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宰相閣下のお気に入りらしいですが、王城の苦情受付係を任されました

イケメン宰相のお気に入りらしいですが、王城の苦情受付嬢させられています。3

作者: たんこぶ

 リリアーナ・レイシー、18才。


 私がイケメン宰相に命じられて王城の苦情受付係を初めてから2ヶ月が過ぎた。

 えっ、もう2ヶ月が過ぎたのかって。

 いや、ほんとに自分でも不思議だが、実際に過ぎてしまっていたのだから驚きだ。

 人間やれば少しは慣れるようで、なんとか辞めたり解雇されたりせずに済んでいる。

 その間、私にもお茶会以外にもいろいろなことがあった。

 ええ、私の死んだような目が、さらに死んでしまいそうになるほどさまざまな苦情を聞かされていた。

 苦情のいくつかをダイジェストで紹介しよう。


 事例1,王城の侍女服がダサいのでもっと可愛くして欲しい。


 えっ、私としては十分に可愛いと思っていたんだけど、そんな苦情を入れられるくらい可愛くないってことか。

 きっと、私って瞳の輝きほどではないけど、お洒落の感覚も結構瀕死の重傷なのかもしれない。

 そもそも、ダサいや可愛いってものの定義が私にはイマイチよくわからない。

 私にとって服なんて着れれば、それで十分だ。

 これは私や城務めの男性陣だけでは解決は無理だと、早々に判断することになった。

 そこで可愛いが服着て公爵令嬢をしているセレスティア様にお話して自薦他薦自由の服のデザインコンテストを開催してもらった。

 優秀なデザインは、セレスティア様が実際に着用して審査してくれるという噂話から、かなり際どいデザインやシースルー素材を使ったデザインを持ってきた馬鹿や名誉や賞金に釣られた者など有名無名関係なく多くの者たちが参加したのだが、コンテストの優勝者は、まさかの貧民街の女の子だった。

 その少女、ノアが描いたデザインが秀逸過ぎて、セレスティア様付きの服飾師としての道が開かれた挙句、なんか新しい流行を王都に巻き起こしたりもしているらしい。

 自分みたいな日陰者に希望を与えてくれたセレスティア様と私の結婚式の衣装は、絶対に自分がデザインするんだと息巻いてくれているらしいが、お洒落に興味の薄く、今のところ結婚の予定どころか相手もいない私にはあまり関係のない話だ。


 事例2,夜中の施錠してある冷蔵室からの食料盗難事件。


 最初、冷蔵室の扉の前で消える不定形の人型の目撃情報から幽霊の仕業かと思われていたが、幽霊は物を食べないし食料は扉や壁を透過できない。

 だけど、魔物が犯人というのは正しく、犯人はスライムだというのは、わりと早くに見当がついた。

 人間には到底不可能な鍵のかかったドアの通り抜けも粘液生物であるスライムなら小さな鍵穴から出入り可能で、鍵穴を通り抜ける時の様子が消えるように見える。

 ただ、スライムをおびき寄せるための餌を冷蔵室に用意してマルスに見張りを依頼したところ、何を思ったのかマルスは冷蔵室の中で一晩過ごしたらしく、朝に発見されたマルスは笑ったまま凍死寸前だった。

 後で話を聞いたら、あまりの寒さで寝落ちしそうになるマルスをスライムが寝るんじゃないとばかりに溶解液で起こしてくれたらしい。

 いやいやいや、スライムを命の恩人っぽく言ってるけど絶対に食べられそうになってただけだって、それにわざわざ言わなかったけど扉の外で見張ってればよかっただけだろ。

 それで見つけたスライムも駆除すればいいのに、一緒に死線を潜り抜けた戦友を殺すことは出来ないとか言って飼い始めてしまったから脳筋の考えることは本当に謎だ。


 事例3,お前だけノルドリード宰相に毎日会えるなんて、ズルい!


 よし、いくらでも代わってやるから、今すぐイケメン宰相を説得してこい!

