第1話
我が国、リヴェリア王国には太古より七種の魔法が存在する。
人々はその恩恵を受け、魔法と共に国を繁栄させてきた。
その中でも雷魔法に秀でたヴォルト家は、戦場で功績を重ね、公爵位まで上り詰めた名家である。
「ビビ」
呼ばれて顔を上げると、呆れたような顔をしたお母様が書庫の入り口に立っていた。
どうやら私は、ノックの音にも気付かないほど本に没頭していたらしい。
「毎日書庫に閉じこもって……あなた、いつまでそんな本ばかり読んでいるの?」
「お母様、おはようございます。」
頬をひきつらせながら私がそう返すと、お母様は深いため息をついた。
「雷魔法について学ぶのなら、座学より先に魔法の扱いを鍛えるべきでしょう。実践なくして力は育たないわ。」
“夜雨の君”――社交界でそう呼ばれる所以でもある艶やかな黒髪をかき上げながら、お母様はやれやれと首を振る。
お母様は、私が雷魔法の構造や歴史ばかり調べていることを快く思っていない。
きっと、お父様のように戦場を駆ける英雄になってほしいのだろう。
けれど、私は
「私は、雷魔法の有用性をもっと広めたいのですわ」
「まったく……あなたという子は」
お母様は額に指を当て、呆れたようにため息をついた。
「旦那様が王都へお戻りになるわ。お出迎えへ行きますから、すぐ準備をなさい」
「かしこまりました」
部屋を出ていくお母様の背を見送り、私は小さく伸びをした。
幼なじみである現王と共に戦場を駆け、王国の版図を広げてきたお父様は、誰が見ても英雄だった。
もちろん、戦場帰りのお父様は私から見ても眩しい存在だった。
けれど。
それだけでは、ヴォルト家は先細っていく。
今や雷魔法は“戦うためだけの力”として扱われ始めている。
領民は騎士団に入団するか、傭兵として各地を渡る。
他領のように農業や商業に携わるものは少なく、そういった仕事を希望する者は領地を出ていってしまうのだ。
このままでは、雷の民は戦場でしか生きられなくなる。
だからこそ私は、別の形で雷魔法を活かす方法を見つけなければならない。
領地のために。領民のために。
「……私が欲深いだけなのかしら」
お母様によく似た黒髪を指に絡めながら、小さく息を吐く。
さて、準備をしなくては。
先ほどまで読んでいた本を抱え、私は自室へ向かって歩き出した。
「ドレスは以前、お父様からいただいたものにするわ。髪型は任せます」
「かしこまりました」
侍女のエマにそう伝えると、幼い頃から仕えてくれている彼女は、すぐに準備へ取りかかった。
身体に沿う淡い黄色のドレスは、光を受けるたび金糸のように輝く。
きっと、お父様は私の瞳に合わせて選んだのだろう。
鏡越しに、お父様譲りの金色の瞳を見つめ、小さく息を吐く。
「まったく、お父様ったら。戦から戻るたびにドレスを贈られても、身体は一つしかないのに」
頬を膨らませながらぼやくと、エマがくすりと笑う。
「ドレスだけではありませんよ。こちらも旦那様からです」
そう言って差し出されたのは、見覚えのない耳飾りだった。
羽を模した繊細な細工。指先に伝わる冷たさで、銀細工だと分かった。その先には、お母様の瞳によく似た青い水晶が揺れている。
「お嬢様、準備はほとんど整いました。最後にこちらを」
「ありがとう、エマ」
今日は髪を括りサイドを編み込みんだ髪型らしい。
エマは私の髪に妙なこだわりがある。満足げに胸を張る姿は、褒められた犬のようで少し可愛らしい。
思わず緩みそうになる頬を隠すように、私は耳飾りへ手を伸ばした。
揺れる水晶が、雨粒のようにきらきらと光を弾く。
「お気に召しましたか?」
微笑ましそうに尋ねられ、なんだか気恥ずかしくなる。
「……別に、そういうわけでは」
誤魔化すように銀細工へ触れた、その瞬間だった。
指先から、微かな魔力が弾ける。
——ぱちり。
耳元の水晶が、淡く白く光った。
「……え?」
「どうかなさいましたか?」
鏡越しにエマと目が合う。
——気づいていない?
いや、見間違いではない。
一瞬だった。けれど確かに、あの水晶は光っていた。
「お嬢様、奥様がお待ちです」
廊下から侍女の声が届き、私ははっと顔を上げる。
あれは、ただの偶然じゃない。
もしかしたら。
雷魔法を、“戦うためだけの力”ではなくせるかもしれない。
侍女に案内されながら、私は震えそうになる指先をそっと握り締めた。
けれど、込み上げる笑みだけは、どうしても隠しきれなかった。
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