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第二十七話:王都からの手紙と、永遠のもふもふライフ ~今さら名誉回復と言われても、私の居場所はここですから~

 夏が終わった。

 そしていよいよ、秋の気配が深まり、北の森を吹き抜ける風が、少しずつ冷たさを増してきた頃。


 私の中で、王都のことは遠い遠い過去の話になりつつあった。

 一方で、この北の離宮の周囲は秋らしく、森の木々の葉が、赤や黄色に色づき始め、地面には落ち葉の絨毯が広がるようになっていた。


 私たちは、来るべき厳しい冬に向けて、着々と準備を進めていた。

 温室で採れた野菜を乾燥させたり、塩漬けにしたりして、保存食をたくさん作っている。

 エルフたちとの交易も盛んになり、彼らからは冬を越すための薪や、温かい布を分けてもらった。

 代わりとして、私が作った薬草のペーストや、ハクの力で温められた石などを渡している。

 屋敷の周囲には、いつの間にかエルフたちや山猫、そして王都から避難してきた猫たちが集まるようになり、種族を超えて助け合う、まるで一つの小さな集落のような場所が出来上がりつつあった。


 ある日の午前中。

 私が厨房で、大根のような白い野菜を細かく切っていると、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 山猫のリーダーが、窓枠に飛び乗って声を上げる。


『人間の姉ちゃん! また王都の方から人間がやってきたぜ!』

「えっ? また騎士団が来たの?」


 私は包丁を置き、手を洗いながら尋ねた。

 しかし、山猫のリーダーは首を横に振る。


『いや、それが違うんだ。今度来たのは、ほんの数人だけだ。それに、武器も持っていない。すごく大人しそうな連中だ』

「数人だけで、武器を持っていない?」


 前回の、あの仰々しい武装集団とは全く違うようだ。

 私が不思議に思っていると、クロが静かに私のそばへやってきた。


『カトリーナ様、私が先に出て、様子を見てまいりましょうか』

「ううん、私も行くわ。武器を持っていないのなら、むやみに追い返すのも悪いもの」


 私たちは連れ立って、屋敷の玄関ホールへと向かった。

 重い扉を押し開けて前庭に出ると、そこには三人の人間の男性が立っていた。

 彼らは、王都の文官が着るような、きちんとした服を身にまとっている。

 彼らの周囲には、エルフの青年たちが少し離れた場所から警戒するように立っており、猫たちも木の上から様子をうかがっていた。


「あの……どちら様でしょうか」


 私が声をかけると、三人のうちの一番前に立っていた初老の男性が、深く頭を下げた。


「突然の訪問、大変申し訳ありません。私は、新しく国王になられた陛下より遣わされました、使者の者でございます」

「新王陛下からの、使者?」


 私は少しだけ目を丸くした。

 先日、猫ネットワークの噂から、前の国王から新しい王様になったことは聞いていた。

 つまり、追放されたアレクセイとは違う、第二王子が新しい王になったらしい。

 その新しい王様が、私に何の用があるのだろうか。


「はい。カトリーナ様におかれましては、これまで王家から多大なる不敬と、理不尽な仕打ちを受けられたこと、新王陛下に代わりまして深くお詫び申し上げます」


 使者の男性は、もう一度、地面に額がつくほど深く頭を下げた。

 後ろに控えていた二人の男性も、同じように深くお辞儀をしている。


「頭を上げてください。もう、終わったことです。私は今、ここで平和に暮らしていますから」


 私がそう言うと、使者の男性はゆっくりと顔を上げた。

 その表情は、とても真剣で、誠実そうに見えた。


「新王陛下は、カトリーナ様に着せられた数々の嫌疑をすべてお調べになりました。そして、それらがすべて、前王太子たちの作り上げた嘘であったことを確認されたのです」

「そう……ですか」

「はい。陛下は、カトリーナ様に対する冤罪を正式に撤回し、公爵令嬢としての名誉を回復すると宣言されました。これは、その決定を記した正式な書類でございます」


 使者は、革の筒から丸められた羊皮紙を取り出し、私に向かって差し出した。

 私はそれを受け取ったが、中を開いて確認しようとは思わなかった。

 今さら名誉を回復されたところで、私にとっては何も変わらないからだ。


「お知らせいただき、ありがとうございます。ですが、わざわざそれだけを伝えるために、ここまでいらしたのですか?」


 私が尋ねると、使者の男性は少しだけ口ごもった後、懐からもう一つ、封筒を取り出した。

 それは、とても上質な紙で作られており、王家の紋章が押された赤い封蝋で閉じられている。


「実は……新王陛下から、カトリーナ様への直筆のお手紙をお預かりしております」

「私への、手紙?」

「はい。どうか、お読みいただけないでしょうか」


 私は少し戸惑いながらも、その手紙を受け取った。

 封蝋を指先で割り、中から一枚の便箋を取り出す。

 そこには、とても丁寧な文字が並んでいた。


『カトリーナ殿。この度は、我が一族が貴女に多大な苦痛を与えたこと、心より謝罪する。貴女の潔白は証明され、王都の民衆も貴女への誤解を解き、帰還を待ち望んでいる。どうか王都へ戻り、新しい国づくりにその聡明な知恵を貸してはくれないだろうか。貴女の奪われた地位も財産も、すべて元通りにお返しすることを約束しよう』


