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起承転結の起  作者: 東都エリ


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6/8

死体処理班

「死体処理班。そういう仕事があるんだ」


 安木は自分の指より遥かに太い葉巻を吸って、ふーっと吐き出しそう言った。ハーブを目に押し当てたようなきつい臭いが寂れたマンションの管理室に充満する。

 窓は開いていない。黄ばんだ小さな換気扇が微かな唸りをあげていたが、まるで役には立っていなかった。


「タバコ、苦手だったか?」

「いや別に。平気な顔で他人の肺を潰しにかかるお前よりはマシだ」

「そりゃ失礼」


 安木は悪かったよと灰色の息を吐いて灰皿に押し当てる。紙タバコが山のように積もった銀の皿から煙が立ち込め、安木は慌ててコーヒー缶をひっくり返した。


「慣れてないもんは吸うもんじゃねぇな。それで、どこまで話したっけ」

「まだ何も。仕事を紹介されただけだ」

「ああ、そうか」


 安木は胸ポケットから潰れたセッターを取り出し火をつけた。美味そうに煙を吐く姿に冷めた視線をおくる。安木はそれに気づいた様子もなく、回転椅子を傾け天を仰いだ。


「死体処理。文字通り死体を処理するだけの簡単な仕事だ。元々は、アジアの密入国者どもが生業にしてたことなんだがよ。何故だか俺の方に依頼が来てな」

「何でだ?」

「しらねぇよ。人手不足か、安くつくとでも思ったのか。お偉いさんの考えることは俺らバカにゃわからんな」

「一緒にするな」


 肩をすくめる安木を他所に顎に手を当てる。安木の言うお偉いさんは十中八九、政府の人間だ。目上関係もない個人斡旋業を営む安木が皮肉混じりに謙るのは政府をおいて他にいない。


「ま、一つわかることがあるとすれば——これがタンマリ貰えるってことだ」


 安木は胸の前で親指と人差し指をくっつけ輪っかを作る。厭らしくニンマリと曲がる口からは「オ・カ・ネ」と卑しい言葉が無音で聞こえてくる。それを心底軽蔑した目で受け流す。


 死体処理。表の清掃業者にも、裏の密入国者にも任せられない仕事。政府が関わっていると公にできない仕事。そんな仕事を任せるのは掃き溜めのような闇で金に群がる虫が丁度いいのだろう。


「それで、どうする?」


 安木は答えの分かりきった問いを投げてくる。施しを与える聖母の如き腐った瞳が脂ぎる顔から覗いている。どうせ断ることなどできまいと、黒ずんだ歯が笑っている。


 思えばハローワークが民間会社ではなく行政機関だと話したのもこの男だった。「所詮は行政の管理下だからな、生き延びるにはちょうどいいが、生きるには最悪だ」何がどう違うんだ。金だよ。


 その日その日を生き延びるなら、平均を遥かに下回る低賃金でもなんとかなる。だが、裕福な暮らしがしたいなら、何のしがらみもなく生きたいのなら、それだけの大金を稼がなくてはならない。


「お前もそうだろ? なら働くしかない」


 大金を稼ぐなら、それだけ望まれる仕事をするしかない。幸いその大金を払ってでも誰かに任せたい仕事がこの世には山ほどあり、そのために斡旋所が存在する。


 そして、その仕事の一つが安木の言う死体処理班。断る利得が何処にもない。


 まるで安木に手綱を握られているようで居心地が悪い。精一杯格好つけるため視線を逸らしながら仕方がないといった素振りで仕事を請け負った。それを見て安木は一層顔を歪ませる。


「決まりだな。んじゃあ着いて来い」


 吸い殻を机に擦りつけた後、錆びた回転椅子の悲鳴を響かせながら安木は立ち上がった。


「何処に行くんだ?」

「二○一」

「二○一?」


 マンションはろくに電気も通っていない。割れた自動ドアを潜って階段を登る。バブル期には入居者で埋め尽くされていたこのマンションも、一帯がゴーストタウンと化してからは見る影もなく寂れていった。今は安木に首輪をつけられた住人が戸籍も持たずにひっそりと暮らしている。とはいえたかだか数名。これから向かう二○一号室は記憶が正しければ空室だったはずだ。


「今回の仕事は普段とは勝手が違うんだ」

「というと?」

「死体処理"班"。いつものように一人気ままに遊ぶのとは訳が違うってことだ」


 安木は懐から一本の鍵を取り出してガチャガチャと音を立てながら手首を回す。滑りが悪いと文句を垂れつつ扉を開ければ、冷んやりとした風が吹く。前に安木がいるせいで部屋のカビ臭さとタバコの臭いが混ざり合い、鼻から入った地獄は脳裏に広がった。その中には、柑橘系の香水と安木のものではない加齢臭までもがブレンドされており、今すぐ鼻をもぎり取りたいほど耐え難い臭いだった。安木の脂ぎった体臭は言うまでもない。


