「ドーバー要塞都市攻略」
ドーバー海峡上空:バトルオブブリテン後
1937年11月16日 午前10時26分
ランハート・フックス伍長
鉄十字帝国空軍:第一空挺歩行戦車隊
通称:ヴァルキューレ隊
乗機:二号歩行戦車 102号車
ヴァルキューレ級空中強襲艦1番艦:『ブリュンヒルデ』、コンテナ内
■ ■ ■
ランハートはきつく揺さぶられる飛行艦艇の中で、血の滲むような空挺降下訓練を思い出していた。
降下のブザーが鳴り響き、下部ハッチが解放され、自分と自身が乗る歩行戦車が空から地面に落下していくのを。
背部のパラシュートが開き、脚部の外付けブースターが噴射し、重いGがのしかかる感覚。訓練で何度も経験した。
そして地上に降り立ったと時の安堵も。だが、今度はそうじゃない。
ランハートは、地獄への片道切符を切ったような感覚を覚えていた。
顔に付けている外部視認用魔導ゴーグルの隙間から、汗が流れた。
『ランハート、大丈夫ですか?』
乗機の二号歩行戦車102号車が語り掛けてきた。正確にはそれを制御するティスラ式自律機関が。
二号歩行戦車(PanzerGigantkampfwagen II)。鉄十字帝国の最新鋭の逆脚型人型歩行戦車。
自律機関を搭載しているのはそれが人型であるからである。その機体制御に自律機関は不可欠なのだ。
オートマトンの技術を流用し、人が搭乗出来るようになった会話可能な『人型搭乗兵器』
人が操縦するので軍用オートマトン禁止条約にも抵触しない。
「問題ない、初の実戦で緊張しているだけだ」
『私も同じです』
「自律機関の君も同じなのか?」
『それに似たものは持ち合わせています。人間に合わせるなら、緊張という言葉が最適解です』
「そうか、それもそうだな。俺達の初陣だ。緊張するな」
「Achtung!搭乗員全員に告ぐ!降下五分前だ!気を引き締めろ!」
隊長のハインリヒ少尉の声が魔導無線から艦内に響き渡る。
「敵英国空軍は直掩の戦闘機隊に任せろ!大半はBoBで叩き落されたがな!我々強襲艦は突っ切る!」
「魔導ブースター点火カウントダウン開始、3、2、1、全艦点火!」
轟音と共にブースターの加速でヴァルキューレ級強襲艦6隻はその速度を急激に上昇させ
コンテナ内の3両の歩行戦車たちをさらにガタガタと揺さぶった。これからは未知の領域だ。実戦だ。
「連合魔術王国のドーバー要塞都市はその防壁と地形、多数の巨大な対艦砲で鉄壁の防護を固めている!通常の海軍戦力や上陸部隊では突破は出来ん。だがこの強襲艦と歩行戦車による空挺降下は違う!奴らは空からの強襲を想定していない!この穴を突く!そして我々が対艦砲を破壊し、上陸部隊への突破口を開く!」
ランハートの中でブリーフィングの言葉がよぎる。自分の心臓がバクバクと鼓動するのが分かる。コンテナの外で対空砲火の音が聞こえるが、魔導ブースターのスピードに追い付いていないのか、コンテナの防護が硬いのか、ヴァルキューレ級強襲艦はビクともぜずドーバー要塞都市目掛けて飛び込んでいく。
「降下1分前!降下準備!!」
「なあ、俺達が無事に降下できる可能性は?」
『私の魔導回路が導き出した回答は38%です。ですがそれはただの可能性です。我々にならば、可能です』
「そうか、じゃあやってやろう!」
≪ランハート、降下中に死ぬなよ?≫
103号車のエーリッヒが無線で語り掛けてきた。
「お前もな、エーリッヒ!地上で会おう!」
ブガー!!ブガー!!赤いランプが黄色く点滅した。遂に降下の時だ。脚の下のハッチが解放され、海面と陸地が見える。連合魔術王国の陸地が。
「全機、降下ァ!!!」「降下!」「降下ァ!!」
≪歩行戦車隊、ご武運を!鉄十字の名のもとに!≫
ガゴン!二号を固定していた器具が外れ、二号歩行戦車は空を落ちていく。ヴァルキューレ級強襲艦はスモークを炊きつつブースターを吹かし、急速旋回してドーバー要塞都市上空から離れていく。ここからは、自分達だけだ。
