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第二十話:使節団の強制捜索 ~廃墟だと思っていた離宮の豊かさに驚愕する役人たち~

 山猫たちがもたらした緊急の知らせから、数日の時間が経過した。

 私たちはただおびえて縮こまるのではなく、屋敷の隅々までを磨き上げ、庭の落ち葉を拾い、温室の植物たちを最も美しい状態に整えて彼らを待っていた。

 逃げも隠れもしない。惨めな姿など絶対に見せてやらない。

 ここがどれほど豊かで、私たちの誇りに満ちた場所であるかを、王都の人間たちに真っ向から見せつけるための準備だ。


 使節団を正面から出迎える前に、私にはどうしてもやっておかなければならないことがあった。

 それは、戦う力を持たない小さな家族たちを安全な場所へ隠すことだ。

 王都からひどい扱いを受けて逃げてきた猫たちや、まだ幼い銀色の子猫を、屋敷の地下にある空間へと案内した。

 そこはかつて、ハクとクロが長い間封印されていた場所だ。分厚い石の壁と重い扉で守られており、外の音がほとんど聞こえないほど頑丈な作りになっている。

 ここなら、外でどれだけ大きな音が鳴っても安心だ。


「みんな、外の人間たちが帰るまで、ここで静かに待っていてね。絶対に外に出ちゃだめよ」


 私がしゃがみ込んで声をかけると、避難してきた猫たちは不安そうに短く鳴いた。

 銀色の子猫は私の服の裾を小さな前足で掴み、離れたくないと訴えかけてくる。

 私は子猫の背中を優しくさすって、安心させるように微笑みかけた。


「大丈夫よ。すぐに終わらせて、迎えに来るからね」


『任せておけ、姉ちゃん。この小さな子たちのことは、私たちがしっかり守るからね』

『そうだニャ。人間から隠れてやり過ごすのは、私たちが一番得意だニャ。姉ちゃんは安心して外の連中を追い返してくるニャ』


 子守役として一緒に地下へ残ってくれた、面倒見の良い雌の山猫や、町から避難してきてすっかり離宮の生活に馴染んだ大人の猫たちが、力強く請け負ってくれた。

 彼らは不安がる子猫たちをなだめるように、その小さな体を優しく舐めて寄り添ってくれている。

 経験豊かな彼らがこうしてそばについていてくれるなら、地下室の中のことは心配いらないだろう。


 地下室の入り口には、森のエルフたちが幾重にも結界の魔法を施してくれた。彼らの魔法は、外部からの物理的な攻撃を防ぐだけでなく、不審な魔力の探知も兼ねた強力なものだ。

