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#real
その電車は、小さな駅に着いた。
降りる客は無く、乗り込もうとする者もたったの二人。
「車掌さん! 大変だよ、人が倒れてるよ!」
電車に乗り込もうとした中年の女が叫んだ。
車掌がその声を聞いて、慌ててやって来ると、座ったまま座席から落ちて倒れたであろう、若い女が床に横たわっていた。
顔を隠していた髪を分けると、げっそりと痩せた青白い顔が現れて、思わず息をのんだ。
「大変だ……駅長! 救急車!」
いつものように響く救急車の音も、毎日当たり前のように聞いていると、直接関係の無い彼には、電話のベルと同じようにしか聞こえなかった。
慌ただしく通り過ぎていくストレッチャーを、なんとなく遠目に見送った。
その光景と入れ違いに、よく知った看護師が彼に向かって走ってくる。
深刻そうな顔で彼の前までやってくると、一瞬ためらってから口を開いた。
「今の、牧野陽子さんよ」
「……え」
「電車の中で倒れてたんですって」
それ以上、彼女の話も聞かずに彼はストレッチャーを追いかけた。