 文章はさらに長く続いていたが、要約するとそういうことだった。

 新しい王様は、とても真面目で、荒れた国を立て直そうと必死なのだろう。

 前のアレクセイとは違い、私のことを正当に評価し、必要としてくれているのが文面から伝わってくる。

 王都に戻れば、私は再び華やかな貴族の生活を取り戻すことができる。

 それどころか、新しい王の側近として、以前よりもずっと大きな力を持つことすらできるかもしれない。

 豪華なドレスを着て、美味しい料理を並べられ、何不自由ない暮らしが待っている。


 普通の人間なら、この申し出に飛びついて喜ぶに違いない。


 私は、便箋からゆっくりと目を離し、使者の男性の顔を見た。

 彼は、私がどのような返事をするのかと、じっと私を見つめている。


 私は手に持った手紙を、元の折り目に沿って、ゆっくりと二つに折った。


「カトリーナ様……?」


 使者が不思議そうな声を出す。

 私は彼に向かって、口角を上げ、穏やかな顔を作った。


「わざわざ遠いところを、お越しいただきありがとうございました。新王陛下のお心遣い、確かに受け取りました」

「では、王都へお戻りいただけるのですね!」


 使者の顔が、パッと明るく輝いた。

 しかし、私はゆっくりと、しかしはっきりと首を横に振った。


「いいえ。私は、王都には戻りません」

「……え?」

「私の居場所は、もうここ以外にはありませんから」


 私は手元で小さく折りたたんだ手紙を、使者の男性に向かって静かに差し出した。


「お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします。このお手紙は、新王陛下にお返しください」


 使者の男性は、差し出された手紙を見て、言葉を失っていた。

 信じられないものを見るような目で、私と手紙を交互に見比べている。


「カ、カトリーナ様……。それは、新王陛下からの……大切な……。本当に、よろしいのですか?」

「はい。申し訳ありませんが、これが私の答えです」


 私は、使者たちを真っ直ぐに見据えた。


「王都には、もう私の未練は何もありません。名誉も、地位も、取り戻した財産も、今の私には必要のないものです。私が必要としているものは、すべてこの場所にあります」


 私の足元に、いつの間にかクロが静かに寄り添ってきていた。

 私の背後には、ハクがのっそりと歩いてきて、退屈そうにあくびをしている。

 窓の外では、たくさんの猫たちが、私の言葉を静かに見守ってくれていた。


「自分の手で土を耕す喜び、みんなで作る温かい食事、そして、私を心から信頼してくれる大切な家族たち。これ以上のものを、私は望みません」


 私のきっぱりとした言葉に、使者の男性は深くため息をついた。

 彼には、私がこれほどまでに王都の豊かな生活を拒絶する理由が、すぐには理解できないのかもしれない。

 それでも、私の決心が決して揺るがない強固なものであることだけは、しっかりと伝わったようだ。

 彼は少しだけ肩を落とし、私から手紙を恭しく受け取ると、深く頭を下げた。


「……承知いたしました。カトリーナ様のお言葉とご意志、間違いなく陛下にお伝えいたします。無理を申し上げて、大変失礼いたしました」

「ありがとうございます。王都の皆様によろしくお伝えください。帰り道、どうかお気をつけて」


 私は彼らに向かって、丁寧にお辞儀をした。

 使者たちは、もう一度深く頭を下げてから、馬車へと向かった。

 彼らが森の奥へと続く道を帰っていくのを、私は前庭からとても晴れやかな気持ちで見送った。


 これで、本当にすべてが終わったのだ。

 私を縛り付けていた過去との繋がりは、あの手紙を突き返したことで、すっかり断ち切られた。

 もう誰に遠慮することもなく、誰の顔色をうかがう必要もない。

 私は、私自身の意志で、この場所で生きていくことを選んだのだ。


 ◇


 それからさらに季節が巡り、北の森に本格的な冬がやってきた。


 空から、白いものがちらちらと舞い落ちてくる。

 初雪だ。

 最初はほんの少しだった雪は、やがて勢いを増し、あっという間に前庭も森の木々も、真っ白な雪化粧で覆い尽くしていった。

 外は凍えるように冷たい北風が吹いており、長く外にいると手足の感覚がなくなってしまいそうになる。

 エルフたちも自分たちの森の集落の冬支度を終え、山猫たちも森の奥の暖かい巣穴へと戻っていった。


 しかし、綺麗に修繕された離宮の食堂の中は、驚くほど暖かかった。

 クロが風の魔法で冷たい空気を遮断し、暖炉の火の管理をしっかりと行ってくれているおかげだ。

 部屋中がぽかぽかとしていて、外の寒さが嘘のようである。

 分厚い石の壁が、私たちを厳しい冬からしっかりと守ってくれている。


 私は食堂の床に、自分で時間をかけて編み上げた、とても大きな毛糸の敷物を広げていた。