 さらに、その重い扉の前には、体格の大きく力強い山猫たちが数匹、鋭い爪を立てて見張りに立ってくれている。

 彼らは低い声で喉を鳴らし、何があってもこの扉は通さないという強い意志を示してくれていた。

 これだけ厳重に守りを固めれば、万が一使節団の騎士たちが暴走して屋敷の中に踏み込んできたとしても、小さな家族たちに危険が及ぶことはないだろう。


 後顧の憂いを絶った私は、自室に戻り、普段から愛用している木綿の服を脱いだ。

 代わりに選んだのは、この北の地へ追放された日に着ていた、飾りの少ない上質なドレスだ。

 王都にいた頃の私を象徴するような、隙のない令嬢としての装い。

 背筋を伸ばし、深く息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる。


『人間の姉ちゃん! 街道の入り口で見張りをしていた仲間から、報告があったぜ!』


 開け放たれた窓の縁に飛び乗ってきた山猫の一匹が、緊迫した様子で教えてくれた。


「来たのね」

『ああ。立派な馬車が三台と、馬に乗った鎧姿の人間たちがたくさん、こちらへ向かってきているそうだ。もうすぐ、この離宮の門の前に到着するはずだ!』


 私は小さくうなずき、山猫の頭を軽くさすってやった。

 見張りをしてくれている山猫たちには、決して無理をせず、人間の前に姿をさらさないようにと厳しく伝えてある。


「ありがとう。あなたたちは安全な場所に隠れていてちょうだい。絶対に、向こうに見つかってはだめよ」


 山猫がしっぽを振って森の方へ走っていくのを見届けた後、私は隣に立つクロへと視線を向けた。

 クロもまた、いつも以上に毛並みを美しく整え、執事としての非の打ち所がない威厳を漂わせている。


「いよいよよ、クロ。準備はいい?」

『はい、カトリーナ様。迎撃の布陣はすでに整っております。エルフの方々も、大扉のすぐ後ろで待機してくださっています』


 クロの落ち着き払った声を聞くと、不思議と腹の底から静かな力が湧いてくるのを感じた。

 不安はない。

 今の私には、守るべき大切な居場所があり、共に立ち向かってくれる家族がいるのだから。


「行きましょう。招かれざる客を、最高のおもてなしで出迎えてあげるわ」


 私たちは連れ立って、屋敷の正面玄関へと続く長い廊下を歩き始めた。



 屋敷の正面にある大きな鉄格子の門の向こう側から、複数の馬のいななきと、重々しい車輪の音が聞こえてきた。

 私は大扉の少し手前で足を止め、窓の隙間から外の様子を静かにうかがった。


 砂煙を上げて到着したのは、王家の紋章が刻まれた豪奢な馬車だった。

 その周囲を、金属の鎧で身を固めた十名以上の騎士たちが囲んでいる。

 彼らは馬から降りると、周囲を威圧するように剣の柄に手を当て、警戒の視線を走らせた。


 やがて、一番大きな馬車の扉が乱暴に開き、中からふんぞり返った態度の男が降りてきた。

 豪華な装飾が施された服を着て、鼻を持ち上げるようにして周囲を見回している。

 王都の財務や法務を取り仕切る高位の役人だ。私が公爵家で仕事をしていた頃に、何度か顔を合わせたことがある。

 権力に弱く、自分より立場の低い者にはどこまでも傲慢に振る舞う、絵に描いたような小悪党だった。


「おい、ここが本当に北の離宮なのか?」


 役人の甲高い声が、静かな春の空気に響いた。

 彼は門の隙間から屋敷の敷地内を覗き込み、驚いたように立ち尽くしている。

 その後ろに続く騎士たちも同様に、信じられないものを見るような顔つきになっていた。


「聞いていた話と全く違うではないか! ここは屋根も抜け落ちた、ただのボロボロの廃墟だと聞いていたのだぞ!」


 役人が声を荒げるのも無理はない。

 彼らが想像していたのは、隙間風が吹きすさぶ廃墟の中で、泥だらけになって泣きべそをかいている惨めな令嬢の姿だったはずだ。

 しかし、彼らの目の前に広がっているのは、クロの土属性や風属性の魔法によって見事に修繕され、かつての美しさをすっかり取り戻した壮麗な石造りの屋敷である。

 欠けていた壁は滑らかに整えられ、傾いていた柱はまっすぐに立ち直っている。

 庭にはエルフたちの手によって色鮮やかな花々が咲き乱れ、少し離れた裏手には、太陽の光を反射して輝く巨大なガラスの温室がそびえ立ち、広大な畑には青々とした野菜の葉が豊かに茂っていた。


「見ろ、あの立派な温室を……。それに、あの畑の作物の育ち具合はどうだ。王都の貴族の庭園よりもずっと手入れが行き届いているではないか」


 騎士の一人が、呆然とした声でつぶやいた。


「どういうことだ……。追放された罪人が、なぜこのような豪奢な暮らしをしている?」


 役人の顔には、驚きと戸惑いが浮かんでいたが、やがてそれは卑しい強欲な笑みへと変わっていった。


「そうか……そういうことか! 理解したぞ!」


 役人は手を叩き、勝ち誇ったような大声を上げた。


「これこそが、あの女が国庫から盗み出した金で作ったという動かぬ証拠だ! 王都からの援助など一切ないはずのこの地で、これほど大規模な修繕を行い、立派な施設を建てられるはずがない。すべて不正に蓄財した汚い金を使ったに違いない!」


