トレジャーハンター
トレジャーハンターだった祖父が言った。
「俺が持っている物を、他人が必死こいて探していると思うと気分がいい」
例えば徳川埋蔵金。日本人にとって最も聞き馴染みのある財宝。江戸末期から今日まで誰にも発見されなかった数百万枚の小判は祖父、燻名銀の手元にあった。
「現在価値で一両十万前後。煙、持ってみろ」
古めかしい箱から取り出された一枚の、僅かに変色した小判が、こちらに向かって放り投げられる。当時、十万という額をお菓子でしか計算できなかった歳の僕でさえ、そのぞんざいな扱いに慌て、呆れていたのを思い出す。
「軽いね」
小判は見た目に反して軽かった。しかしそれが偽物であるとも思わなかった。後々調べてみれば一両は卵一個にも満たない軽さだと知るが、祖父の集めてきた物を見ていれば、徳川埋蔵金も本物だと信じられた。
「それでもそれが数百万枚。トンは習ったか?」
「うん。千キログラムでしょ」
「お、凄いぞ煙。んじゃあこれが全部で一億グラムあるわけだ」
何トンだと聞かれる。簡単な計算だ。一億は千の十万倍。だから「十万トン」と意気揚々に答えた。それを聞いて祖父は目を丸くし、腹を抱えて笑っていた。
「一億グラムだからまずはキロに直す。んで、トンに直すんだ。十万はキログラム。トンなら百だ」
百トン。ゾウ百頭分だと、そう言われてもピンとは来ない。卵よりも軽いのだ。それが何枚あろうとも経験の浅い子どもには、手に持った物以上の重さは想像できない。
「そいつを欲しがる奴らは今でも後を経たない。そうだな今度、赤城か日光に連れて行ってやろう」
面白いモノが見れる。そう言う祖父は心底楽しそうに笑う。しかし、その顔はマフィア映画にでも出てきそうな悪人ヅラだった。生々しい傷が幾つも残る。祖父はそれを男の勲章とも言い、トレジャーハンターとして自分がどのような修羅場を掻い潜ってきたのかを、自慢するための出汁にしていた。
その話を聞くたびに思う。僕は絶対にトレジャーハンターにはなれない。そう不安げな顔をする僕に祖母は決まって「トレジャーハンターになんてなるな」と言う。祖父はバツが悪そうな顔を見せるが、その本意が何処にあるのかはわからない。
僕の父さんも祖父の影響でトレジャーハンターになったから。そして——。……。
……それはともかく、日光東照宮に連れてこられた僕は、祖父の言う通り面白い者を見た。
「煙、ほれ見てみろ。あの機械。ありゃ金属探知機だ」
場所は日光東照宮の本殿から遠く離れた木々の中。芝刈り機に似た機械を持った一人の若い男がゆっくりと歩いている。首にはぐっしょり濡れたタオルが掛かり、単色のTシャツは汗で濃くなっている。それだけの時間、彼はこの炎天下を彷徨っていたのだ。祖父はそれを見て素人だとも言った。
「大抵のトレジャーハンターなら日光に埋蔵金は無いと知っている。だから、ここには徳川という言葉に踊らされた馬鹿しか来ない。にしても金属探知機なんて久しぶりに見たもんだ」
あるかもしれないという一縷の望み。それが毎年こうして一攫千金を夢見た無知不学な犠牲者を生み出すのだ。そう言って祖父はコンビニで買ってきたカップ酒を開ける。
「ああやって探知機まで買ってきて、夢見て見つからんもんを、必死こいて探している奴を見ながら呑む酒がいっちゃん美味い」
確かに、徳川埋蔵金は祖父の元にあるわけで、絶対に見つかるはずがないのに、汗水垂らして山を歩く男の姿は滑稽に思えた。そして同時に謎の優越感が心を満たす。他人が絶対に手にすることができない物を持っている。そんな祖父のことが誇らしかったのだ。
美味そうに喉を鳴らす祖父の真似をして、同じくコンビニで買ったコーラを飲み、むせ返ったのを今でも覚えている。
「それにしても埋蔵金はどこにあったの?」
帰路に着く間、軽トラに揺られながら当然の疑問を祖父にぶつけていた。「江戸城のうんと地下深くさ」眉に舌で舐めた指を当てがい、そう答えた祖父は秘密だぞと笑う。
その時の僕は日本史なんて習ってすらいなかったものだから、へぇと納得したのみでそれ以上尋ねることはなかった。きっと今も姫路城や彦根城みたく江戸城も残っているのだろうと思っていた。だからこそ、皇居になった江戸城の地下深くにどうやって侵入し、埋蔵金を掘り当てたのか今でも時々謎に思う。
「でもさ、なんで埋蔵金を持っていることを秘密にするの? あ、皆んなが探している姿を見たいからだったね」