「二人か」

「さすが」


 廊下を進みすりガラスの扉に手をかける。答え合わせとでもいうように部屋に入ると同時に男女が二人こちらに視線を向ける。女はソファで脚を組み、男は壁に背をかけて佇んでいた。顔見知りではない。


「おそーい。ってか一人?」


 女は俺と目を合わせてそう言った。安木の姿が見えないのか。そんなはずはない。いくら人を駒としか思っていない男だからといって、無視するほどではないだろう。


「おうおう悪いな待たせちまって」

「誰だ」

「ああ、コイツらはな――」

「ちょっと初対面でその態度?」

「すまんな。コイツはちょっとばかし社交性が――」

「不快にさせたなら謝るが、仕事以上に仲良くなる気も、手下気分で下手に出る気もない」

「はっ、何それ。そんな話し方でカッコいいとでも思ってるわけ? 社交性どころか客観性もないんじゃない? 親に教えて貰えなかったの? ああ、死んじゃったの。でしょうね。なら彼女は? あ、いないか。可哀想。童貞は辛いわね、自分の欠点も治し方も誰にも教えて貰えなくて」

「…………」

「おいおい、仕事未満では仲良くしろよ?」


 言われなくてもそうするつもりだが、これ以上は心が持ちそうにない。一言も話さなかった壁際の男に目を向ければ目元から薄っすらと涙の跡が通っている。彼とは仲良くできそうだ。


「全く、改めて紹介するか。こいつがエンバーマー、そいつがスカベンジャーで、あいつがクリーナー」


 安木は俺を指差しエンバーマーと呼び、女をスカベンジャー、男をクリーナーと呼んだ。名前以上の情報はない。必要ないということだろう。


「今回の仕事はお前ら三人一班で挑んでもらう」

「三人でやんの? 少なくない?」

「問題ねぇだろ」

「いやいや、足りないって。死体処理の仕事舐めてる? いくら仲介料を得たいからって童貞二人じゃ役に立たないわ」


 女は死体処理の仕事を何度も請け負っているのか、その忙しさを語る。


 確かに死体の処理は重労働だ。


 何十キロとある死体を小分けするのにかかる時間は計り知れない。電動工具があれば多少は楽だがDIYのように気安くは使えない。たとえ細かく解体しても悪臭漂うパーツを廃棄できる場所も限られている。


 そう場所だ。死体処理において最も重要な要素。今、日本で死体を安全に処理できる場所は数えるほどしかない。


 最低条件は、昼でも夜でも騒音を出しても気に留められないこと、大量の血液を処理できること、髪や爪、骨を処理できること、異臭騒ぎにならないほど隔離されていること、警察に疑われないこと。ざっと挙げてもこの程度は満たす必要がある。厳しい条件の前では、ゴーストタウンの寂れたマンションでさえ、優良物件とはならない。


 条件に一致する場所といえば、アジアの密入国者が持っているデカい船くらいだろうか。


 だが、場所はともかく、スカベンジャーは解体業務が苦だとは思っていないらしい。


「死体自体の処理は簡単だけど。事後処理が大変なのよ。血痕の清掃。目撃者の処理。死者の情報の改竄。アンタに仕事を依頼するってことは、ただ処理をすれば良いのとはわけが違うのよ?」


 俺はその言葉を聞いて一人納得したように笑う。表でも裏でもない闇に依頼をするということはそれ相応の理由がある。死体を片付ける表。秘密裏に片付ける裏。なら闇は、死そのものを何とかしてやる。


「それなら尚のこと問題ねぇな。ここにいるのは全員その道のプロだ。スカベンジャーは死体処理。クリーナーは清掃。エンバーマーは情報改竄。お前らがいたら国会議事堂の熱心な政治家を全員処理しても会議が終わるまでバレることはねぇ」


 なんせ他は寝てるんだから。安木はケラケラと笑う。


「金はタンマリ貰ってんだ。最高の布陣くらい用意するさ。んじゃ、仕事内容の話をするか」


 そう言ってポケットから携帯端末を取り出して何処かに電話をかける。


「アンタが説明するんじゃないの?」

「俺は差し詰めガイドってやつだ。お前らをここに導くためのな」


 安木はスピーカーモードにしているのか、一定間隔で流れる呼び出し音が異質に木霊する。


『失礼、安木内人。ここからは私が話しましょう』

「誰?」

『おや、初対面でその態度ですかスカベンジャー』

「……っ」

『まあいいでしょう。私は熱心な政治家の一人。そうですね、以降はカスタマー、いえ、オペレーターと呼びなさい』


 低い男の声が室内に響く。自身の立場も包み隠さない尊大な態度。その言葉の節々からは盗聴していたことが容易に伺え、安木もスカベンジャーもバツが悪そうに口を曲げた。それでも反抗的に口を動かすスカベンジャーには呆れを通り越して感心する。