 彼らの身勝手な論理に、私は窓の裏側で冷たい息を吐いた。

 自分たちが国を傾けるほどの無駄遣いをしておきながら、私たちが土にまみれて築き上げた成果を、いとも簡単に金で買ったものだと決めつける。

 その想像力の欠如と浅ましさに、怒りを通り越して哀れみすら覚えた。


「おい、騎士ども! ただちに門を開けろ! 屋敷に踏み込んで、隠してある財宝をすべて探し出し、没収するのだ!」


 役人の命令を受け、騎士たちが乱暴な手つきで門の鉄格子を開け放った。

 彼らが土足で庭に踏み込んできたその瞬間。


「……随分と騒々しいお客様ですね」


 私は両手で屋敷の大扉を力強く押し開け、堂々とした足取りで外へと出た。

 不意に扉が開いたことに驚き、役人も騎士たちも一斉にこちらへ顔を向ける。

 私は彼らの視線を真っ直ぐに見据えながら、ゆっくりと階段を降りた。


 私のすぐ斜め後ろには、滑らかな黒い毛並みを持つクロが、音もなく付き従っている。

 そして私の背後、屋敷の入り口の影からは、深い森の静寂を思わせるエルフたちが、音を立てずに姿を現した。

 銀髪の青年を先頭に、人間離れした美しい顔立ちと、長く尖った耳を持つ五人のエルフ。

 彼らは手に森の魔力を帯びた長い弓を持ち、何も言わずにただ静かに立ち並んでいる。

 それだけで、周囲の空気が一気に重く、冷たく引き締まるのを感じた。


「カ、カトリーナ・フォン・ベルンシュタイン……!」


 私の姿を見た役人は、言葉を詰まらせた。

 ボロボロの服を着て痩せ細っていると思い込んでいた私が、王都にいた頃と少しも変わらない、いや、当時よりもずっと健康で凛とした立ち姿を見せたからだ。

 それに加えて、私の背後に控える神秘的なエルフたちの存在に、彼らは明らかな動揺を見せていた。


「エルフ……? なぜ、人間を嫌うはずの森の住人が、こんな場所にいるのだ……?」


 騎士の一人が後ずさりしながらつぶやく。

 彼らは武器を構えることも忘れ、圧倒的な存在感を放つエルフたちから目を離せずにいた。


「王都からの長旅、ご苦労様です。事前の知らせもなしに大勢で押し掛けてくるとは、王宮の礼儀作法も随分と変わったようですね」


 私は冷ややかな声で、役人に向けて言葉を放った。

 相手を見下すこともなく、かといってへりくだることもない、事実だけを淡々と突きつけるような口調だ。


「貴様……! 罪人のくせに、そのふてぶてしい態度はなんだ!」


 役人は顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。

 痛いところを突かれた小者が、威勢を張ってごまかそうとする時の典型的な反応だ。


「私は国王陛下の正式な命を受け、この離宮を調査しにきたのだ! 貴様には、公爵家での職務を利用して国庫から莫大な資金を横領し、この地に隠し持っているという重大な嫌疑がかけられている!」