 こっちは目をつぶってても異動届を書けるくらいに提出しまくっている。

 などなど、いろんな苦情が来てはイケメン宰相に報告し解決するために奔走していた。

 さらにイケメン宰相は最近忙しいらしく食事を抜くことも多いようで、しょうがないから時々食事の差し入れをしてやったりしている。

 勿体ない精神の塊なのか、私の差し入れだけは絶対に完食しているらしい。


 そして今日、苦情受付にいる私の眼前に王冠をつけた1人の男性がいた。

 年の頃は30代半ばの精悍な顔つきの聡明で穏やかそうな瞳をしたその人は、このパルモア王国の国王だ。

 なんでここに王がいるの? 私なんかしたっけ?

 改めて周囲を見回してみる。

 ここは確かに見知った苦情受付の一室であり、王城内とはいえ、謁見の間でもなければ王の執務室でもない。

 えっ、ほんとになんでいるんだ?

 4つある椅子の1つを王が使い、残り3つのうち2つをイケメン宰相とセレスティア様が使用している。

 残り1つの椅子に私なんかが座って同席したら打ち首になりそうな面子だ。

 なんなんだ、この状況は!

 そんな心の叫びを上げながら、説明を求むと睨むような視線をイケメン宰相に叩きつける。

 私の視線を受け、イケメン宰相は、コホンと軽く咳をすると王に向かって口を開いた。



「王よ、この者がリリアーナ・レイシーです」


「ふむ、そなたがリリアーナ・レイシーか。ここは王城内とはいえ、そなたの仕事場であり、ある程度の自由と権限を与えている。余に害意さえなければどのような発言も罪には問わんので楽に話すといい」


「お言葉に感謝します」


「リリアーナ、この方はパルモア王だ」


「ふむ、余がオルガハルト・パルモアだ」


「お会いできて光栄です」



 さすがにいくら他人に興味のない私でも自分の国の王の顔くらいは知ってる。

 王は残念なことに気品や風格はあるんだが、外見は皮膚が肌荒れしていてジャガイモみたいにブツブツしており、体型も座り仕事が多いことから大分崩れてしまっている。

 そこから付いた現在のパルモア王の影の2つ名は『王冠ジャガイモ』……なんか、どこかの地方のブランド芋とかでありそうな名前だな。

 性格は穏やかで能力も低くはないのだが、ともかく歴代の王の中で1番外見が残念という評判だ。

 ……って、そんなことはどうでもいい。

 私が、知りたいのは王がこんな所に来た理由だっての。

 王の眼前でなければ事前に連絡を入れろとイケメン宰相に文句の一つも言ってやりたいところだ。

 と、そんなことより王は気になることを言っていた。

 害意さえなければ構わん。

 えっ、害意? 害意って何? タメ口は害意になるのか? ふぅ、落ち着くんだ私! とりあえず、今のパルモア王は外見はともかく、性格は穏やかな賢王と言われているから影の2つ名とかを口にしたりとかの失言がないようにすれば大丈夫なはず。

 まだ返事をしただけでろくに会話もしていないというのに緊張で汗が出てきそうだ。

 今日ほど自分が無表情で良かったと思ったことはなかった。



「余の困り事をノルドリードに相談していたのだが、そこで良い相談相手がいるので推薦したいとノルドリードに言われたのだ」



 おいおい、まさかその推薦した相談相手って。

 私が視線をイケメン宰相に移す。



「私が推薦したのは、もちろん、お前だ。リリアーナ」



 イケメン宰相がにっこり笑って私に宣言してくる。



「というわけなのだ。リリアーナよ、余の相談に乗ってくれないか?」



 いやいやいや、王の相談事って、一介の苦情受付が聞いていいものじゃないだろ。

 普通、そういうのはどんな些細なことであっても国家機密とかになるんじゃないのか!

 断れるなら、断りたいと思い、チラリとイケメン宰相を見る。

 イケメン宰相はいつものいい笑顔でうんうんと頷いている。

 おっ、わかってくれたのか?



