婚約破棄の、その後で
なろう異世界恋愛、激重感情大好き部です
よろしくお願いします
「な、なんで私がっ……! 私は被害者なんです!」
やけに甘ったるい声が、大広間に響いていた。
俺の目の前では今まさに、婚約破棄――もとい、断罪劇が繰り広げられている。
平民出身、ピンク色の髪の美少女、フィーネ。
それに対峙するのは、赤毛のきつそうな美女イザベラ嬢と、白銀の髪のイケメン――シルヴィオ・ヴァイスハイト。
公爵家嫡男にして、この断罪劇の渦中にいる我が親友である。
「いいえ、あなたは少しやり過ぎました」
そう言ったイザベラ嬢の口から、次々に読み上げられていく罪状。
曰く、婚約者イザベラ嬢への讒言、偽の証拠の捏造、取り巻きを使った数々の嫌がらせ、その他諸々。
うーん、たしかにひどかったもんな。
そして。
「まさか彼女が、そんなことまでしていたとは……」
と、断罪する側のくせに青ざめているのが俺の親友である。
学内で『白銀の貴公子』『氷の王子様』なんて呼ばれているシルヴィオは、普段の澄ました様子からは程遠く愕然としていた。だいたい、よくぞ今の今まで自分にアプローチをかけてきている少女の悪辣っぷりに気づかなかったものだ。
……彼女、男子生徒の前だと声が一段階高くなるって女子連中でも有名だぞ。
ここにきて、件のフィーネも、ようやく自分の劣勢を悟ったらしい。
「そ、そうよ……あの人も! あのルシド様だって、私と――」
そうして。
何かを期待するような潤んだ目が、俺を捉えた。
まるで俺が、この場で颯爽と彼女を守る騎士か何かだと思っているような目だ。
まあ、たしかに俺も稀代の美少女様とやらには、何度か二人きりのお茶に誘われたことはある。
「あ~……申し訳ないのですが」
だが、しかし。
そんなフィーネに向かって、俺はにっこりと笑って告げた。
「知らない人ですね☆」
「はあああ!? ふっざけんじゃないわよ!!」
絶叫が大広間を埋め尽くした。
稀代の美少女、最後の最後で全部台無しである。
◆
――というわけで、それから少したち、俺は寮の談話室で、シルヴィオから事の顛末を聞かされていた。
「で? 改めて幼なじみの婚約者殿と話してみたら、甘ったるいピンク髪の美少女よりも百倍いい女で、今になってべたぼれ、と。お前、本当に鈍いというか、天然というか……都合がいいというか」
俺はあきれ顔で、暖炉の前の男に言ってやった。
学院の王子様と名高いこの男が、あそこまで見事に篭絡されかけていたのだから世も末である。
「うるさい。……いや、返す言葉もないが。そういえば彼女は、やたらと『二人きりで相談に乗ってほしい』と言ってきてな」
「あのねぇシルヴィオ君。そういう戦法に決まってるでしょうが」
「そういうものなのか。『シルヴィオ様にしか頼れませんの』『周りからのやっかみが怖くて二人で会いたい』と何度も言われて、その……放っておけなくて」
「はいはい、出た出た。責任感の強い男はこれだからカモなんだよ。だいたい、やっかみが怖いならそもそも会わないだろ」
頭を抱える公爵家嫡男様。
「なんで俺は、あんな女に騙されそうになってしまったんだ……」
「そりゃお前、恋愛経験がなさすぎるからだろ。免疫ゼロのとこに『あなただけが頼りですの』ってやられたら、そりゃ転ぶって。もっと恋愛経験を積んでおけ」
「お前みたいに軽薄な男になれと?」
シルヴィオはそう言うと、じっと俺のほうに抗議の視線を向けてくる。
だいたい、この男は『白銀の貴公子』とか『氷の王子様』『クールでかっこいい』とか言われているが、実際はクールというかマイペースなだけである。