ドォン!ドォン!ドーバー要塞都市からの対空砲火が二号を、ランハートをかすめる。だが当たらない。いや、当たらないのを祈るしかない。
≪全車、パラシュート展開!≫≪展開!≫
パラシュートの展開と同時に身体がぐっと締め付けられる。訓練で何度も味わった感覚。だがここは敵地。敵の対空砲火が当たる一番の危険領域だ。カァン!対空砲火の一発が胴体をかすめる!他の車両がどうなっているか?そんなことを気にしている余裕はランハートには無かった。
「シャイセ!当たるなよ!」
そうこうしているうちに陸地、いやドーバー要塞都市内部の地面が近づいてくる。ここが正念場だ。
「二号!着地ブースター点火!」
『了解、点火します』
ゴオオオオ!!!脚部に付けられたブースターが点火し降下スピードを和らげる。そして
ドォン………
二号歩行戦車は要塞都市内部、軍港倉庫地区に着地した。パラシュートが自動的に事前に施された火炎魔術で消滅し、着地用ブースターが外れ、鉄の人型兵器がそこに露わになった。
英国兵たちは一瞬、唖然と『それ』を見ていた。黄色い目をした一つ目の鉄の巨人、そうとしか形容できないものに。
「な、なんだアレは……」「ウォーカー………なのか?」「まさか、軍用オートマトン………?!」
「FIRE!なんでもいい、貴様ら、撃てェ!!」英国兵の隊長が叫び英国兵がエンフィールド小銃やルイス機関銃で二号を銃撃する。だが二号にとってそれは豆鉄砲にすぎない。
『敵歩兵を確認、攻撃しますか』
「ああ、攻撃開始!」
ランハートはためらいなく引き金を引いた。二号歩行戦車の持つ武装は手持ちの20mm機関砲と胸部に付いた対人機銃。歩兵にとっては致命的な攻撃だ。
ドンドンドンドンドン!!!機関砲の発射音と共に英国兵は肉片を飛び散らせて爆ぜた。
「うッ」
バラバラになって死んだ英国兵を見てランハートは戻しそうになり、ぐっとそれを堪えた。
これは戦争だ。そう自分に言い聞かせた。
『大丈夫ですか?』
「問題無い。他の降下隊は?」
『まだ回線が開けません、敵歩兵に集中を』
「分かった!」
ランハートは更に敵兵に攻撃を集中させた。
『機関砲残弾無し、再装填します』
二号は左足に付けられた予備弾倉を器用に掴み取ると、空になった弾倉を捨て、20mm機関砲に装填しなおした。これも人型だから出来る事である。
『機関砲の弾数には限りがあります。なるべく節約しましょう』
「そうだな、分かった」
「くたばれ!鉄十字の化け物めが!!」英国兵の一人がエンフィールド小銃でこちらを撃ってくる。ランハートはそれを、蹴り飛ばした。
「Ahhhhhh!?」英国兵は突き飛ばされ、真っ赤な壁のシミになった。
「畜生!畜生!!」「巨人の化け物め!!」他の英国兵もヤケクソじみて攻撃してくる。
ランハートはそれを踏みつぶし、殴り飛ばし、また蹴り飛ばした。胸部の機銃も使用した。
戦意を喪失した英国兵は見逃した。
「自分でやってても、なんだか嫌な気持ちだ」
『ですが、攻撃してくる以上反撃しなければいけません、これは戦争です』
「ああ、そうだな……」
そこに突如、通信が来たことを表すアイコンが魔導ゴーグルに示された。
「通信?隊長か?エーリッヒか?別部隊か?」
『通信回線を開きます』
≪ランハート?無事か、エーリッヒこと103だ。こちらも無事に降下出来た、そちらに合流する、どこに居る≫
≪『そこからすぐ南です』≫
≪ありがとさん、二号≫
エーリッヒの103号車はすぐに合流した。脚部を少し破損している程度で無事だった。
「ハインリヒ隊長は?」
「分からない、通信に応答が無い。無事だといいが。他の降下隊は既に戦闘を開始してる。俺達は二人でやるぞ」
「分かった、作戦通り、弾薬庫を探すぞ」
『敵対戦車砲を検知!注意を!』
二号の自律機関が警告!
