file3-3
あれから、私とカズオはほとんど毎日のように、ミヨちゃんに会いに行った。
今夜のクリスマス仮装パーティーに向けて、買出しにも行った。
カズオは私の聞きたいことを、たぶんわかっていながら何も答えない。
私も、正直聞くのが怖かった。
だけど、今夜は全部忘れて楽しもうと思った。
だって、本当なら、クリスマスなんて迎えられなかったはずだし、それに、家族じゃないけど……誰かと一緒に過ごすクリスマスなんて、何年ぶりだろう。
私とミヨちゃんはあんまり食べないけど、大食いのカズオのために、私は大量のごちそうを作ってやった。
「あとは、飾り付けして……あ、ケーキ取りに行かなきゃ」
近くのコンビニにクリスマスケーキを予約してある。
「ねぇ、カズオ、ケーキ取りに行って来てくれない?」
「えぇ、俺、飾り付けに忙しいんだよねぇ、ミヨちゃん、行っといでよ」
「今日はこれからヘルパーさんが来るから、私は行けないよ」
「大丈夫だよ、もしミヨちゃんがいない間にヘルパーさんが来たら、俺が介護受けとくから」
結局、私とミヨちゃんでケーキを取りに行くことになった。
まったく、死を目前にした老人と病人を追い出すなんて、とんでもない天使だこと。
ああ、いけない、そんなこと、今日は考えないんだった。
「こんにちは、島田さん。お出掛けですか?」
家から少し離れたところで、前から歩いてきた男が、ミヨちゃんに向かって声を掛け、ミヨちゃんは顔を上げた。
「ああ、斉藤さん、ごめんねぇ、ちょっと長田商店までケーキ買いに行ってくるから、家で待っててくれないかい? 家にはね、若い男の子がいるんだけど、アンタの介護を受けたいって言ってたよ」
いつものように、ニィっと笑うと、修理された金歯がキラリと光る。
男は苦笑して、私の方を見た。
私たちは、軽く会釈する。
短い髪の毛に眼鏡、モデルみたいな長身で、端整な顔立ち。
ジャージの上にコートを羽織って、スポーツバックを肩からかけているという出で立ちなのに、なにか上品な雰囲気があった。
ミヨちゃんの言うことからすれば、たぶん、ヘルパーさんだろう。
そういえば、ミヨちゃん、この人も翼を付けてるって言ってたっけ。
「長田商店? ああ、あそこのコンビニだね。じゃあ、僕、家に行ってますね。気を付けて」
はいはい、とミヨちゃんはまた歩き出し、ヘルパーさんは家の方へと向かって行った。
私はそのヘルパーさんの後ろ姿を見つめた。
私には、まだ、見えない。
ミヨちゃんにも、見える日と見えない日があるみたいだった。
「ヨーコちゃん」
ぼぉっとする私を、先に行くミヨちゃんが呼んだ。
「ごめんごめん」
「ホレたかい?」
「え!?」
「斉藤さん、カッコいいだろう? カズオちゃんもかわいいけどねぇ、ヨーコちゃんより年下だろう? 斉藤さんは、28歳とか言ってたよ。大人の魅力があるよ。どうだい、のりかえちゃうかい?」
「ミヨちゃんが付き合えばいいじゃん」
「いやいやいや、私にはもう、だめだめ」
照れながら、恥ずかしそうに手を振る。
何考えてるんだか。
ホントに楽しいばあちゃんだな。
私には、おばあちゃんがいない。
母方の祖母は、私が生まれる前に死んじゃったらしいし、父方は、生きてるんだか死んでるんだか、それすら知らない。
おばあちゃんって、こんな感じなのかな。
「ねぇ、ミヨちゃん、手、繋ごうよ」
顔を上げて、ミヨちゃんはためらわずに、シワシワの手で私の手をとった。
細くて、骨と皮しかなくて、ちょっと震えてて、でも、あったかい手。
「これで、いいかい?」
「うん」
とても嬉しくて、私は大きく頷いた。