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「ユゼル? 店には来ているけど」
何家に帰っていないのかいとユゼルの働いている店の店主に逆に確認される。
ユゼルと喧嘩をしてから一週間が過ぎた。最初は拗ねているだけだろうと思って気にしなかったが次第に帰ってこないのは問題だろうと探すことにして、まさか普通に勤め先の店に来ているとは思っていなかったので店主の言葉に目を見開いた。
「今日も勤務に来ていたし、明日も来るって言っていたよ。この時間に」
勤務表を見せてくれるのだが、その時間はちょうど自分の勤務時間と重なっている。ユゼルwお捕まえるのならその時間に凝ればいいのは理化しているが、そんな理由で仕事を抜け出すのは【完璧な人間】として正しくない気がする。
「………仕事も大事なのは分かるけど、もっと大事なことがあるんじゃないのかい?」
人のことは言えないけどねと迷っている自分に店主は告げる。
「…………仕事が抜け出せないのなら夕方に大道芸人の集まる橋に行けば? ユゼルがたまに芸をしていたよ」
「大道芸……?」
店主の言葉に驚いた。そんなこと初めて聞いた。
「あっ、ああ………。そうさせてもらう……」
声が強張る。【完璧な人間】として振舞えないほど動揺していた。
ユゼルがそんなことをしているなど知らなかった。そう言えば、たまに帰ってくる時間が遅い時があったが、てっきり店が長引いたのか遊びに行っていると思っていた。
大道芸人の集まる場所が苦手だった。
大きな音と大勢の人の臭い。そのすべてが嫌いで、【使い魔】になってその能力をシャットアウトできるようになったのが喜ばしかった。
それ以来、本来の能力で会った嗅覚と聴覚を封じ続けている。
「相変わらず疲れる場所だ」
何のために集まっているんだ。人間ならこんなところで油を売っていないで仕事をしろと言いたくなる。
仕事もせずにただよく分からないものを行っている神経が信じられない。
「ったく。ユゼルもユゼルだ」
こんなところで遊び惚けているなんて……主君が心配……。
『ユゼルが? 別にいいんじゃない?』
いや、主君はユゼルを心配していなかった。
帰ってこなくても来ても構わない。それよりも次の集会できちんと【完璧な人間】として振舞うようにと命じられただけだ。
ユゼルのことは気にも留めていない。
「くそっ!!」
思わず悪態を吐いて、慌てて口を抑える。【完璧な人間】は悪態など吐かない。
(これもすべて、ユゼルのせいだ)
あいつが姿を消すから……。
あいつらしき人影を探して、辺りを見渡してみるが、なかなか見当たらない。
(臭いを使えば簡単に探せるのではないか……)
ふとそんな考えに思い至るが、すぐにその考えを捨てる。【完璧な人間】はそんなものを使用しない。と思ったのだ。
だからこそ、人間として周りを見渡して、人込みを掻き分けるように進んでいく。
(こんな馬鹿騒ぎをしている者たちの中に本当にユゼルがいるのか? 情報が間違っているんじゃないのか)
さっさと帰りたいのでそんなことばかり考えてしまう。いるだけで疲れる。こんな無駄な時間を使う場所になんでいないといけないんだと悪態を吐いていると。
とんっ
宙を回転して飛び、欄干に着地する影。
それを見て拍手や歓声を上げる人々の喧しい音に辟易しそうになるが、さっさとその場を後にしないでじっと欄干の上を必死に見つめてしまう。
動き易い格好に身を包んでいるその人物(?)は遠目でも誰だかはっきりわかった。
「ユゼル……?」
あの軽やかな動きはユゼルの本質……猫の動きそのままであった。
何でこんな騒がしい見世物が広がっている場所で猫の本質をしっかり出してと芸人のようなことをしているのだ。そんなバカげた遊びをするために家に帰ってきていないのかと無理やり引きずってでも連れて帰ろうと見物客の波を掻き分けで前列に出る。
動きで揺れる黒髪。深い深い青――。
それは確かに自分の知っているユゼル。
「ユゼ……」
何をしているんだと怒鳴り込むつもりで声を張り上げかけたが、
「カラクレナイ!!」
ユゼルが誰かの名前を呼ぶと同時にどこからともかく綺麗な音楽が聞こえてくる。
聞いたことない音。あえて言うのなら笛……?
音の先を探すとそこには全身黒い格好に身を包んだ男性が見たことない笛を吹いている。
笛……たぶん笛だろう。何かの植物で作られたような塊を口に着けているのだから。
その音に合わせるようにユゼルは欄干の上で踊る。どこからともかく取り出した数個の輪を投げてそれを華麗にキャッチ。
一個、二個、三個……。
「あっ!!」
誰かの声が上がる。
投げた輪のキャッチが失敗して、欄干のした。川に落ち……。
「おっと、危ないっ」
手で受け損ねたと思った輪っかを器用に足で引っ掛けて川に落ちずに済む。それを見て上がる歓声。
(いまのわざとだ……)
ユゼルがミスをするとは思えない。わざと手でキャッチをしないで落ちそうな展開に持っていき、それを足に引っ掛けるというテクニックで客を魅了したのだ。
足に引っ掛けた輪っかをひょいっと蹴り飛ばすように投げて、今度は失敗しないように手でキャッチして、それを腕に通して一礼。
笛吹いている方もユゼルの動きに合わせて演奏に強弱をつけている。
規則正しいという音楽とは言えない。というか、ヴァイオリンで演奏するのに最適と言われている曲をそんな得体のしれない楽器で演奏する気が知れない。
完璧とは程遠い――。
だが、彼らの見世物に多くの人は歓声を上げて、楽器を演奏している男の側に置かれている箱に次々とお金を入れていく。
「…………」
それをじっと見ているうちに時間は過ぎて気が付いたら人々は去って行く。
「ユゼルっ⁉」
そして、ユゼルの姿がいなくなっていたのにも気づいていなかった。
「失態だ……」
それだけあの芸事に集中して見ていたという事実を認めたくなかった。
ユゼルの楽し気な笑みにみとれていたなんて……。
吹いているのは笙。
黒い格好と書いてありますが、リューステインが分からないだけで、黒子の格好だったりします。




