【5筆目】会議
夜の闇が街を覆うなか、ソフィアに先導され俺たちは裏路地を進んだ。さっきまでの喧騒が嘘のように静かになり、あたりに響くのは足音くらいだ。住民たちは窓越しにこちらを囁きながら見つめていた。
ソフィアと騎士がこちらを気にしつつ黙々と歩き進む中、彼女たちについて、そして今起きている内容についてを可能な限りブライアに共有する。
「なるほどね。…魔法か」
低く呟き、ブライアはやがて「ふう」と長く息を吐いた。共有話を聞いているはずのソフィアが止めなかったということは、俺たちを信用してくれているのだろうと勝手な解釈をした。
国立大図書館へ行くには橋を渡る必要がある。下には川が流れており、この図書館はその中州に建てられているからだ。到着したはいいものの、ソフィアたちは門を通り抜けた先の正面入り口へは向かわずに壁に沿って左の方へ進んでいった。「どこへ行くのか」と尋ねると、「もう少しで到着しますので」とだけ返される。水の音が耳を支配するくらいの近さにまで下へ下へと進んだ頃、とある場所にひっそりとあった扉へ誘導された。近くには警備の騎士が2人立っていたが、ソフィアたちを見るなり敬礼して一歩下がり道を開けた。扉の奥にはさらに地下へと続く石階段が見えた。
「これはどこへ続いているんですか?」
「アルバデラン城の地下です」
ソフィアの返しには、質問をしたミカだけではなく俺とブライアも思わず声を上げた。一般人が城に入れるはずがない。それほど今は非常事態なのだろう。階段を下るほど空気が重く冷たくなり、湿った石壁に灯が揺れた。
「詳しい話は後ほどになりますが」
ソフィアは歩を緩めずに言った。
「先月、"魔法"が発現してから城では調査と研究が進められていました。これからその研究会議の一つに参加していただきます」
「このことは王は把握しているのかい?」
「はい。王命で始まったものです。私は魔法の発現者として協力していました」
やがて広間に着き、いくつかの重厚な扉を抜けると、星明かりの差す廊下に出た。おそらく地上に出たのだろう。窓から星の光が差し込んでいた。
「先輩、ここってもうお城の中なんですかね?」
「…かもしれないな」
「到着しました。こちらです」
扉を開ける前から、中からの声がこちらへ漏れ出ていた。中へ入るとすでに数十人が着席しており、責任者が来るまで待つよう告げられ後ろの方の席につく。周囲は怒号やうめき声が混じり騒がしい。責任者の遅れに苛立つ者、魔法暴発で負傷したのだろう、怪我を負ったままの者もいる。
「お待たせいたしました〜」
突如、扉を蹴って入ってきた男がいた。両手に山ほどの書類となんらかの機械、白衣は汚れ、目の下には深いクマ。それでも丸い目を楽しげに動かしているような、怪しい風貌の男だった。
「遅いぞドロップ!!」
「え?でもまだ開始時間前ですよね?こんな時だからこそ落ち着いて進めましょ。ね?」
ドロップと呼ばれたその男は、おぼつかない足取りで皆から見える場所に立つ。この部屋でただ一人、状況を楽しんでいるようだった。「あの人、昔からあんな感じなんです」とソフィアが俺に耳打ちしてくる。どうやら変人で間違いないらしい。
「さて、手短に要点だけ話します。耳の穴かっぽじってよ〜く聞いてくださいね!あ、でも質問は歓迎です、ワタクシお話はだぁいすきなので…」
「さっさとしろ!!!」
目まぐるしい状況に頭を悩ませながらも隣のミカをなんとなく見る。苦笑いしてはいたものの、「メモは任せてください!」とでも言うように強く頷き返してくれた。
「──まず、今後の対策とか小難しい話はワタクシの専門ではありませんのであしからず。話を進めるうえで最低限必要なモノたちの説明から始めますネ」
ドロップは細い体を揺らしながら小気味よく全員に見えるようボードに「魔法」「魔力」「ダンジョン」──そして、それらを束ねるように一番上へ「禁書」と殴り書いた。こちらへ再度身体を向け直したドロップは大きな口を横に開いて、どこか興奮気味にこう続けた。
「まず状況の認識を合わせましょう。先月、リナイダの森に突如"門"が現れました。建造者も時期も不明。調査した騎士2人は未だ行方不明です。──そして、近くにいた調査メンバーのうち数名の体に異常…つまり"魔法"が発現しました」
「補足させていただきます」
手を挙げたソフィアに視線が集まる。
「炎、氷、植物、水、光……様々な力が発現しましたが個人差があり、発動を制御できる者とできない者がいます」
「そしてですね」とドロップが引き取る。
「魔法を使う力を【魔力】と定義します。そして重要なのは、【魔力】は伝染していると考えられることです」
「伝染だと?」
───ドロップの説明はこうだ。最初に魔力を得たソフィアたちと接した研究員や医療関係者にもその後発現が確認されたという。先程街中で一般人が暴走したのも、その関係者たちから順に伝染した魔力のせいだと推測されるという。
「進行スピードを考えると…つまり今、この国はほぼ魔力に侵されている。そう考えて良いでしょう。いまだ発現していない人は"適性が無い"と考えられます。そして発生源は間違いなくあの門──」
ドロップはボードに書かれた【禁書】の文字を強く指で叩いた。
「門の出現と同時期に、国立大図書館から一冊の禁書が消えました。こちらは、それと同じ保管庫にあったものです」
ドロップは懐から、禁の印がついた一冊の本を取り出した。どよめきが起きる中、ドロップは禁書を堂々と開いてみせる。
「精神に異常をきたすと言われてますけど、今のところワタクシは普通ですよ〜。時間差で影響はあるかもですケド」
本に目を近づける彼は、一呼吸置いてから顔を上げ、
「解読の結果、この禁書にあの"門"と全く同じ現象の記録がありました。……我々はこれを、禁書に倣って"ダンジョン"と…呼ぶことにしました」
そうキッパリと、言って笑った。
次回は 2025/9/20を予定しています。