「リリアーナは王城の苦情受付嬢だったな」


「……そうですね」


「であれば、王城の主である王の苦情を聞くというのも職務の1つだと思うのだが、どうだろう?」


「…………そうですね」



 うわぁ~、結局、私に拒否権なんてないんじゃないか。

 内容もまだ知らんけど、王の相談事なんて、ド庶民の私には荷が重すぎるって!



「リリアーナよ。何か言いたいことがあるようだな。構わんから話してみるがいい」


「それでは恐れ多くも述べさせていただきます。私などに相談したいと言っていただけるのは光栄ですが、何の実績もない私では荷が勝ちすぎるのではないでしょうか?」



 私の言葉を聞いて王が不思議そうな顔をする。

 王が顎に手をやり、少し考える仕草をしながら口を開く。



「実績がない? そなたに限って、そのようなことはないだろう。ノルドリードはもとより、外務大臣や公爵家、将軍などからもそなたの評判を聞いておるぞ」



 ちょっと待ったーーーー!

 イケメン宰相はともかく、外務大臣や公爵家、将軍って、何その錚々たる面子は! どういうこと?



「気難しい国使の歓待を無事に成功に導き、公爵家の後継ぎ問題を解消、将軍の縁者の願いを叶えたりするなど、どれも輝かしい実績ではないか」



 えっ、何その輝か過ぎる功績は? いつ私がそんなことやったの? いやいやいや、何かの間違いだって。



「申し訳ありませんが、どれも覚えがありません」


「謙遜するでない。その他にも感謝の言葉が至る所から届いているぞ」


「恐縮でございます」



 本当に覚えがないが、これ以上否定することで王の不興を買うのも嫌なので止めておこう。

 さて、逃げることも許されないなら、そろそろ覚悟を決めようじゃないか。



「それで、その相談事とは、どのような内容でしょうか?」


「ふむ、我が妃のことだ」


「妃ですか?」



 あれ? 今の王はまだ妃がいなかったんじゃなかったっけ。

 私の疑問を解決するように王が続ける。



「正確には妃候補となる」


「なるほど、それで妃候補にどのような問題が?」


「引きこもっているのだ」


「どこに引きこもっているのでしょうか?」


「公爵家の別邸だ」


「?」



 私の脳内がはてなで埋め尽くされる。

 公爵家の別邸って、この間私たちがお茶会をした場所だったはず。

 あそこに王妃候補がいたってことか。

 王の言葉を補足してくれたのは、今まで事態を見守ってくれていたセレスティア様だ。



「パルモア王の妃候補は私の妹ですの」


「セレスティア様の妹ですか。……妹? 妹っ!? 姉とかではなく?」



 あれ? セレスティア様の年齢って、私と同じくらいだったはず。

 そのセレスティア様の妹って、いくつだ?



「妹は13歳ですの」



 ロリコン!

 と思わず口にしなかった自分を褒めてやりたい。

 えっ、30代が13歳を嫁にするの?

 確かに王侯貴族が年の離れた政略結婚とかあるのはわかるけど、あんなに澄ました顔をしている王冠ジャガ……じゃなかった、パルモア王が幼気な少女に手を出すって、犯罪臭が半端ない。