ポロッと何気なく大事なひと言を言うし、温室育ちすぎる故か、なんかコミュニケーションも微妙にズレてる。
きっと婚約者であるイザベラ嬢もずっと苦労させられてきたのだろう。俺はほんの少しイザベラ嬢に同情していた。
「軽薄で結構。俺は一度も騙されてないからな」
俺がそう答えると、シルヴィオは唸って、それから、ふっと表情を緩めた。
「……まあいい。だが、イザベラとは誤解が解けた。彼女は最初から、何ひとつ企んでなどいなかった。それどころか、逃げも取り繕いもせず、真っ向から俺に向き合ってくれた。ここ数年はぎくしゃくしていたんだが、今回の件で話していくうちに気がついたよ。俺は、彼女のそういうところに惹かれたんだった」
「まったく、婚約者殿があれだけはっきりした女性で助かったな。お前一人なら今頃どうなってたか」
「返す言葉もない。……早く、また会いたいものだ」
そう言いながらも、シルヴィオの耳の先は赤い。
『氷の王子様』が聞いて呆れる。婚約者の名前ひとつでこれだ。先ほどから口を開けば会いたい会いたいと、恋を知った男は始末に負えない。
――誰かに夢中になっている目の前の男を見ると、自然と笑みがこぼれてしまう。
「……ルシド? なんだ、その笑顔は」
「ん? いやあ、初恋実らせた男の顔って達成感に包まれてて面白いなと思って」
「六歳からの付き合いだってのは、お前も知ってるだろう。そもそも、お前との付き合いのほうが長いんだし、今さら俺とイザベラをからかうな」
シルヴィオは咳払いして、机に向かった。
便箋を広げている。イザベラ嬢への手紙だそうだ。騒動の詫びと、それから――愛を、ちゃんと言葉にするらしい。
「しかし、思いを伝えるのって、いいことだな」
ペンを走らせながら、あいつはやけに素直なことを言った。
「……なあ、ルシド。お前、恋をしたことはあるか?」
「なんだよ急に」
「いや、考えてみれば、そういう話をしたことはなかったと思ってな。お前は誰とでも仲がいいのに、特定の相手の話だけは聞いたことがない」
――本当に、変なところで他人をよく見ているやつだ。
たしかに、仲のいい女子なら大勢いる。
お茶にも誘われるし、笑い合いもする。ただ、その中の誰かの顔を思い浮かべようとすると、いつも霞がかかる。俺の目には、特定の誰かなんて映らない。
――映らないことに、しておいた。
「ルシドの、その黒髪、目立つだろ? 学内の女子がお前を見てきゃあきゃあ言ってるのをよく見るぞ」
「いや、珍獣的なノリだろ」
俺はあっさりと答えた。
実際、この国では黒髪というのは非常に珍しい。
シルヴィオの白銀の髪も珍しいが、それ以上に黒髪はほとんど見ない。偉い貴族と異国の女性とのご落胤というのが俺である。物心ついた時から母親はいなかったし、そんなわけで、俺は子供の頃から黒髪が嫌いだった。
と、そんな掛け合いをしていると、
「……ま、まさか、ルシド」
と、我が親友は何かに気がついたように口を押えた。
「お前、イザベラのことが好きとか言わないよな。実は親友の婚約者が好きだったとか――」
「言わねーから安心しろ」
「そ、そうか。なら、よかった。お前と喧嘩なんて考えられないからな」
変なことに気を回して、あたふたし始めたアホを見ながら俺は、
「まあ、恋をしたらそのうち紹介するさ」
と、返事をした。
「ああ、もちろん。なんかあったらいつでも言ってくれ」
だが、俺の適当な返事にもかかわらず、俺の空気の読めない親友はまっすぐ真剣にうなずく。
「今度は俺がお前の恋を応援する番だからな」
騙されかけた男が何を応援するって?
