【4筆目】招集
◇
崩れた建物の影に身を潜め、俺たちは荒れ狂う現場をただ見つめていた。熱と冷気が入り混じった風が頬を撫で、皮膚には鳥肌がたった。泣き声や怒号が先ほどまで続いていたが、今はそれらも少し落ち着いたようだった。街路のあちこちに見慣れぬ光が瞬いている。それが"魔法"というものの名残であれば、この状況のさまざまに理由がつけられる。
「クイル!ミカ!無事だったか!」
聞き慣れた声に振り返ると、乱れた息とともにブライアがこちらへ駆け寄ってきた。ブライアにとっても今の状況は受け入れがたいものだったのだろう、常に冷静な彼女ですら動揺を隠せていなかった。異常事態なのは確かだが、それを“異常だ”と共有できる相手がいるだけで、胸の奥の孤独が少しやわらいだ。
「編集長も!お怪我はありませんか?」
「大丈夫。…家へ帰る途中、遠くにいた子どもが突然宙に浮いたの。叫びながらそのまま地面に……そのあと、あちこちから悲鳴が聞こえてきて」
彼女は顔を歪め、目元を押さえた。ブライアが見たという子供の安否を聞く気力にもならなかった。そのあとすぐにいたるところから悲鳴が聞こえ始め、俺たちも知っている状況へと繋がっていったそうだ。
ブライアはしばし黙って俺たちを見つめ、それから大きく息を吐いた。
「こういう時に何が起きているのか調べるのが私たちの仕事ね。ただ……」
「体に異常のない方は今すぐ屋内へ避難を!!!」
怒号のような声とともに、鎧を着込んだ騎士が数名、こちらに駆けてきた。彼らは混乱する市民たちを押しやりながら、必死に通りを確保しているようだった。ブライアも続きの言葉を口にする前に、やってきた騎士を見やる。目立った怪我人はすでに騎士がどこかへ搬送していったこともあり、近くの動ける人間たちは困惑した表情のまま指示の通り順に屋内へ入っていく。中には騎士に状況や搬送された者の安否を尋ねる者もいたが、騎士からの回答は得られないまま誘導されていった。
「指示があるまで決して外に出ないで!!可能な限り、他人との接触を避けてください!!」
騎士は早口で言い終わると、また別の場所へと駆けていった。
目を合わせた俺たち3人は、同じ考えに至ったらしい。ここに居続ける意味はもうない。相談の結果、それぞれ自宅ではなく通信社へ戻ることと決定した。何より、一人になるのが怖かった。それは3人とも同じだった。
◇
通信社に戻り、扉を閉める。ようやく落ち着いたその瞬間、先ほどまでの緊張が完全に溶けたのだろう、どっと疲れを感じ始めその場に全員座り込んだ。
王立大図書館から離れるにつれ街や人の異常も少なくなっていたが、また別の地区でも同じような光の陣や叫び声があがっていた。この一連の騒ぎは国中に広がってしまっているのだろうか。
「……ひどい夜になったな」
ブライアが額を押さえてそう呟いた。ミカは肩を落とし、深いため息をつく。俺もそれに倣って背を壁預ける。少しの沈黙を破ったのはまずブライアだった。
「──何があったのか整理しよう。二人はどうしてあそこに?」
「サイレンが聞こえたのが最初です。ここの窓から火事のような赤い光が見えたので急いで向かいました。…そのあとはお察しの通り、…あれらに巻き込まれたという感じです」
そういえばブライアにはソフィアの件はまだ伝えていない。「魔法ですかね」、なんて口にしたところで一蹴されるだろうと考えていたが、あの状況を目にした彼女がそれを全面的に否定することもそうそうないだろう…そう思い、ソフィアの言いつけを破ることにはなるが彼女には話をしようと決心した。
「…編集長、今日の出来事について…」
「あの、どなたかいらっしゃいませんか」
俺の言葉を遮るノックと同時に、柔らかい、それでいてよく通る声が響いた。この声は聞き覚えがある。「どなたでしょうか」とブライアが扉へ返事をする。
「王立大図書館の者です。クイル様とミカ様にお話があり伺いました。このようなときに申し訳ございません」
開かれた扉の先にはソフィアが立っていた。白い裾を揺らし、風に舞った銀髪を手で押さえている。後ろには二人の騎士が彼女を守るかのように、静かにあたりの様子を伺っていた。
「……ソフィアさん?」
彼女は一礼すると、すぐに真剣な面持ちで俺たちを見渡した。夜風が吹き込み、近くの紙がめくれ飛んだ。
「今回の異常事態について、王国は緊急会議を開くことを決定しました。皆さまにも、ぜひ同席していただきたいと要請が出ています」
「会議……俺たちが?」
「はい。…何も説明ができていない中、無茶を言っているのは承知の上でのお願いです。どうか、私たちに力を貸してくださいませんか。………人類を、救うために」
静かな言葉に、誰も反論できなかった。ミカの喉を鳴らす音だけが聞こえた。
俺たちは顔を見合わせ、立ち上がる。
「詳しい話を、聞かせてください」
続きは早ければ明日、遅くとも1週間以内に投稿予定です。