 役人は懐から仰々しい装飾が施された羊皮紙を取り出し、私に見せつけるように高く掲げた。


「この令状により、直ちに屋敷の強制捜索を実施し、発見された財産はすべて国庫に没収する! おとなしく道を空けろ!」


 横領。不正蓄財。

 あまりにも馬鹿げた言い分に、私は思わず鼻で笑ってしまいそうになるのをこらえた。

 私が公爵家で必死に働き、赤字続きだった領地の財政を立て直したという事実を、彼らはどう思っているのだろう。

 帳簿の数字一つ誤魔化すことなく、ただ国のため、領民のためにと身を粉にしてきた私を、自分たちの浪費の責任を押し付けるための道具として扱う。

 これほど身勝手で、醜い行いはない。


「お断りします」


 私の短く、はっきりとした拒絶の言葉に、役人は目を大きく開いた。


「な、なんだと……? 国王陛下の命令に逆らうというのか!」

「逆らうも何も、その嫌疑そのものが事実無根の作り話だからです。私は王都から、銅貨一枚の援助も受けていませんし、隠し持っている財産など存在しません」


 私は一歩前に出て、彼らの目を真っ直ぐに見据えた。


「この修繕された屋敷も、あのガラスの温室も、豊かに実る畑も。すべては私と、私の大切な家族や森の仲間たちが、自分たちの手で土を掘り、木を運び、時間をかけてゼロから作り上げたものです。あなたたちの言う汚いお金など、どこにも使われていません」

「嘘をつくか! 令嬢一人の力で、これほどの大規模な修繕ができるはずがないだろう!」


 役人は唾を飛ばして反論してくる。

 彼らの狭い価値観では、自分の手で何かを作り出すという発想そのものがないのだ。

 すべてはお金で他人を動かして解決するものだと信じ込んでいる。


「信じるか信じないかは、あなた方の自由です。ですが、ここは私が正当に管理を任されている土地。何の証拠もないまま、言いがかりで私の家に土足で踏み入り、私たちの努力の結晶を奪い取ろうとする行為は、決して許しません」


 私の声は、腹の底から響くように低く、強かった。

 かつての私なら、これほど大勢の騎士に囲まれれば、恐怖で声を出せなくなっていたかもしれない。

 しかし、土を耕し、命を育む喜びを知った今の私には、守るべきものがある。

 この手で築き上げた平穏な日常を、誰にも奪わせはしない。


「おとなしくお帰りください。これ以上無礼な振る舞いを続けるというのなら、私にも考えがあります」


 私がきっぱりと言い放つと、役人の顔は怒りで赤黒く染まった。

 反論を受けたことで、自分の権威が傷つけられたと感じたのだろう。


「たかが没落した令嬢が……調子に乗るなよ! 証拠が隠されているのだから、令状の通りに実力を行使するまでだ!」


 役人は口角から泡を飛ばし、後ろに控える騎士たちに向かって腕を振り下ろした。


「おい、何をぼやぼやしている! その生意気な女を力ずくで捕まえろ! 反抗するなら痛めつけても構わん!」


 役人の命令に、騎士たちは一瞬ためらいを見せたものの、すぐに仕事の顔に戻り、腰の剣に手をかけた。

 金属が擦れる冷たい音が、庭に響き渡る。


 その瞬間だった。


「――我らが友に、その薄汚い刃を向けることは許さない」


 静かだが、森の奥深くから響いてくるような、底冷えのするエルフの青年の声が落ちた。


 同時に、私の背後に立っていた五人のエルフたちが、一糸乱れぬ動きで長弓を引き絞った。

 つがえられた矢の先端には、青白い魔力の光が集まっている。

 彼らの眼差しには一切の感情がなく、ただ標的を排除することだけを目的とした、冷徹な狩人の目だった。


 さらに、私の足元にいたクロが一歩前に出た。


『我が主の平穏を脅かす愚か者ども。ここから先へ一歩でも踏み入れば、命の保証はありませんよ』


 クロの緑色の瞳が鋭く細められ、彼の周囲に見えない風の刃が激しく生まれ始めた。

 地面の草が激しく揺れ、騎士たちの頬を鋭い突風がかすめる。

 それは単なる風ではない。明確な殺意を持った、対象を攻撃するための風属性魔法だ。


 剣を抜こうとしていた騎士たちは、一斉に向けられた圧倒的な殺気と魔力の圧力に、すっかり動きを止めた。

 一歩でも動けば、無数の矢と見えない風の刃が自分たちの体を貫くことを、本能で理解したのだ。

 誰も口を開かず、ただ冷や汗を流して立ち尽くしている。


 春の柔らかな日差しが降り注ぐ中、北の離宮の庭は、一触即発の極度の緊張状態となっていた。


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