俺は笑った。
――ちゃんと、いつも通りに。
◆
「おいシルヴィオ、あんま飲みすぎるなよ」
卒業は、明日だ。
談話室で、シルヴィオは珍しく酒を飲んでいた。頬が赤い。弱いくせに。
卒業したら、シルヴィオは王都で公爵家を継ぐ準備に入る。
イザベラ嬢との結婚もそう遠くない。
俺は――辺境の駐屯騎士団に入ることが決まっている。進路はバラバラ。手紙のやり取りが、せいぜいだろう。
「なあ、ルシド」
呂律の怪しい公爵家嫡男様が、グラスを揺らしながら言う。
「こうして、ずっといられたらいいな。……だって、親友だからな、俺たち」
「酔っ払いの言うことは重いねえ」
普段ツンとしているくせに、シルヴィオは酒が入ると熱く語りだす。
「本気で言ってるんだ。
そうだ、お前に恋人ができたら、ダブルデートなんかもいいな。イザベラと四人で、湖水地方にでも……」
「はいはい。楽しみにしとくよ」
「約束、だからな……」
返事を待たずに、あいつは長椅子に沈み込むように眠ってしまった。
白銀の髪が、暖炉の火を映してほどけている。
静かになった部屋で、俺はグラスの残りを呷った。
――さて。
ここだけの話をしよう。
フィーネがあの場で、『ふっざけんじゃないわよ!』と言ったのは、あながち間違いでもない。
つまり、俺は彼女を裏切っている。
俺はあの女からある程度、計画を伝えられていたが、それを裏切り、イザベラ嬢を陥れるために雇った連中を、金でこちらに寝返らせた。
偽の証拠を掴ませ、それを壇上で自信満々に振りかざすよう、それとなく誘導した。
あの女は自分の勝利を確信したまま、大勢の前で自爆した。
イザベラ嬢に渡った反証の数々も、出所を辿れば全部俺だ。もっとも彼女は、親切な匿名の協力者、程度にしか思っていないだろうが。
言っておくが、正義感なんかではない。
そんな生っちょろい感情ではない。
――俺は、そんな甘い感情で動く人間ではないのだから。
だいたい、そもそも俺としては、正直、あの女でも婚約者のイザベラ嬢でも、どっちでもよかった。
シルヴィオの隣に立つのがイザベラ嬢だろうがフィーネだろうが、俺の場所じゃないことに変わりはないし、シルヴィオが幸せになるのであれば、どちらでも構わない。
それどころか、途中までフィーネのことを静観していたのは、彼女のシルヴィオへの熱意を認めたからに他ならない。
では、なぜイザベラ側に手を貸したか。
簡単だ。フィーネは、二人きりになったとき、言い寄ってきたからだ。
シルヴィオの親友たる俺に対し。
『ルシド様も、素敵ですわ。シルヴィオ様が全然振り向いてくれないんです――私、ルシド様のことも――』
そう言って、潤んだ視線が俺に絡みついた。
その瞬間。
俺の中で何かが冷えた。
ああ、と。
こいつはシルヴィオを裏切ったな、と。
あいつの隣を欲しがるくせに、あいつじゃなくてもいいのか。
だから――彼女の側には立たなかった。
それだけの話だ。俺の行動原理なんて、その程度の、単純なもの。
「お~い、シルヴィオ。風邪ひくぞ」
起こすフリをして、俺は手を伸ばした。
指先が、白銀の髪に触れる。さらり、と流れた。絹よりも、たぶん雪に近い。
――これに触れることを許されるのは、俺じゃない。
知っている。
六歳のときから婚約者がいて、その婚約者と誤解を解いて、明日卒業して、いずれ結婚する。この髪を梳く権利は、きっと俺ではない、他の誰かのものだ。
『なあルシド、恋をしたことはあるか?』
お前の問いに、今なら答えてやれる。
あるよ。している。それも、ずっとだ。誰よりも前から。