「あら、アンタのケツを拭いてやろうってのに随分な態度じゃない」

『そうですか。では仕事についてですが』


 しかし、オペレーターは意に介することもなく淡々と仕事の話に移る。軽く受け流されたことにスカベンジャーは腹立たしいご様子だ。


『場所は——』


――――


「何がオペレーターよ」


 あれから数日が経ったが未だスカベンジャーの気は収まらないらしい。助手席に座りぶつくさと文句を垂れながらネイルを整えている。運転席のクリーナーはそんな彼女が苦手なようでどこか不安げな顔で信号を待っている。


 そんな彼らの様子をバックミラー越しに確認しつつ、俺は長い黒髪を切っていた。手に持って慎重に。セミロングでパーマをあてたカツラ。安いポリエステルの髪の毛を写真通りに寸分違わず仕立て直すのは中々骨の折れる作業だ。


「できたぞ」


 そう言ってスカベンジャーに渡す。オペレーターに対しての文句がウィッグへと向き、スカベンジャーは嫌々といった様子でウィッグネットを被った。背中まで届く赤い髪が黒のセミロングに隠れる。

 ウィッグを被ったスカベンジャーは、身につけた白衣と相まって清楚な保健医に見える。


「なんで私がカツラなんか」

「保健医に変装するよう言われていたのに、髪さえまともに変えてないからだろ」

「はあ、知ってる? 美容院ってすっごくお金がかかるの。1000円カットで済ませているアナタ達とは比べ物にならないの」

「そうですか。あとで化粧もするからな」

「なにそれ。オペレーターの真似?」

「私は熱心な政治家の一人。オペレーターと呼びなさい」

「キャハハ、似てるわ」


 何処で誰が聞いてるかもわからない悪ふざけもほどほどに車は目的地へと走り出す。静かに揺れる車内で俺は目の前の写真を眺めた。


 芳田先生。これから向かう小学校の保健医である。まるで彼女が物語の鍵を握るようなモノローグだが、全くの無関係だ。

 彼女は先日から育休に入っており、それを利用してスカベンジャーが成り替わり学校に潜入する。すでにオペレーターが校長に口止めを済ませており、俺の技術をもってすれば派手な性悪口悪女も写真通りの見た目にできる。


 小学校に潜入するのはスカベンジャーだけではない。クリーナーは清掃員として、俺は生徒として潜入する。


 潜入と聞けば、死体処理とそれこそ全く無関係に思えるが、忘れてはいけない。これは表でも裏でもない闇の仕事だ。死体が出たことさえ誰にも悟らせてはならない仕事。


 オペレーターは言った。


『死体は最低でも五体は処理してもらう』

「物騒ね。学校に死体なんて」

「テロリストでも占拠しにくるのか?」


 学校と死体。考えたくもない組み合わせであり、考えられない組み合わせだ。学校で死亡者なんて、安全柵のない屋上から飛び降りるか、根性論を振り翳す顧問による指導くらいなもので、今の時代滅多なことではない。特に小学校ともなれば安全性は高い。


「はい出た出た。自分を客観的に見れない思春期ボッチが発症するクラスがテロリストに占拠される妄想。日頃誰かに認めて貰えていれば、普通はそんな妄想しないのよ」

「なんだよ。その高度な普通は」

『なるほどテロリスト……当たらずも遠からずですね』

「マジ?」

『ええ、諸君らは政府の極秘実験をご存知でしょうか』

「極秘実験を知ってるわけないでしょ」


 それは人の潜在能力を覚醒させる人体実験だとオペレーターは説明した。人工的に超能力者を作るのだと。

 しかし数日前、その研究所でイレギュラーなことが起きた。その結果、五名のモルモットが逃げたという。


「その超能力者がなんで小学校にいるのよ」

『さあ。隠れやすいからでしょうね。木を隠すには森の中ともいいます』

「それってまさか」

「子どもだとでも言うのか」

『その通り』


 オペレーターの声からは悪びれた様子も罪悪感の欠片も感じ取れない。ただ淡々と事実だけを述べる。俺もスカベンジャーも、クリーナーでさえ目を見開きとても信じられないと声を失っていた。

伊坂幸太郎が大好きで書き出しだけ真似してる純文学の起

中身は何一つ思い浮かんでない。雰囲気だけで書いてる。


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