killing me softly
その翼は、私への死亡予告。
毎日見るようになったら、それが近い証拠。
ミヨちゃんがそうだったように、私にもジワジワとその瞬間が近づいてる。
わかってたのに、翼が見えるたび、私は動揺してしまう。
そんな私を見るコイツの目が哀しい。
私たちって、こんなんじゃなかったよね。
もっと、毎日笑ってなかったっけ。
「ごめん」
私は思わずカズオが視界に入らないところに顔をずらす。
それは、きっと不自然で。
「ごめん」
また私は謝った。
「俺の名前、『ごめん』に変更?」
「あ、それ、いいかも」
とりあえず、のってみる。
笑ったふりして、カズオの側から離れた。
私は露骨にカズオを避けていた。
だけど、カズオはいつもと変らない。
だから、ごめん。
「たまにさぁ、映画館で映画観よっか。俺、観たいのあるんだけどさ」
相変わらず能天気な声で、離れていく私に話し掛ける。
なんか、イライラする。
「それとも、ヨーコ、どっか行きたいとこある?」
プッツリ、何かが私の中ではじけた。
「あの世」
そう言うと、思ったとおりカズオは笑う。
「なんだよそれ、ノリ悪ぃな、オマエ」
わざわざ離れたのに、近くに寄ってこないでよ。
「超機嫌悪そぉ、生理?」
そんなの、もうとっくに止まってんの知ってるくせに。
「ねぇ、ヨーコ」
甘えた声で、後ろから抱きついてきて、私の体中に悪寒が走った。
「やめて!! 離してよ!!」
私は乱暴にカズオの手を払いのけて振り返った。
白い翼が、見える。
「早く、そんなにもったいぶらないで、早く連れてってよ……そうやって、私が追い詰められるの見てて、面白い?」
「………」
「ねぇ、面白いの? 聞いてるんだけど」
黙ってないで、なんか言え。
この、死神。
「殺してよ……」
痛い。
おなかが、痛い。
こんなに痛い思いするなら、やっぱりあの時死ぬんだった。
死んじゃえば、何も知らなかった。
それなら、それで良かったんだ。
もう、何もかも、どうでもいい。
どうでもいいよ、痛いよ、痛いの。
「痛い……」
興奮すると血の巡りが良くなって、私の中の悪性物質は体中に広まり、どんどん残り少ない正常細胞を破壊する。
もう、私の体内のヒーローは死んでしまった。
床に膝をついて、四つん這いになると、額から汗が落ちた。
苦しい。
「痛いぃ……!」
ねぇ、上からどんな顔して見下ろしてんの?
楽しそうに笑ってんの?
こんな私を見るために、あの時私を死なせてくれなかったんでしょう?
どうして?
ねぇ、どうして?
私が一体アンタに何したっていうの……?
「ひでぇなぁ……俺のこと、そんなふうに思ってんの」
震える腕をつかんで、ゆっくり抱き寄せて。
暖かい手で背中を擦ってくれる。
痛みが和らぐ場所、いつも撫でてくれる場所。
「そんなに俺のこと、悪モノにすんなよ」
汗が流れる額にキスをして。
「俺だって、好きでこんなもんつけてるわけじゃない」
いつもより少し強く肩を抱いて。
「こんなもん、いらねぇよ」
すごく、小さく、弱い声。
なんか、いつもと違うよ?
なんだろう、いつもの強気なカズオじゃないよ?
「ごめん……ね。ごめん、カズオ、ごめん」
「謝るんなら、最初っからんなこと言うなよ」
「ごめんなさい」
神様、わがままな私を、許してください。
いつまでも、翼の無い天使と一緒にいたい私を。
どうか、あと少しだけ、このままでいさせて。