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イヴの日は、空が明るくなるまで3人で騒ぎ続けた。
ミヨちゃんには、金髪のカツラをかぶせて、背中に買ってきた天使の羽をゴールドにペイントしたのをつけてあげた。
カズオには、茶色の全身タイツにトナカイのカブリモノをさせ、私はギャルサンタの格好をし、カズオを四つん這いにして上にまたがると、ベルトをムチ代わりに「走れ走れ」と叩いてやった。
少し過激かとも思ったけど、案の定、ミヨちゃんは大喜びして、自分もやりたいとカズオの背中に乗って、きゃあきゃあ言っていた。
だけど。
どうやら、騒ぎすぎたのか、翌日からミヨちゃんは寝込んでしまった。
今日で3日目になる。
「ごめんね、はしゃぎすぎちゃったよね」
ベッドに横になっているミヨちゃんに私は話し掛ける。
「うふふ、楽しかったよねぇ、またしようね」
「うん……」
力なく笑うミヨちゃんに、私は頷いた。
「じゃあさ、もうすぐお正月だから、また何かしようか」
「そうだねぇ……」
私の方を向いていた顔がゆっくり天井を見て、虚ろな目を静に閉じた。
私はそっと、手のひらをミヨちゃんの口元に持っていった。
微かに息があたるのを感じて、すぐ手を引っ込める。
「………」
思い出しそうな記憶に蓋をするように、私は目を閉じ、唇を噛んだ。
祖父や父が昏睡状態に陥った時、母はそうやって、まだ息をしているか確かめていた。
それと同じことを、母に対して私がやった。
そして、今また。
ニャアー
不意に足元から鳴き声がして、私はその声の主を見る。
そいつは私の顔を見て、もう一度鳴くと、膝にすりすりと体をくっつけてきた。
「チビちゃん」
目を閉じていたはずのミヨちゃんが起きて、その仔を見るために体を起こし、ベッドの下を覗く。
見やすいようにと、私はその仔を抱き上げて、ミヨちゃんの前に持っていった。
「どうしたの、この仔」
「チビちゃん、昨日かね、おとついだったか……ここに来たんだよ。かわいいだろう」
よしよしと撫でるので、その仔をミヨちゃんの顔の横に置いた。
真っ白い仔猫。
こんなところに、迷ってきたのかな。
チビちゃんは、大人しくミヨちゃんの横にちょこんと座っている。
「チービちゃん」
弱々しいが、とても優しい目でミヨちゃんはチビちゃんを見つめると、チビちゃんはまたニャアと鳴いて、布団の中に潜りこみ、ちゃんと顔だけ出して目を閉じる。
それを満足そうに眺めてから、ミヨちゃんは再び目を閉じた。
茶の間に戻ると、こたつに入ってみかんを貪るカズオがいる。
「ミヨちゃん、どう?」
「うん、眠ってる」
「ちょっとやりすぎたかな」
「でも、またしたいって言ってた」
「マジ? パワフルだよなぁ」
アンタは、それ以上は何も思わないの?
そうだよね、人の死にいちいち感情移入してたら、身が持たないか……。
私は、カズオを見下ろしたまま、立ち尽くしていた。
その私を、カズオが不思議そうに見る。
「ねぇ」
「あん?」
私はすがるようにカズオの腕をつかんだ。
「私みたいに、ミヨちゃんの回収を遅らせることはできないの?」
「無理」
しっかり私の目を見てカズオは即答した。
「ちょっと、ちゃんと考えてから言ってよ」
「考えなくったって無理」
そう言って、またみかんを頬張る。
「どうして!」
やる気のないように見えるコイツの態度が、いつにも増して腹が立って、私は怒鳴った。
いつもなら、睨みつけてくるカズオなのに、じっと前を見たまま、表情を変えない。
ねぇ、何か言ってよ。
「オマエは……」
「………」
「俺がミスったからここに居んの。……他のヤツはそんなミスしないさ」
「『斉藤さん』のこと? あの人なら、できるの?」
「あーあ、元はと言えば、ヨーコがあの時もう一回なんて、かわいいこと言うからさぁ、男の俺としては、断れないじゃん。イケてないとか言われちゃあ、俺にもプライドあるし。男はつらいよ、なんつって」
「そんなこと、聞いてない!」
そんなへらへらして話をそらして。
いい加減にしてよ。
「私は……目の前で誰か死ぬのなんて、もう見たくないよ」
そう言ったら、こらえてた涙がこぼれてきた。
「ホント、オマエって、わがままだよな」
カズオが私の手を優しく離して、溜息をつく。
「じゃあ、仮に、ミヨちゃんよりオマエの方が早く死んだとして、そのあとミヨちゃんどうすんの? まあ、結局オマエにとってミヨちゃんは他人だし、自分が死んだあとは知らねぇって言っちゃえばそれまでだけど。今時流行りの高齢者孤独死ってやつだな。それに、元々オマエがミヨちゃん看取る義務も責任もないんだぜ。いやなら、もうこの家に来なきゃいいんだし。じゃあ、どうする? 正月どっかのんびり温泉で年越しってのも悪くないぜ。予約間に合うかなぁ……な?」
「間に…合うわけないじゃん」
相変わらず血も涙もない淡々としたカズオの言葉に、私の涙も引っ込んだ。
「アンタに、私の気持ちなんてわかんないよ」
祖父を、父を、母を、次々と看取って。
自分も同じように死んでいくんだと知っている私の気持ちなんて。
人間がどんな風に人間でなくなっていくのか、これからの私のシュミレーションなんて、もういらない。
見たくなければ、逃げればいい。
だけど……。
「心から本当に、ひとりでひっそりと死にたいなんて、誰が思う?」
そう言って、そっと手を伸ばし、カズオは私の顔をゆっくりと自分の方へ引き寄せる。
そのまま、もたれるように私はカズオの肩に頭を乗せた。
そして、その手は優しく私の髪を撫でる。
「適当にひとりでいたい理由つけて、それを自分自身で隠して。そうしないと、耐えられないからだろうけど。みんなどっかで、誰かに側にいて欲しいって思ってるくせに、強がっちゃってさ。ひとりで死んでいくほど悲しいものはないって、オマエが一番よく知ってるんじゃないのか」
わかってるよ。
わかってるんだよ、だから……。
引っ込んだはずの涙がまた流れてくる。
「だったら、側にいてやったっていいじゃん。オマエの側には俺がいてやるから」
「……うん」
「辛かったら、こうやって抱きしめてやるから」
カズオはこたつから体を出して私の方を向いて抱きしめてくれる。
満たされる。
「キス、して欲しい?」
おでこと鼻のアタマをくっつけて聞く。
うんと言うと、優しくキスしてくれる。
私は、しあわせだ。
「エッチもしちゃう?」
「バーカ」
思わず私は笑った。
けど、アリガト、カズオ。