「余の妃となるのが嫌ならそれでも構わん。ミリシアはまだ若い。他の未来を選びたくなったのであれば、縛ることはしたくない」



 そう伝える王の瞳には慈愛の感情が浮かび、ミリシア様への想いが溢れている。

 ロリコンなんて思って申し訳ありませんと心の中で謝っておく。



「なぜ引きこもっているか理由を突き止めて、出来ることならば1番いい道を探してやってほしい」


「そういうわけだ。リリアーナ、よろしく頼む」



 王の言葉を受けて、イケメン宰相が頭を下げる。

 まったく、イケメン宰相め、普段は私を弄ったりして巫山戯た態度が多いくせにこういう時は、ちゃんと頭を下げたりするから対応に困るんだよな。

 とりあえず、やるだけやってみるか。



「畏まりました」



 そう言って私は臣下の礼を返した。


 ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 翌日、私はセレスティア様と公爵家の別邸に来ていた。

 案内で2階にある部屋の前まで来ると中に向かってセレスティア様が声を掛ける。



「ミリシア、私よ。中に入ってってもいい?」


「ダメ。セレスティア姉様は入ってこないで!」



 ふむ、セレスティア様の入室は拒否されるのか。

 これじゃ、私の入室も拒否されるかもしれないが王命でここまで来ている以上、何もしないわけにもいかないし、とりあえず声だけでもかけてみるか。



「あの、王城で苦情受付嬢をさせていただいているリリアーナ・レイシーと申します。ミリシア様、私が部屋へ入っても宜しいでしょうか?」


「…………」



 うん、沈黙は当然の反応だろう。

 さあ、あとは断られて終了だ。



「……どうぞ」


「そうですか、わかりました、帰りますって……えっ、ミリシア様、私が入ってもいいんですか?」


「ええ、リリアーナでしたね。あなただけであれば入って構いません」



 どうしようかなとセレスティア様を見れば、両拳を握って頑張ってとエールを送ってくれている。

 仕草は可愛いが、頑張らないといけないのは私なわけで気が重くなるだけだ。

 けど、貴族相手に許可を求めて了承を得られたからにはやるしかない。

 とりあえず、許しが出たので入室する。

 やや広めの部屋の中には、長く艷やかな銀髪の儚げで実年齢より幼気な少女が似合いもしない派手な化粧をして佇んでいた。

 うわぁ~、私より化粧が下手って、相当不味いだろ。

 部屋の中を気づかれないように観察してみる。

 鏡台の上には今のミリシア様には似合いそうもない原色系の化粧品の数々が並んでいた。



「失礼します。ミリシア様、はじめまして、リリアーナ・レイシーです」


「リリアーナ、あなたはこのようなお化粧を失敗して道化のようになってしまった私の顔を見ても笑わないのですね」


「もちろんです。失敗など誰にでもあるものです」



 澄ました顔でそう返事はしてみたが普通の人なら笑ってしまうものだったのかもしれない。

 今は自分の無表情に感謝だ。



「リリアーナ、少しだけ待っていてください」



 そう言いながら化粧を落とすミリシア様。

 出てきた素顔は化粧をしていたときよりも美しいものだった。

 ふむ、素材自体はセレスティア様とは違う方向性の美少女だな。

 それがミリシア様を見た私の感想だ。

 姉のセレスティア様を燦然と輝く太陽とするなら、妹のミリシア様は13歳という年齢にも関わらず月のような厳かな美しさがほぼ完成していた。

 だけど、美しさの完成度はともかく身体の方は凹凸もほとんどなく、より幼さが強調されている。

 これはダメだ、王の横に並んだら王のロリコン感が増してしまう。



「リリアーナ、あなたはどのような理由でここに来たのですか?」


「はい、私はパルモア王からの依頼できました」


「まあ、王からの依頼でしたか。王は健やかにお過ごしですか?」


「ええ、ミリシア様のことを心配されていることを除けば、お変わりはないように見受けられました。ミリシア様、率直にお尋ねするのですが、いつまで引きこもっているのですか?」


「時が経つまでです」


「時が経つ?」



 ようするに今引きこもっている理由は時間稼ぎをして何かを待っているということか。

 まさか、王冠ジャガ……王から自分を救い出してくれる王子様を待っているとか?

 だけど、それなら時が経つではなく、時が来るって言うんじゃないだろうか。

 もしかして王妃になるのが嫌すぎて王が諦めるのを待っているとか? 

