤスコさんのことは、ヨーコから聞いてます。高校の時の親友だって」
「え? ホント?」
うん、と頷いた『カズオ』の笑顔がちょっと引きつってる。
それを見ておかしくなったが、それより前に、私はヤスコのこと、コイツに話したことはないんだけど。
「おめでた、ですか?」
カズオが言ったのを聞いて、私は思わずヤスコのおなかを見た。
どう見たって妊婦なふくらみがあったのを、私は今まで気付かなかった。
「そうなんだ」
「本当に?」
「もうすぐ、予定日なんだけどね。もう腰が痛くって大変なのよ」
「すごい…ヤスコ、お母さんになるんだ」
「私もまだ信じられない」
すこし照れながら、大きなおなかを、その中にある命を優しく撫でる。
それを見て、すごく幸せな気分になった。
「おめでとう」
素直に、その言葉が口からこぼれた。
「ありがとう」
二人で顔を見合わせると、高校時代を思い出して、急に懐かしくなった。
あの頃は、何にも考えずに、こうやって二人でよく笑ってたよね。
「ねえ、ヨーコ」
存在を忘れないで、と言わんばかりにカズオが呼んだ。
「ん?」
「ヤスコさん、買い物大変そうだし、家まで送ろうぜ」
「そうだね」
なんだ、たまにはいい事言うじゃん。
私たちは、買い物を済ませて店を出ると、3年も会ってなかったのが嘘のように、昔みたいにいろんな話をしながら歩き出した。
こんなに楽しくて、お腹が痛くなるほど笑うなんて、何年ぶりだろう。
私の家とは逆方向に15分くらい歩くと、ヤスコの家に着いた。
こんな近い所に住んでたんだ。
「去年結婚して、ここに引っ越してきたの。どうぞ、入って」
アパートの3階まで階段を上り、ヤスコがドアを開けた。
「荷物持ってくれて、本当にありがとうね。お茶でも飲んでって」
「うん、おじゃまします」
新婚家庭にお邪魔するのは初めてだから、なんだかちょっと緊張する。
ほとんどの荷物を抱えていたカズオは、ヤスコの後についてキッチンへ向かった。
リビングに入ると、まだ新しい家具が整然と置かれていて、新鮮な気持ちになる。
私は、棚の上に飾られた写真に目が行って、それを思わず手に取った。
「ヤスコの旦那さんは、どんな人?」
チャペルの前で撮られた二人の写真。
ウエディングドレスの良く似合うヤスコを見た後、隣の旦那さんの方を見て、私は一瞬目を疑った。
「ふふ、ヨーコもよく知ってるでしょ?」
「知ってるも、何も……」
私は驚いて振り返ると、カウンター越しのキッチンで、ヤスコが笑っている。
「ダイスケだよ」
見て、そうかも、とは思ったものの。
あまりの衝撃に固まった私を見て、ヤスコは声を上げて笑う。
「ダイスケさんって、ヨーコの元彼?」
「そう! カズオくん、それも聞いてた?」
「高校3年間、付き合ってた人でしょ?」
「そうなの」
「卒業と同時に、ヨーコにあっさり振られちゃって」
「そうそう、で、私が相談に乗ってあげてたんだけど。ありがちに、そのまま付き合っちゃったんだ」
おいおい、天使のカズオくん、そんな話もしたことないんだけど。
だけど、本当に驚いた。
豆鉄砲くらった鳩とは今の私のみたいなのをいうんだろう。
カズオの言う通り、ダイスケとは3年間付き合っていたものの、卒業して私に好きな人ができたと言って、すぐに別れてしまった。
優しくて、まじめで、一生懸命なダイスケはすごくいいヤツだったけど、新しい世界で出会う新鮮な人々に私は心を奪われて、本当は好きな人ができたわけじゃなかったけど、特別に別れる理由がなくて、嘘をついて別れた。
「ごめん、ヨーコ、ずっと黙ってて」
「いや、別に……なんか、ちょっと驚いたけど。ダイスケ、いいヤツだし。良かったじゃん」
「ありがと」
いつの間にか、荷物を片付け終えたカズオが横に来て、私が手に持ったままの写真を覗いた。
「ちょっと悔しい?」
「別に」
「複雑な心境?」
「そりゃあ、まぁ、ね。って、アンタに関係ないでしょっ」
私は写真立てを棚に戻すと、ソファに座った。
カズオもくっついて座ってくる。
ヤスコはお茶の準備をしてくれてるようだ。
「ところで」
「なによ」
「なんで、『カズオ』なんて、オッサンみてーなダセェ名前なんだよ」
小声だけど、怒っているのがわかって、私は思わず吹き出しそうになった。
「だって、アンタのこと、私何にも知らないもん」
「だからってさぁ、もっと今時の名前あんじゃん、タクミ、とか、ユウキ、とか、リョウ、とかさぁ」
「本当のアンタの名前ってあるの?」
「天使」
「年は?」
「数えたことない」
「んじゃあ、カズオはハタチに決まり」
「えぇー、カズオはやめようぜ」
グチグチ文句を言うカズオを小馬鹿にしながら笑っていると、やかんがピューと音をたてて、沸騰したのを教えている。
しかし、音が鳴り止まない。
私とカズオは顔を見合わせて振り返ると、そこに立っていたはずのヤスコの姿がない。
「ヤスコ……?」
立ち上がって、恐る恐るキッチンへ向かうと、ヤスコが床にうずくまっていた。
「ヤスコ! 大丈夫!?」
「……ヨーコ」
辛そうにお腹を押さえて顔を上げ、苦笑する。
「きちゃったかも」
「へ……?」
「……陣痛」
「えーっ!!」