『お前との付き合いのほうが長いんだし、今さらからかうな』
シルヴィオ。
お前がイザベラ嬢と婚約するより前から、イザベラ嬢がお前に恋をするより前から、俺はお前を見ていた。
お前に最初に会ったときから、誰よりも、先に。
「ダブルデート、ねぇ」
思わず笑ってしまう。
無邪気な顔で、よくもまあ。俺の隣に誰か置いて、四人で笑って、それをお前は友情だと思うんだろう。
そうやってお前は、また俺の人生をめちゃくちゃにして、笑うのか。
……ほんの少しだけ、と自分に許して、俺は眠るお前の髪を眺めた。
白銀。
この国で最も尊ばれる色。祝福の色。
俺のは、黒だ。
夜の色。不吉の色。社交界の奥様方が扇の陰で眉をひそめる、嫌われる色。
物心ついたときから、俺はそれを軽口で塗り潰して生きてきた。
親戚中をたらい回しにされる中で、ずっと俺はこの色が嫌で嫌で仕方がなかった。
だが、初めて引き合わされた日。
庭園で、初対面のお前は言ったんだ。
『俺は、お前の髪色、好きだな』
何も知らないような顔で。
本当に純粋に褒めているみたいな顔で。
『……はぁ? 公爵家の坊ちゃんか何か知らないけど、舐めてるのかお前』
『事実を言ったまでだ。夜空みたいで綺麗だろう、それは』
『……ッ!』
まるで当たり前のようにつぶやかれたその一言で。
あのときから俺の人生はめちゃくちゃになってしまった。
馬鹿に正直で、マイペースなお前の発言のせいで。
――あの日から、俺はこの髪を、嫌いだと言い切れなくなってしまった。
窓の外が、白い。
雪が降ってきた。まるで、すべてを白く染めるかのように。今夜の湿った空気も、明日の別れも、俺のこの往生際の悪い恋も、まとめて塗り潰してくれるみたいに。
俺は毛布をあいつに掛けて、バルコニーに出た。
息を吐く。白い息が夜気とまじりあって、溶けていく。
境目なんて、最初からなかったみたいに。
降り積もる雪が、視界の端で俺の前髪を掠めていく。
黒い髪が、少しずつ白く染まっていく。
俺の黒い髪に、白い雪が、降り積もっていく。
――なんだ。俺にも似合うじゃないか、白。
寒い。指先が痺れる。
だが俺は、構わず立ち続けた。
立ち続けていれば、少しでも、お前に近づけている気がしたから。
なあ、シルヴィオ。
俺はこの想いを、便箋に書いたりはしない。
人前で叫んだりもしない。お前が教えてくれた『思いを伝えるのって、いいことだな』という喜びを、俺は一生味わうことなく死んでいくのだろう。
その代わり、約束してやる。
辺境からでも、手紙の行間からでも、ダブルデートとやらの斜め向かいからでも。
――お前の横で、一生、お前の行く末を見ておいてやるよ。
それが誰よりも先に、お前を見つけた俺の想いだ。
雪は、まだ降り続いている。
俺という黒を、白く、白く、染めながら。
裏設定的なプチ解説
シルヴィオ
→無自覚たらし系。言葉足らずな一面があるが、割と他人を狂わせる、本人に自覚のない面倒なタイプの魔性の男。きわめて厄介。
ルシド
→ヘラヘラしつつ、裏でゴリゴリに動いている謀略系男子生徒。シルヴィオの被害者。
イザベラ
→本人がガッツリ自己主張するタイプなので、一見何考えているかわからないシルヴィオとの相性はそんなによくなかったが、今回の一件で仲良くなれた
フィーネ
→イザベラを蹴落とすためにあらゆる手を使っていた。そのガッツは割とルシドからも買われていたが、別にシルヴィオを好きなわけではなく、上流階級の相手であればだれでもよかったため地雷を踏んでしまった。
※書いてて思ったけど、シルヴィオが諸悪の根源な気がしてきました
シルヴィオめ………