ドォン!英国軍のQF 2ポンド砲が火を噴く!
だが二号二機はこれを咄嗟の機動力で回避した。人型歩行戦車だからこそ出来る機動である。すぐさま反撃砲火し、砲陣地は沈黙した。生き残った英国兵はすぐさま負傷者を引きずって退却した。
「英国兵たちは混乱してる様だ、向こうのパンツァーもまだ出てきて居ない」
「そもそもこの要塞内に配備してないんじゃないか?ここに着陸されることを想定していない、予想は当たってたようだな」
「とりあえずは、目の前の対艦砲だ。弾薬庫を吹っ飛ばすぞ」
「あのシャッター、壊せるか?」
『分析中、可能です。そもそも壊さずとも、私の身体で開ける事が可能です』
「そりゃあ都合がいい、やるぞ」
シャッターの中は弾薬の山であった。対艦砲の直下。大当たりである。
「こりゃあ、誘爆したら凄いことに」
ドォォォォン!!!!!
付近の別の対艦砲が爆散した。どうやら別の部隊が破壊に成功したようだ。
「………十分離れてから撃つぞ?」「ああ、巻き込まれたら死ぬな」
『その判断は正しいです』『はい。少なくとも80mは離れて下さい。死にます』
「よし、フォイア!」ドンドンドンドンドン!!!!
20mm機関砲が火を噴き、砲弾の弾薬が発火。みるみるうちに炎に包まれ
ドゴォォォォォォォン!!!!!!
対艦砲は防壁ごと見事に大爆発を起こした。誘爆を引き起こし横の対艦砲、その横の対艦砲も大爆発。
「すごい花火だ」「ああ、違いない」
他の隊が潰した対艦砲も次々に爆発している。
作戦は大成功と言っていいだろう。これで上陸部隊も安心してここから英国に上陸出来る。
ただ一つ気になる点があった。
「ハインリヒ隊長の安否が心配だ」「ああ、そうだよな……降下時に戦死した可能性も」
『警告、人影が』
そこに一つの人影が見えた。二号が警告を出したがそれはすぐに友軍であることが分かった
「おい、お前ら、勝手に俺を殺すな!」「ハインリヒ隊長!ご無事で!」
「海に落ちて危うく水没死するところだった、魔導ゴーグルと自律機関のコアは生きてるが俺の二号は海の底だ」
ずぶぬれのハインリヒは皮肉的な笑いを見せた。
「生きてるだけで御の字ですよ」
「それもそうか、しかし作戦は見事大成功、お前達も勲章…シャイセ!お前ら後ろだ!」
「何?!」
103号車が被弾!20mm機関砲を持っている右腕が吹っ飛び、次に左足が切断された。
「あれは、英国軍のパンツァーヴァンデラー(砲脚型)!配備されてたか!混乱で出撃が遅れたのか!」
「ちっくしょう!やられた!」『警告!警告!行動不能!脱出を!』
「エーリッヒ、脱出して隊長と共に退避しろ!」
「何する気だ、他の降下部隊の」「そんな余裕はない!」
その予想は当たった。英国陸軍の砲脚戦車、ウィンストンウォーカーは容赦なく機関銃を撃って来た。102号車は咄嗟に二人を庇った。
「行け!隠れろ!」「シャイセ!分かった!死ぬなよ!」
ウィンストンウォーカーは砲脚型、連合魔術王国の6人乗りの旧式だがあのタイプは記録に無いものだ。特にその左右に装備された長砲身の砲は。
「二号、あれが何か分かるか?」
『恐らくは75mmの対戦車砲です。新兵器と思われます』
「それが二門か、ヤバイな」
『撤退を推奨します、他部隊との合流も』
「だがそれじゃあ隊長とエーリッヒは死ぬ。敵さんは要塞都市を花火にされてカンカンだからな」
『つまり私たちでやると』
「そうするしかない!」
「敵ウォーカー一両大破、搭乗員が逃げていきます!」
「機関銃を撃ち続けろ!畜生、あんなものを空中投下してくるとは……!!しかも遂に条約違反の軍用オートマトンを使い出したと思ったが、中に人が乗ってるんじゃ糾弾も出来ん!クソ鉄十字め!」
ウィンストンウォーカーの車長は怒り心頭である。
「ドーバー要塞都市は陥落する、だが只では終わらせん!あの人型ウォーカー共に一矢報いるぞ、ブリテン魂にかけて!」
『敵砲門がこちらに、来ます!』
ドォン!ドォン!