 それならありえなくはない話だ。



「あの確認なんですが、ミリシア様が王妃候補になることを断ることは出来ないんですか?」


「私が王妃候補を断る? 何故そのようなことをしないといけないのですか?」



 私の言葉に対してミリシア様は心底不思議そうに首を傾げる。



「あれ? ミリシア様は王妃になるのが嫌なんじゃなかったんですか」


「いえ、嫌だなんてとんでもない。幼き日の王に謁見する機会があり、その穏やかで優しい眼差しに淡い恋心を抱き、両親に無理を言って王妃候補になると決めたのは私自身です。そこで王に王妃として選ばれる栄誉に預かり光栄だと思っています」


「では、どうしてミリシア様は引きこもっているのですか?」


「逆にあなたに確認したいのですが、今の私が王の隣に立ったら、王がロリコンに見えるんじゃないですか?」


「!?」



 ミリシア様からの不意打ちの質問に対して表情には出ていないだろうが、思わず言葉には詰まってしまった。

 少し残念そうに微笑むミリシア様。



「それが、答えです」


「だから、時が経って自分自身の年齢が王に見合うのを待っていると」


「そういうことです」



 うわぁ~、すごい遠大な計画だな。

 だけど、私が思ったことは唯一つだ。



「ミリシア様、無礼を承知で気持ちを述べさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「構いません」


「それでは失礼します」



 真剣な表情でこちらを見つめているミリシア様に私が贈る言葉はもう決まっている。



「ミリシア様、馬鹿らしいです」



 うん、我ながらバッサリと叩き切ったものだと呆れてしまう。

 言質を取っているとはいえ、貴族相手では処罰を受けてもおかしくない発言だ。

 そんな私にミリシア様が確認するように質問を投げかけてくる。



「あなたも愛に壁などはないと仰るのですか?」


「いいえ、愛を阻んで砕いてくる壁などいくらでもあると思っています。むしろ、貴族であるミリシア様より庶民である私のほうが世間で言われているものより多くの壁を感じる機会があると思いますよ」



 まあ、普通に恋愛感情を持っていればってのが大前提の話だけど、ここではわざわざ言う必要はないだろう。

 身分差、経済格差、外見差、年齢差、犯罪歴、嗜好、性別、その他にもさまざまな見えない壁はたしかに存在していると思っている。

 愛があればどんな壁でも超えられるなんて幻想だ。



「では、今の状態の私が王の隣に並び立つことは王を辱めてしまうかもしれないという、私の気持ちもわかってもらえるんですか?」


「はい、ミリシア様の王を想う気持ちはわかりました」


「それならーーーー」


「ですが、だったら、王のミリシア様を想う気持ちはどうなるのでしょう」


「ーーーー王の私を想う気持ち?」


「確認なのですが、ミリシア様は年上好きやおじ専などと言われて、怒りますか?」


「もしそれが王を愛したことに対する評価であるならば、そのようなことはありません」



 キッパリと断言するミリシア様。

 年齢こそ幼いが、ミリシア様はしっかりと王のことを想っているらしい。



「だとしたら、王にも同じことが言えるのではないでしょうか。たとえ、ロリコンで幼女趣味と言われようとも、今のミリシア様を妃候補にしようと決められたわけです。たしかに世の中に壁は存在します。けれど、今のお話を伺う限り、王とミリシア様の間に壁は存在すらしていません。そんな存在しない壁のために、ミリシア様は王のお覚悟とお気持ちを踏みにじるおつもりですか? 2人で過ごす時間は有限です。せっかく想い合う2人がいるのです。笑いたい奴や馬鹿にしたい奴らがいるかもしれないというだけで想い合う2人が傍にいられないなど、私としては馬鹿らしいとしか思えません」


