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赤い糸がみえるなら

作者: ホチ

 とある博士の実験が、小指に結ばれた運命の赤い糸の存在の証明、さらには可視化させることにまで成功した。

 運命の糸であるそれは、そもそも実体はなく色も赤ではなく無色透明であった。博士が実験に使用した液体状の薬品は、体内に摂取することによりその運命の糸を赤く変色させ、人の目にも見えるようにさせたものだった。

 完成された薬品は博士を一躍時の人にまで押し上げ、数々の賞を受賞するにまで至らせた。



 博士の発明から十年、「運命の赤い糸」に対する社会的問題はようやく落ち着きを見せ始め、当初宇宙旅行にも手が届くのではというほどの高値を付けていた薬品もなんとか手が届く範囲にまで価格が下がっていた。

 そしてここにいる男も自分の運命の相手を探すため、貯蓄のほぼ全てを回し薬品を購入した。周囲からは反対の声ばかりであった。運命の相手は自分で見つけるものだと説得もされた。しかし、引っ込み思案な性格を三十路を過ぎた自分が今更変えられるとも思えなかった。

 男は上司にさんざんの嫌み言われながらも有給休暇を強引に使い、出来うる限りの連休を捻りだした。女性との付き合いが一度もない自分に、一体どれほどの美女が運命の相手として待ってくれているのだろうか。想えば想うほど相手は美化され、男の妄想ともいえる期待は膨らんでいた。

 連休の初日となる早朝。男は冷蔵庫に大切に保管していた薬品を取り出し、恐る恐る、しかし一滴も漏らさぬものかという思いで口に流し込んだ。味はこれといったものはない、強いて言えば少し苦いだろうか。そして効果は飲み干して一分もたたないうちにみるみる現れた。男の左手の小指からキラキラした細い糸状のものが現れ、外へ外へと続いていく。

 なるほど確かにこれは赤い糸だ。男は感心し、糸がどんなものなのか触ってみようと試みた。するとどうだ、赤い糸は男の指を通り抜けてしまうではないか。糸は実体ではなく脳が見せているものなのかと思考してみたが、すぐにやめた。高名な学者様がようやく発見したものが何かなど自分にわかるわけがない。それに目的は別にある。赤い糸はあくまでも運命の女性と巡り会うための手段なのだ。

 男は玄関に向かい、前日に用意しておいた大型の旅行用カバンを肩にかけ、意気揚々に家を飛び出した。

 赤い糸は一直線に伸びていた。コンパスを見ると方角は西を指し示している。男は少なからず安堵を覚えた。東となれば男の住む土地ではすぐに海にぶつかってしまう。海外の女性が嫌というわけではないが、できることなら同じ国籍、言葉の通じる女性が望ましかった。

 西へまっすぐ歩いてみるのもよいが、やはり距離がわからないのは不安がある。男はとりあえず駅に向かい西へ、この場合は下りの電車に乗り込むことにした。糸の向く方角が変わったら降りる魂胆だ。

 意気込んで乗り込んだものの、糸の方角はこの路線の終着駅に到着しても変わることはなかった。多少残念には思ったが、簡単に相手が見つかってしまったら運命とは呼べないだろうと気を取り直し、男はさらに西へと続く路線に乗り換えた。

 どれほど電車に揺られただろうか。四、五時間は優に越えている。県もいくつか越えてしまった。特急電車や新幹線に乗っていれば……と長時間腰掛け痛む臀部を撫でつつ男は後悔していた。覚悟はしていたがそろそろ宿も探さなければならない。いったい自分の運命の相手はどこで待っているのだろうか。会いたいという男の願いとは裏腹に、結局旅の初日には相手が西にいること以外手がかりは掴めなかった。

 二日目、昨日と違い思い切って新幹線に乗ったことが功を奏した。距離を大幅に稼ぐことができ、何より糸の方角が変わったのだ。どうやら運命の相手はH県にいるらしい。このままどこまでも西を向いたまま変わらなければどうしようかという昨夜のホテルでの不安は一気に解消され、男はみるみる元気になっていった。H県は自分の住む場所とかなり離れてしまっている、これからは遠距離恋愛か、などと早まった考えまでもが心に余裕ができたせいか次々と生まれていた。

 各駅停車の電車に乗り換えてからは、男は慎重に糸の方角を見極めついにはこの辺りだろうと目星をつけ、下車するまでに至った。

 H県は男にとって初めて降り立つ馴染みのない土地であった。普段の男なら不安からなかなか動きだせずにいただろう。しかし今の男にはこの土地の景色は輝いて見え、まるで自分を迎え入れ、祝福してくれている。そのようにすら映っていた。

 さっそく男は平日の昼間からか駅前に暇そうに駐車していたタクシーを捕まえ、これから自分が指示した方向に向かってくれと伝えた。幸い運転手は何も言わずに、むしろ楽しそうに車を発進させた。

 街、とまでも言えない町の中をぐるぐる回ってたどり着いた運命の先は、特別なことは何もい五、六階建ての控えめなビルであった。糸は上に向かっている、男は運転手に礼を言ってタクシーから降り、ビルの正面入り口に回った。どうやらこのビルは様々な病院が入った施設らしい。男にとって幸運だった。セキュリティの類で中に入ることが困難ということは回避できたようだ。男はエレベーターに乗り、全階のボタンを押した。

 当たりは四階だった。エレベーターの扉が階を告げて開いていく。運命の相手が突然目の前にいたら……想像だけで男の喉すでにはカラカラになっていた。それでも扉の向こうは幸か不幸かただの通路だった。しかしながらこのフロアに相手がいることは確実だ。男の緊張はますます膨れ上がり、空調が効いているはずなのに汗も滲んでくる。相手は女医、看護士、事務員それとも患者か、男の期待も最高潮に膨らんでいく。

 赤い糸はこのフロアの一角を占める内科のクリニックの中へと吸い込まれていた。この顔色なら病人にも間違われるかもしれないと思いつつ、男は決意し中へと入って行った。そして、目の前が真っ暗になった。



 ――博士の遺書にはこう書き記されていたという。

 「世の中には知らない方が幸せということもある」

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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