ランハートは咄嗟に動き砲弾を避けた。弾道予測をずらすようにジグザグに動いているのだ。すぐさま20mm機関砲を撃ち返すが有効打にならない!敵の正面装甲が厚い!
ランハートは遮蔽物に隠れ弾倉を再装填しながら案を練る。
「75mmに当たったら一撃で終わる、敵の装甲は思った以上に強固、正面から攻めるのは愚の骨頂………ならば!」
ランハートは決心した。
『その案は、可能です』
「じゃあ、やろう」
『賛成です』
「ブルシット!敵ウォーカーめ、どこに行きやがった!」ウィンストンウォーカーの隊長は慎重に周囲を探す。要塞都市内部の軍港倉庫は遮蔽物も多い。ウィンストンの砲手2名は慎重に砲撃指示を待つ。装填手、操縦手も同様だ。
ガァン!音がした。ウィンストンはすぐさまその音の方向に砲身を向ける。だがそれは、敵のウォーカーではない。
ただの金属片だ。
「何?!」
「ここだ!新型!」
ゴォン!!ランハートはウィンストンに強力な蹴りを横から叩き込んだ。金属片は腕部で投げた囮。その隙をついて接近したのだ!
敵の砲脚型は従来型の視認装置、そして何より近接戦闘が出来ない!そこをついた!ウィンストンは大きくよろめく!
「糞がァ!!」だがくさっても砲脚型。その衝撃でも倒れず砲身を向けようとする!
しかし勝負はもう付いていた。ウィンストンの覗き穴に20mm機関砲の銃口が向けられる。
ランハートは、そこに向かって、引き金を引いた。
ドンドンドンドンドン!!!!!!
少しの間のあと、ウィンストンウォーカーはガシャンと力なく倒れ、そして弾薬が誘爆してハッチと砲身から火柱が上がり、爆発炎上した。爆発に巻き込まれる前にランハートはそこを離れた。
「はぁ………はぁ………やったか」
『敵砲脚型の撃破を確認。ランハート。やりました』
「はは、はあ、はあ……」
≪………こえるか?こちら201隊!101隊?聞こえるか?≫
『別部隊からの通信です』
「こちら101隊所属102号車、ランハート伍長、はっきり聞こえます」
≪作戦は大成功だ、そちらの戦果と被害を報告せよ≫
「敵対艦砲の破壊に成功、ただし101号車は水没、103号車は大破、残ってるのは私だけです………ただし、搭乗員は二人共無事です!」
≪……ヒヤッとさせる報告はやめろ。だが、よくやった。すぐにそちらに合流する≫
「了解しました」
「ランハート!無事で何よりだ、よく倒した!」
隠れていたハインリヒ隊長とエーリッヒが出てきた。周囲には投降した英国兵も一緒だ。
「お前すげえな!」「やれることをしたまでさ、なあ?二号」
『はい、やれることをしたまでです』
■ ■ ■
ドーバー要塞都市はこうして陥落した。
飛行強襲艦と人型歩行戦車による空挺降下による強襲空挺戦術。
後に電撃戦と名付けられたそれは鉄十字帝国の人型歩行戦車の基本戦術として英国軍を苦しめる事になる。
だが英国侵攻作戦は、まだ始まったばかりであった。