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【6筆目】方針


 



 ドロップによる説明が一区切りし、議論が一通り落ち着いた頃(いや、厳密には各席から焦りの声は鳴り止んでいないのだが)、会議の中心にいた老人が重々しく椅子から立ち上がった。


「──以上が、現時点で王国が把握している事実と仮説で間違いないな。今後の調査・対応については引き続き緊急で決定し後日改めて通達する。今回の会議はここまでとする」


 ざわめきが広がり、硬い椅子が床を引っ掻く音が重なる。ようやく終わったという安堵より、まとまりのない情報を浴びせられただけの空虚さが勝った。それは両隣のミカやソフィア、そしてブライアも同じだったようだ。深いため息や悩み声がそれぞれから漏れていた。


 各参加者が退出しようとしたその時、ちょうど俺たちの向かい側にいた男がこちらへ声を飛ばしてきた。


「ところで、説明がなかったが君たちは一体?」


 はっとしたようにソフィアが立ち上がる。退出しようとする足を止めた参加者たちもが俺たちを次々に見やり、緊張が走る。忙しそうに手を動かしていたドロップも顔を上げ、彼女を見つめた。


「共有が遅れ、申し訳ありませんでした。こちら、クロニクル通信社のクイル様とミカ様、そして編集長のブライア様です。彼らは、先日私が使った"魔法"が示した結果によって、ここへ呼んだ方々です」


 一瞬だけ、場が凍り付いた。空気に圧倒されたのか、ミカが小さく情けない声で「せんぱ〜い...」と俺の袖を小さく掴む。

 

 ソフィアへは様々な質問が飛び交った。内容は以前俺たちが彼女にしたものとほとんど同じだったが、その中には「部外者を城に入れたのか」などと言った非難も多かった。実際、反論のしようがない。冷たい視線が突き刺さる。異物を見るような眼差し。この状況でもブライアは前に出ることなく、きつく口を結んで皆の反応をうかがっていた。

 

「今はこの、正体不明の魔法にですら頼らざるをえない状況です。一介の司書である私が発言できる立場ではないことも、重々承知しております。…それでもどうか、今は私と彼らをお許しください。今この状況で考えられる数少ない希望のうちの、一つなんです」


 ソフィアの説明へ、疑念の声は晴れはしなかったが、ぱん!と大きな手を叩く音がして再度沈黙が訪れる。音の出所…ドロップの方を見やる。


「真偽はさておき。ソフィア殿は類を見ない知見を活かしてダンジョン調査に赴き、実際魔法の適性も確認されている特別な方です。今は彼女のおっしゃる通り、そちらの方々は暫定的に"研究協力者"とする…でいかがでしょう?」


 …ドロップの提案に納得の気配はなかったが、今は1秒でも時間が惜しいこともあり、ひとまず会議は解散となった。





「やぁやぁ!すっかり目立っちゃいましたねぇ!」


 廊下で待ち構えていたのはドロップだった。にやにやと笑みを浮かべ、挨拶のように片手をひらひらとこちらへ振っている。丸い目が重い荷物の隙間から、こちらを楽しそうに見つめてきた。


「いやぁ〜、あの視線の冷たさ!偉い立場の方々は目くじら立てるのが仕事なんですかね〜ぇ?まるで冷蔵庫に放り込まれた気分じゃなかったですか?お腹のアイスが恋しくなっちゃったでしょう?」

「ドロップさん、絶対楽しんでいるでしょ」

「バレました?」


 ソフィアの言葉に彼は舌をべ、っと出して子供のように笑った。


「せっかくですし、研究施設をご案内しましょう。退屈な会議より百倍は面白いですよ。さあさあ」


 俺たちは彼に半分強制的に導かれ、地下へと続く長い階段を戻っていった。どうやら地下の別の階段から施設へ行けるのだとか。



 研究施設はまるで別世界であった。

 天井を覆う照明が昼のように明るく光り、巨大な空間を満たしている。白衣を身につけた研究者たちが忙しそうに部屋を行き交っていた。


「こっちは【魔法研究部門】。魔法、魔力の性質、流れを研究しています。ソフィア殿はもうご存知ですよね?」

「はい。私のように魔法の適材があった者で、…その力を自分で抑えられている人はここで測定を。どんな種類で、影響がどれほどか、みたいな感じでしたね」


 ──彼女の言葉の裏には、「力を抑えられなかった者は自分の魔法に飲まれ死んでいく」ことが隠されていた。それがあの街の惨状の結果だ。なるほど、とブライアが興味深そうに頷いていた。


 隣の区画からは爆音と煙。慌てた研究者が消火道具や水を振り回している。


「そしてこちらが【魔導具開発部門】…仮ですがそう呼んでいます。魔力を命ある人間以外に適用できないか、できた場合は人のために使うことができないかを研究しています。昨日は魔力を流し込んだホウキで空を飛ぼうとして壁に激突したようですよ。あ、あの人です、ほらまだ額に絆創膏……」


 呆気に取られる俺とミカを横目に、ドロップは饒舌に続けている。


「で、で、で!ジャーン!最後にして最重要! ここがワタクシの本拠地──【禁書解読部門】です!」


 一段と、彼の声色が楽しそうに弾けた。


 ───..案内された部屋は、一言で表すと”異様”だった。厚い鉄格子に囲まれた書架。その中には見たことのない文字が背表紙を飾る謎の書物。それらが天井近くまで立ち並び、何列も群をなしていた。

 ドロップは無言で机に積まれたうちの一冊をめくった。研究者らしい、初めて見るどこか真剣そうな眼差しだった。


「当たり前ですが、禁書は危険です。読むだけで精神を壊される…と伝えられています。 …ですが、この中にこそ、ワタクシたちの知らない異常の根が眠っていると考えています」


 彼は指先で一つの断片を示した。覗き込もうとしたところ、「見ないで!」と彼が声を上げる。この小さな断片でさえも、俺たちの精神を侵してしまう可能性があるというのだ。


「ワタクシは今のところ問題ナシですが、やはり具合の悪くなった仲間がいたもので」

そんな危ないものをここに散らかすな、と睨んだものの、ドロップはこちらを見てはいなかった。


「──ダンジョン。魔力の発生とそれに伴う魔法という現象について。断片的ですが、なぜかここには、それらについての記載があります。つまり禁書の解読こそが、今この状況を打破できる唯一の方法!…だと、思っていたのですが」


 ドロップはゆっくりこちらを向いた。


「ソフィア殿の力により、あなた方が炙り出された。もしかしたら本当に、あなた方が人類を救う手立てになるかもしれない」


 ゆっくりと見回す。あわただしく走り回る研究者たちの中心で、俺たちだけが別の空間に取り残されたかのような緊張感。


「ワタクシには、禁書が記す内容を追い、我々の未来を守る責任がある。……そして、不本意かもしれませんがあなた方にも。だから仲良くしましょう、クイル殿」


 その顔は、会議で見せたどの権力者よりも真剣だった。差し出された右手を、おそるおそる握り返した。

遅れてすいません!

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