 秋の間に、山猫たちが集めてきてくれた野生の羊の毛を使い、少しずつ丁寧に編んだものだ。

 とても分厚くて柔らかく、上に座っているだけで下からじんわりと温かさが伝わってくる、私の自信作である。


 その敷物の中央に、私はゆったりと足を伸ばして座っていた。

 私の膝の上には、大きな白い毛玉がどっしりと陣取っている。

 ハクだ。

 彼は私の膝の温かさと、手編みの敷物の柔らかさをすっかり気に入ってしまい、ここ数日はずっとこの場所から離れようとしない。

 私が背中の毛並みを優しくなでてあげると、彼は目を細め、喉をゴロゴロと鳴らして気持ちよさそうにしている。


『おい、カトリーナ。もう少し下の方をなでろ。そこだ、そこが良い』

「はいはい、王様。これで良いかしら」

『うむ、悪くない。お前も少しはなでるのが上手くなったようだな』


 ハクが相変わらず偉そうに文句を言いながらも、すっかりリラックスしているのを見て、私は自然と目尻を下げた。

 その様子をクロがじっと見つめている。

 彼の執事魂だろう、クロの視線はいつも油断なく、私やハク、館のあらゆる場所を捉えている。


 そして、私のすぐ横には、小さな銀色の子猫が丸まっていた。

 あの春の夜に瀕死の状態で運び込まれてきたこの子猫も、今ではすっかり大きくなり、元気いっぱいに育っている。

 この子はとても甘えん坊で、私が座るとすぐにこうしてすり寄ってくるかと思えば、次の瞬間にはハクの白い背中に飛び乗って、気持ちよさそうにハクの毛布に埋もれたりしている。

 ハクも「鬱陶しい奴だ」と口では言いながらも、決して子猫を振り払おうとはしない。

 ふわふわとした銀色の毛並みは、触っているだけで私の心をとても穏やかにしてくれる。


 私たちの周りには、王都から避難してきた猫たちや、寒さを避けて屋敷の中に遊びに来た山猫たちが、思い思いの場所でくつろいでいる。

 暖炉の一番近くで寝そべる子。

 毛布の山に埋もれて丸くなる子。

 私の背中にくっついて眠る子。

 みんな、とても幸せそうに喉を鳴らしている。

 広い食堂は、たくさんの猫たちのゴロゴロという心地よい音で満たされていた。


「ここは、最高のもふもふの楽園ね」


 私は、周囲の光景をゆっくりと見渡しながら、小さくつぶやいた。


 王都の華やかな夜会では、決して味わうことのできなかった本物の温かさ。

 誰かに無理をして合わせることも、心をすり減らすような嘘をつくこともない、ありのままの自分でいられる大切な場所。

 あの時、すべてを失ってこの北の地に追放された時は、どうなることかと思った。

 でも、今ならはっきりとわかる。

 あの出来事は、私が本当の幸せを見つけるための、始まりのきっかけだったのだと。


『何を一人でつぶやいているのだ。我が腹を空かせているのがわからないのか。早く次の肉を焼く準備をしろ』


 ハクが、私の顔を見上げて急かしてくる。


「もう、ハクは本当に食べることしか頭にないのね。夕食のシチューができるまでは、まだ少し時間があるわよ」

『我はいつでも成長期なのだ。常に美味いものを腹に入れておかねばならんのだぞ。最強の王の腹を満たすのが、お前の役目だろうが』

「はいはい、わかったわ。じゃあ、夕食の前に、少しだけ特別なおやつを用意しましょうか。エルフの皆さんからもらった甘い木の実があるのよ」


 私がそう言うと、足元で寝ていたクロが、パチリと目を開けた。


『私がお手伝いいたしましょう、カトリーナ様。ハーブティーの準備もいたします』


 クロが立ち上がり、優雅にお辞儀をする。

 その顔は、とても穏やかで、嬉しそうに見えた。


「ありがとう、クロ。じゃあ、みんなで一緒に食べられるものを準備しようかしら」


 私の言葉に、周りで寝ていた猫たちも一斉に耳をピンと立て、「ニャー!」「食べるニャ!」と元気な声を上げた。

 銀色の子猫もハクの背中からピョンと飛び降り、私の足元でしっぽを振っている。

 みんなの期待に満ちたキラキラとした視線を浴びながら、私は膝の上のハクをそっと下ろし、ゆっくりと立ち上がる。


 窓の外には、冷たい初雪がしんしんと降り積もっている。

 北の冬は長く、そして厳しい。

 けれど、この修繕された北の離宮には、いつまでも尽きることのない温かな時間が流れている。


 伝説の魔獣たちと、たくさんの愛らしい猫たち。

 そして、森に住むエルフの仲間たち。

 彼らと共に過ごすこの何気ない日常が、私の見つけた、私だけの本当の居場所なのだ。

 私は、胸の奥底から湧き上がってくる心からの幸福と、誰にも縛られない自由を深く噛み締めながら、みんなが待つ厨房へと明るい足取りで向かっていった。

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