神系主人公
貴女は神様なのだから、そのように振る舞わなくてはならない。
事あるごとに母はそう言った。物心つく頃には言われ続けた文言で、もしかすると、記憶にないだけで胎内にいた時にも言われていたのかもしれない。
「どうすればよいのですか」
神様だと言われても、何をすればいいのかわからない。キリストやブッタは教えを説いたが、それを振る舞いとは言わないだろう。
「救いなさい」母は淡々と言った。小学校に上がる前だった。
「ここに正座で座りなさい。目を瞑り、見えたものを答えなさい」
そこは御上下道家にある五十畳ほどの広間だった。その日まで入ってはならない開かずの間だった。壁際から少し離れて簾が掛かり、その中に一つ円座が置かれ、そこに座る。
程なくして老いた女がやってくる。正面の襖を開けて、身なりのいい服装で、申し訳なさそうな顔で、母に身の上話をしている。
私は簾越しに老婦人を見ていた。灯りを避けて取りつけられた簾は私の側からなら二人の姿がよく見えたが、老婦人や母からはそこに誰かがいる程度にしか感じられないだろう。私は食い入るように老婦人を見ていた。
母は老婦人を座布団へと座らせた。私の硬い藁のものとは違って綿の詰まった紫の座布団。顔は今にも泣いてしまうのではないかと言うほど悲哀に満ちている。どこか胡散臭さを感じたのはその顔に焦りが見えないから。駄々を捏ねる子どものようで、これをすれば折れるだろと顔の裏が見えたから。
「お願いします。息子が重い病気を患っているのです」
老婦人は母にも話していた身の上話を大袈裟に話す。母には縋り付くように切羽詰まった様子で話していたのに、今は疑心が覗いている。
それでも語るうちに、眼からは涙が溢れ、皺で歪んだ顔は泣いているというよりは怒っているようだった。救えるものなら救ってみろよ。そう言わんばかりだった。
激情が簾を通して聞こえるうちに母は中へと入って、私に言った。
「神化、糸田様を助けなさい」
「ど、どうすればよいのですか……?」
「目を瞑り、見えたものを答えなさい」
付け加えて母は言う。「貴女は神様でしょう」
放心する。老婦人の言葉も母の顔もわからなくなった。神様であると毎日言われてきて、初めて神として振る舞わねばならなくなったのだ。実感のないまま社会人となった子どものような不安。右も左もわからなくなってもやるべき事はわかっていた。
目を瞑る。脳裏には何も浮かばない。見えるものも何もない。真っ暗な闇。ただその闇の中に一縷の光のように、母の言葉が聞こえた。救いなさい。
「救われる」
小さな声だった。私が発したものとは思えないほど小さく、儚く、それでいて部屋中に響くほど凛とした声だった。
「救われる。子どもは救われる。明日にはわかる」
口から出まかせだ。私は糸田という老婦人のことも彼女の息子の病状も知らない。それなのに、希望を見せろと胸の内が囁くのだ。老婦人の激情に同情したからかもしれない。それともこれが神様の振る舞いなのだろうか。確たる証拠もないまま希望を持たせるのが? お互いに釈然としないまま老婦人は帰り、一連の流れが終わり母が言う。
「素晴らしい振る舞いでした」
「でもお母様。私は嘘をついたかもしれません。あの方の息子は明日にも死ぬかもしれません」
「ならばそれを幸福と思わせなさい」
それを言うのが義務だとでも言うのか、母は付け加える。「貴女は神様でしょう」
悶々と、全知全能でもない自分の嘘に罪悪感を抱えたまま夜が明ければ、老婦人は昨日の泣き顔が嘘のように笑顔を見せてやってきた。
「ああ、カミカ様。貴女の言う通りでした。今朝息子の病状が良くなりました」
まさかと叫びたくなった。そんな馬鹿なと思うと同時に母の言葉がストンと胸に落ちる。貴女は神様。ならばその通り振る舞わなくては。
「しかし、息子が言うのです。ここに来るのはもう辞めろと」
救いのような賛辞が終わり、老婦人はそう言った。母の顔が少し強張ったように見えた。目を俯き何かを思案し口を開きかけた母より先に、小さく響く声が老婦人を破顔させる。
「怒りは力。子どもが怒るのは回復の兆し」
正しくその通りだと賛同するように老婦人はありがとうございますと深々と頭を下げた。その姿は、敬虔なクリスチャンが神に祈るようで、私の胸の内を言いしれない熱で満たした。
それから広間に人が来るたびに私は神様として振る舞った。人々を救う希望を見せた。それは決して蜘蛛の糸ほどの力もない虚言だったはずが、確かに人々は救われた。感謝が積み上がるほど私は本当に自分が神様なんじゃないかと錯覚させられる。
それは高校に上がる直前まで続く。希望に裏切られた老人が母を刺すまで。
母が死に、老人は捕まった。私は涙を流し、その顔を鏡で見た時に、自分が人であることを悟った。
簾の先で幾度と見てきた激情の顔。自分の言葉で自分を救えないことを知った絶望の顔。母がいなければ、家のことも何もできないと知った子どもの顔。
それでも、それなのに、まるで呪いのように聞こえる母の言葉。
「私は、神様なのだから、そのように、振る舞わなくては……ならない」
それを唱える神様の顔。
神系主人公の起
御上下道神化はミカミカミカミカと読みます。
どんな物語展開にもできるし、未投稿妄想作品の中には彼女主題のものが多い。この神化ちゃんは人間的すぎるので没。




