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FLY  作者: 鳴海 葵
19/29

file4「receive」

 最近のカズオはすごく優しい。

 相変わらずのヘラズグチだけど。

 だけど、なんだかすごく、優しい。

 ミヨちゃんが旅立って、2週間が過ぎた。

 あれからチビちゃんは、すっかりうちのネコになった。

 そして、私は。

 言いようのない倦怠感に、ベッドで過ごすことが多くなった。

 それでもカズオは。

 気になるカフェができただの、新しいコートが欲しいだの言って、私を外に引っ張り出したり、相変わらず映画鑑賞会をやってみたり、忙しい。

 私のために、おかゆも作ってくれるし、好きなイチゴをしょっちゅう買ってきてくれる。

 なんか、わかってるから、やめてよね。

 その行為自体が私のゴールサインみたいで。

 馬鹿な天使。 


「おくすりは前と同じですね、5日分出ていますので……」

 

 毎度毎度、同じ説明を繰り返す薬剤師さんも大変だね。

 先生は、週に一度はちゃんと通って、点滴うちなさいって。

 早く入院しなさいって。

 だけど、もし私が死んだとして。

 魂はカズオが連れてってくれたって、こっちに残された抜け殻はどうなるんだろう。

 誰か、焼いて灰にしてくれるのかな。

 そのあとは、どっかにまいてくれるのかな。

 まぁいいか、この体がどうなろうと、死んじゃったら何もわからないんだから。

 売店で水を買って、ロビーで早速痛み止めを飲む。

 副作用が出るからって、それを緩和する為の薬も飲む。

 意味があるんだか、無いんだか。

 病院には、カズオはついて来ない。

 ここに来ると、翼の見える人間が多すぎるんだとか。

 そりゃあ、院内はちょっとしたパニックになるだろうな……。

 水をもう一口飲んで立ち上がったときだった。


「ヨーコ? ヨーコだろ?」


 また、聴いたことのある低い声。

 横を向くと、白衣に身を包んだ彼が、呆然と立っていた。


「……サトル」


 なんで?

 こんなことってあるんだろうか。


「やっと、会えた」


 真っ直ぐ彼は私に向かってくると、いきなり私を抱きしめた。

 他の患者さんや、看護師さんやらの目の前で。 

 強く、強く。

 

「川上くーん、ここをどこだと思ってんの?」


 大柄のオバサン看護師さんが、通りすがりにサトルの頭をバインダーで叩いて行った。

 それでやっと、サトルは私から離れて振り返り、去っていく看護師さんに頭を下げた。


「す、すいません!」


 急ぎ足の看護師さんは、わかったとばかりにバインダーを上げる。

 それを見て、サトルは胸をなでおろした。

 私は思わず笑う。

 

「ヨーコが笑うなよ」

「あ、ごめん」

「そんな笑顔見たら、これ以上言いたかったこと、言えなくなるだろ」

「……ごめん」


 わかってるよ、サトルが何言いたいかなんて。

 それなりに、私たち付き合ってたんだし。

 今の私の『ごめん』の意味も、わかるよね……?

 ちょうど休み時間だというサトルは、わざわざコートを持ってきて、二人で外を歩くことにした。

 

「理学療法士、だっけ? なれたんだね」

「ああ。この病院に先輩がいたんだけど、出産で退職してさ。その代わりにオレが10月からここにきたんだ。ずっと整形にいたから、総合病院って大変だな」

「へぇ……」

「ヨーコは?」

「ん?」

「今、何してんの。そういえば、ダイスケたちと会ったんだって?」

「うん……」


 私は、立ち止まった。

 前を歩くサトルは、少し長かった髪の毛が短く切られてるくらいで、あとは何も変ってない。

 背が高くて、広い背中。

 振り返って、私の名前を呼ぶ低い声、笑ったらなくなっちゃう目。


「ごめん、ヨーコ」


 少し、悲しい顔して、ゆっくりと私の頬に手を伸ばして。

 どうして私に謝るの。

 

「あの時、側にいてあげられなくて」

「………」

「おばさんが入院したなんてわからなくってさ。電話したけど、電源入ってないし、メールも返事こないし。考えてみれば、ずっと病院にいればあたりまえだし、それどころじゃなかったんだよな」


 ごめん、サトル。


「俺も仕事始めたばっかりで、忙しくて、ちゃんとヨーコの話、聞いてやれなかったんだよな。亡くなったって聞いてから、ヨーコのこと探したけど、見つけられなくてさ。ごめんな、辛かったろ……」


 私はうつむいて、首を横に振った。

 

「ごめん、私、帰るね」

「待って!」


 振り返ろうとした私の手を掴んで、サトルが私を抱き寄せた。

 この、暖かい腕も、ずっと忘れてたのに。


「ごめん、ごめんね……私、わかってたんだ、サトルが私のこと探してくれてたの。でも、会えなかった。会いたくなかった」

「どうして」

「……自分が惨めで、情けなくて……そんな私、見せたくなかった。がんばろうと思ったけど、なんにもできなかった。毎日泣いて、ひどい顔してたし、誰も、誰にも私の気持ちなんてわかってもらえないって思ってたから」

「ヨーコ」

「世界で一番自分が不幸だって思ってた……思い込んでたら、本当になっちゃったけど、ね……」


 何をべらべらと……。

 よく喋る私の口。

 それを、昔みたいにサトルがふさいだ。

 そう、そうだった。

 この人の唇は、私を幸せな気持ちにさせる。

 どうして、あの時、素直に甘えられなかったんだろう。

 もし、あの時、すぐにでもこうしていたら……。

 この運命は、変ってたんだろうか?


「会えて、よかった」


 唇を離して、優しく両手で私の顔を包んでくれるあなたは、間違いなく、あの時私が大好きだった人。

 すれ違って、タイミングが悪くて、嫌いになったわけじゃなくて、好きだったのに、サヨナラした人。

 私も、会いたかったよ。

 でも、ね。


「私、もうすぐ死ぬんだ」


 どんな顔して、私は言ってるんだろう。

 でも、すごく、悲しい。

 そして、後悔している。

 あなたに甘えなかったこと。

 今、こうしてまた、そんなあなたと再会してしまったこと。

 ふと、カズオのことを思い出した。



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