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FLY  作者: 鳴海 葵
25/29

file5「fly」

 冬が、終った。

 穏やかに、日々は過ぎていく。

 痛みはもう諦めた。

 あがいたところで、治まるものでもない。

 迫り来る死も、逃げたところで、結局捕まる時は同じ。

 それならば、静にその時を待とう。

 

「カズオ」

 

 その名を呼ぶと、彼はこっちを向いた。

 背中には、翼がある。

 

「どうした?」


 私が眠るベッドに座り、顔を覗き込んで髪を撫でる。

 慣れた仕草。


「行きたいところがあるの……」

「うん」

「昔ね、子供のころ、よくおじいちゃんが連れてってくれたとこなんだけど」


 祖父の家は電車やバスを乗り継いで3時間くらいかかる田舎にある。

 古い町で、祖父が元気だったころは、小さな町もそれなりに活気立っていたが、祖父たちの世代が終っていくと同時に、その町も衰退しはじめていた。

 子供のころ、町から少し離れた林に、祖父がよく連れて行ってくれた。

 

「薄暗い林の中を、ずっと歩いてくの。そうしたらね、急に菜の花畑が広がる場所に出るの。そこだけ、ぽっかり天井が抜けたみたいにお日様が差してて……子供のころは、天国みたいって思ってた」

「ふうん……」

「もう少しで、咲くと思うんだ」

「じゃあ、朝になったら行こう」

「うん……」


 そうか、まだ夜が明けてなかったんだ。

 時間の感覚が、あまりわからなくなってきた。

 春が近づいているのはわかるけど、今が何月何日何曜日かわからないし、知ったところで特別今の私に必要の無いもの。

 カズオの白く綺麗な翼が、はっきりと見えるようになってからは、本当は目を閉じるのが少し怖い。

 次に、この目が開くのはいつだろう……。

 目は、開くのだろうか……。

 だから、最期に綺麗なものが見たい。 

 たぶん、あの場所に行ったら、安心できる気がする。

 何の根拠もないけど、子供のころに「天国」って想像した場所だから。

 

「起きられる?」

「ん……」


 いつの間にか朝が来た。

 少しは眠れたのかもしれない。

 祖父の田舎に行くのは何年ぶりだろう。

 

「久しぶりの外デートじゃん」

「そうだね」


 カズオは相変わらずの笑顔。

 最近二人で外に出かけるのは、病院に送ってもらう時だけだったもんね。

 病院に行けばサトルには会ったけど、私の気持ちとカズオの存在をちゃんと伝えたら、わかってくれた。

 病院の帰りに、よく陽子にも会いに行った。

 赤ちゃんの成長は早い。

 毎日毎日変化して、見ていて本当に飽きなかった。

 母親のヤスコは大変そうだけど、それでも何より幸せだって言ってた。

 私の病気のことや、死のうとしていたことも話したら、一緒に泣いてくれた。

 私自身を縛り付けていたもの全てが、解けて消えた。


「来たよ」


 ゆっくりと電車がホームに入ってくると、少し暖かくなった春の風が柔らかく私の体を包んで通りすぎた。

 田舎へ向かう電車内は、徐々に乗客が減って、目的地に近づくにつれて、人もまばらで年齢層も高い。

 窓の外は耕され始めた畑や、水の入ったばかりの田んぼが広がっている。

 懐かしい。

 私は、だるい体をカズオの肩にあずけた。


「ありがとう、付き合ってくれて」

「俺も、ヨーコの思う天国が見てみたいからさ」


 電車に乗ってから、ずっと手を繋いでくれている。

 優しく、でもしっかりと。


「いろんな事、あったね」

「うん」

「あの時、飛び降りてたら、今ここに居なかったね」

「当たり前だろ」

「そういう言い方も、もう慣れたなぁ。最初はいちいちイライラしてたけどね」

「ふうん」

「でも、カズオがたくさんのきっかけをくれたから、私、すごく楽になれた。ねぇ、どうして私と一緒にいてくれたの?」


 ずっと、知りたかったこと。


「さぁな。成り行き、かな? 仕事だし」


 そんな風に言うと思った。

 思った通りで、ちょっと笑った。


「もうちょっとだね」

「何が?」

「仕事」

「……そうだな」


 少し、声が淋しそうなのは、気のせいかな?

 顔を覗き込む元気はないや。

 どんな顔、してるのかな。


「私たちって、結ばれないの?」

「今更俺に、そういうこと聞く? だいたい結ばれるって、結婚ってこと? 曖昧な幻想だぜ、愛とか恋とか、そういうの」

「ふふ、聞いてみただけ。じゃあ、言い方変えるね」

「なんだよ」

「また、会える?」


 本当は、離れたくないけど。

 たぶん、もう二度と会えないんだろうけど。


「ヨーコが生まれ変わって死ぬときに、また迎えに来てやるよ」

「そっか……男に生まれても?」

「うーん、考えさせて」

「もう」


 ふたりでくすくす笑った。

 私はもう、この世に未練なんてない。

 だけど、できるだけ、コイツと一緒にいたい。

 こうやって、くっついて、笑いながら、あと少しだけでも。


「ねぇ、死んだら、どうやって天国まで連れてってくれるの? どこまでカズオと一緒にいられるの?」

「それは、死んでからのお楽しみ」

「えぇ?」

「楽しみあった方がいいじゃん、どうせ死ぬならさ」

「まぁ、いっか」


 電車の揺れる振動が心地良い。

 私は静かに目を閉じた。


「疲れたから、少し眠っていい?」

「うん」


 本当に、疲れた。

 久々の遠出だもんね。

 こんなにいっぱいカズオと話したのも久しぶり。

 こんな時間が永遠に続けばいいのに……。



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