「いや、それもあるが……。煙、宝探しってやったことあるか?」
「どうだろ……ない、かな」
記憶を掘り返してみてもそんな遊びをしたことはない。ハンカチ落としやフルーツバスケットなら経験はあるが、何処かに宝を隠してヒントを頼りに探しましょうだなんて、そもそもそれだけの空間が必要だ。
祖父はそれを聞くと残念だと小さく溢した。
「宝探しってのはな、探している間が一番楽しいんだ。俺もトレジャーハンターだからな、その楽しさを奪いたくはない」
善人面でものを言う祖父だが、その宝も一生を掛けても見つからないのだから楽しんでいるトレジャーハンターたちが可哀想にすら思えてくる。
「そっか。なら埋蔵金も他の宝物も僕達だけの秘密ってことだね」
「……ああ、そうだな」
歯切れの悪さに引っかかるが暫く祖父は押し黙り、軽トラを静かに走らせていた。僕も窓の外のガードレールに人形を走らせるのに夢中だったから、車内はラジオの知らない洋楽で満たされていた。
「……江戸は何年続いたか、知ってるか?」
「え?」
突然祖父はそんな問題を出してきた。徳川埋蔵金、江戸城との繋がり。僕は必死に頭を動かして考える。小学校ではまだ、その範囲を習っていなかった。
「十五年?」
「おいおい、短すぎるだろ」
徳川十五代将軍は聞いたことがあるが、十六はない。祖父は口をあんぐりと開けて呆れ返った。
「二六〇年だ。徳川家康から徳川慶喜まで。……もしかして、それで十五年って?」
コクリと頷く。
「ハハハッ、馬鹿だな煙。……いいか、二六〇年だ。俺が今六十……四、五、六……歳だから三倍だな。煙は……えーっと」
「十だよ」
「なら二六倍だ」
「何の話?」
「それだけ長く続いたってことだ」
祖父はそう答えてどこか俯きがちに言葉を続ける。「ばあちゃんに怒られちまうかもな……」そう小さく漏らして。
「……二六〇年。正確に言うなら二六四年だが、それくらいの長さでも、人は生きられない」
「何の話?」
「……織田信長は人間五十年なんて言っているが、俺は六十年生きている。隣のババアは百は越した。もう少し早ければ慶喜の死に顔くらい拝めた歳だ。だが、ボケて自分を二十歳のギャルだと思ってるらしい。孫娘の婿に腰をくねらせてるんだってよ」
「ねえ、何の話?」
「……煙、黙って聞くんだ。今は子どもだからわからないだろう。明日には忘れているかもしれない。それでも聞くんだ。人は長く生きられない」
祖父はいつになく真剣だった。顔は常にフロントガラスの先を見ていたが、言葉だけは確かに僕の方へと向かっていた。
「人は死ぬ。いつか死ぬ。お前の両親だって……。いや、俺だってそうだ。二百年は生きると言われているが、それはないだろう」
「……」
「人は死ぬ。だから後世に託す。江戸の将軍が常に徳川だったのも、家康が後世に託したからだ」
本当ならば、家康自身が江戸を最期まで見届けたかっただろう。二六〇年という長い時間を生きることができたなら、今でさえ東京は江戸だったかもしれない。
「俺が集めた財宝は誰にもやりたくない。あれは俺が手にした物で、俺が持っている物で、誰かが欲しい物だから。単なる優越感からではない。未熟なプライドが、浅ましい独占欲が、財宝を死後も世界の終末までも、この手の中に収めておきたがっている」
ハンドルを握る手に力が入る。軽トラは唸りをあげて、車と車の間を糸を通すように進む。
「煙、お前にだってやりたくはない。だがな、だが、それは無理だ。いつか俺は死ぬ。俺が死ねば、あの宝はどうなる? いつか価値もわからぬ輩が世界中にばら撒くかもしれない。そう考えると恐ろしいのだ」
声色は変わり、普段の祖父からは考えられないほど震えた唇が音を振動させる。僕にはずっと何の話をしているのかわからなかった。
「煙、たった十歳のお前がこの話をいつまでも覚えているとは思わない。だが、薫が死んだ今、お前しかいないのだ」
それでも唐突に思い出したのだ。
「な、何をすればいいの……?」
「不老不死だ。俺には見つけられなかった。不老不死になれる宝がこの世にはある」
十八歳。あの日から八年後の今日。怪しげな手紙を開いて。
「探せ、煙。お前に全てを託す。俺やお前の父親が成し遂げられなかった夢を、欲望を、全部お前に託す」
俺は希望を見出した。
架空の宝を使って能力バトルもできるの起
結末まで頭の中にあるけど、起承転結の承だけが何一つ思い浮かばない




