7
「ユゼル。笑っていたな……」
見つけたら一緒に帰ってくるつもりだった主君の家に一人で帰ってきてしまった。
ユゼルがいないで。
「どうして……いないんだ……」
呆然と呟いてしまう。
いつもそばにユゼルがいた。
猫と犬だった時から。
弱って死に掛けていた子犬を何故か猫だったころのユゼルは助けてくれて、餌を恵んでくれた。
なぁぁぁぁん
言葉は交わせなかったが、臭いで、気配で相手の言いたいことは理解できたので困ることなかった。
何の因果か使い魔になって、言葉が交わせるようになったら二人でいろんな話をした。人間になった時に感じたこと。猫と犬だった時に伝えたかったこと。
「なんでリューちゃんと呼んでいたんだ?」
「えっとね。笑わない………?」
こちらを窺うような上目遣い。
「内容による」
「なら、言えない。絶対笑うから」
そんな風に言われて、結局聞けなかった。
「リューちゃんはさ。猫の頃の俺を何と呼んでいたの? ユゼルは主が付けてくれた名前だけど……」
「ちび」
簡潔に告げると頬を膨らませて、ポコポコ叩いてきた。
「ちびじゃない。確かにリューちゃんは大型犬だったから小さく見えたけど、俺からすればあれは標準の大きさなんです~!!」
人間の真似事。同じ大きさに、同じ種族に変身できるようになったから話が出来るようになった。それが幸せで、二人して笑っていた。
いつからだろうか。ユゼルが笑っていても心から笑わなくなったのは、心配そうに不安げに瞳を揺らしてこちらを見る時間が増えたのは。
言葉を交わさなくても想いは伝わっていたのにユゼルの気持ちが分からなくなっていったのは。
(………ユゼルの気持ちが分からなくなっていたのに)
んな自分にユゼルが限界を迎えたのだと、耐えられなくなったから帰ってこなかった。
そして、その事実に今更気付いてしまったからユゼルを連れ帰ることが出来なかったのだ。
「リューステインさん。ご主人が」
セッテアールが部屋をノックして呼びに来る。
「――分かった」
今は主君に会うのも躊躇いがあるのだが、【完璧な人間】がそんな自分都合で断るわけがないと重い腰を持ち上げた主の元に向かう。
「主君。自分に用とは?」
「ああ。服は決まったかと聞きたくてね。集会で着ていく服もお前が【完璧な人間】として評価するされるために大事だからね」
服装……。
『リューちゃんは背が高いからこの辺の服が合いそ~』
服は常にユゼルが選んでいた。
「主君。ユゼルは……」
「ユゼルは失敗作だったね。【完璧な人間】として目を掛けていたのに。黒猫と蒼い目って希少価値も人間にさせたら価値が半減するし」
主君の言葉に浮かび上がったのは怒りだった。
主君の告げる言葉は正しい。常に正しいはずなのに、なぜ怒りが沸いてくるのだ。
(期待に応えれないユゼルが悪い。ユゼルが期待を裏切ったから……)
主君を肯定する考えと、
(ユゼルを失敗作なんて言うなっ!!)
とユゼルという【個】を否定する主君に許せない感情が湧き上がってきて、そんな自分に困惑する。
これでは駄目だ。
主君の求める【完璧な人間】とは程遠い。
「…………?」
そこで初めて気づいた。
完璧な人間とは何だろうかと……。
「みっともない格好をするんじゃないぞ。最近のお前の格好は【完璧な人間】には程遠いからな」
それだけだから戻っていいと告げられて、主君の部屋を追い出される。
追い出されて、主君の命令に従おうと思って服を部屋に出すが、分からないのだ。
『柄物と柄物は相性が悪い!!』
『黒に黒を重ねたらやり過ぎ。そこに差し色を入れて……』
ユゼルの声が聞こえる。
『季節感ゼロじゃん!! 何で冬に薄着にするのさ~』
文句を言いつつも嬉しそうに世話をしてくるユゼルの声が。
「……………分からないんだ。ユゼル」
壁にもたれる様に弱音を吐く。【完璧な人間】は弱音を吐かない。そのはずだ。なのに……。
「お前がいないと自分は何をすればいいのか分からない」
いるのが当たり前だった。ユゼルがいつもそばにいて支えてくれた。ユゼルが【完璧な人間】になるために振舞う自分を支えてくれて、助けてくれたのにいないことで何をすればいいのか分からない。
「そっか。最初から分からなかった……」
自分は人間ではなく、【犬】で【使い魔】なのに人間の真似事をいくらしようと分からないのだ。それでも、まねごとをし続けていたのはユゼルという指針があったから。
ユゼルが人間らしく振舞うからそれを見習えば人間に近づける。ユゼルが不得意だという部分を自分が学べばより人間らしくなれる。
ユゼルの【おまけ】で拾ってもらったのだ。ユゼルより上に行かないとユゼルから引き離される。
それが嫌だったからユゼルよりも人間に近付かないと――。
「本末転倒と言うんだったかな……。手段にこだわって目的を失っていた……」
こんなの【人間】でも【使い魔】でも【犬】でも関係なく。愚か者としか言えない。
ただの【半端モノ】でしかなかった。