「あなたは爵位も持たない市井の民の1人ですよね」


「はい、庶民ですね」


「あなたから見て私と王はお似合いかしら?」


「いえ、全く似合ってはおりません」



 どう見ても月とジャガイモだ。

 どちらも丸いのが共通点だけど輝きが違う。



「リリアーナ、そこは嘘でもお似合いですとか言うものなんじゃないですか? 私はこれでも公爵令嬢で王の妃候補なんですよ」



 ミリシア様が苦笑しながら責めてくるが、本当のことだからしょうがない。



「想い合う気持ちがあれば、似合う似合わないなど些細な問題です。その後も続くかもしれない有象無象の戯言は、それこそ時とミリシア様の努力が解決してくれます」


「私の努力?」


「先ほどのような化粧の方法ではミリシア様の魅力を十分に発揮出来ていません。ミリシア様とお付の方にはミリシア様に合った化粧というものの修練をしていただきます。そこは姉上であるセレスティア様のほうが詳しいと思いますので、お頼りください。しかし、それだけではあまりかかる時に変わりがありませんし、周囲から受ける評価も同じです。そこで王にもミリシア様の為に努力をしていただきましょう。幸い、私の実家は商売をしておりまして、そういう美容系の品の取り扱いもありますから、王にもいろいろとお教えしますよ」


「王に努力をしていただくなんて不敬にあたらないでしょうか?」


「場合によってはなるかもしれません。ですが、ご自身の気持ちに寄り添えるのです。王のミリシア様を想う御心があれば容易いことだと想いますよ。それに王がどのような返答をする方なのか、ミリシア様の方がおわかりだと思います」


「そうですね。ふふ、長年王を想ってきた私よりあなたのほうが王のことをわかっているなんて少し悔しいですね。私の代わりに妃候補になれるんじゃありませんか?」



 えっ、私が王冠ジャガイモの嫁。

 うーん,外見的には似合わんことはないけど、そんなことになれば王家の人気が暴落して国が滅んでしまいそうだ。

 やっぱり、王の妃は国民からも愛され祝福される人物が相応しいだろう。

 たとえば、自分の軽口で年齢相応に笑っている目の前の少女のような。

 私は澄ました顔で目礼を返す。



「ご冗談を。私などではミリシア様と違い、足りないものが多すぎます」


「そうですか? リリアーナなら足りないものも補えるくらいのものを持っていそうですけどね」



 補えそうなもの? 家柄、容姿、経済力、私が人に自慢出来るものなんて本当に何もないんだけどな。

 まあ、いいか。

 さて、王にはイケメン宰相や将軍にも協力してもらって栄養指導と生活習慣の改善で体型をマシにしてもらいつつ、肌質改善のポーションも浴びるように使ってもらうとするか。

 予算的に大丈夫なら、肌質改善に1番効果の高いポーション風呂とかも用意してもらったらいいだろう。

 このくらいの納入品の増加程度なら実家が有名になりすぎることもないだろうし許容範囲内だ。

 私の実家の宣伝もしてやったことだし、公爵家との縁も繋いでやったんだから、特別報酬として小遣いでもくれたら、それで私の収支はプラスとしておこう。



「リリアーナ、ありがとうございます。あなたとお話することができて良かったです」


「私はただ王の依頼できただけです。お礼なら近い内に王に直接お話ください。それが1番お2人のためになると思います」


「そうね、ありがとう」



 ミリシア様が、セレスティア様を思わせるような満面の笑みを浮かべている。

 喜んでくれたなら、何より。

 やっぱり美少女には、こういう表情をしていてもらわないとな。

 さて、私に出来るのは此処までで、あとはミリシア様自身が王にどのような言葉を届けるかだ。

 そこはただの苦情受付嬢にはわからないことだし、知る必要もない。

 王とミリシア様、2人だけの秘密でいいだろう。


 一月後、王とミリシア様の正式なご婚約のパレードが城下町で行われた。

 多少、体型の引き締まって肌荒れも改善した王の横には、少しだけ年齢より背伸びをした化粧のミリシア様の姿があった。

 ミリシア様は、ほんの少し身長も伸びたような気もするが、以前より大人びて見えるのは内面の変化も影響しているのかもしれない。

 突然の吉報に合わせてイケメン宰相も慌ただしく寝食を惜しむように行事の調整をしていたが、私の報告には満足そうに笑っていた。

 ただ、1つ納得いかなかったのはどんだけ忙しくても私からの毎日の報告書は手渡しでというのが変わらなかったことだ。

 どんだけ仕事が好きなんだと言ってやりたい。

 さすがのイケメン宰相でも仕事のし過ぎで死ぬんじゃないか? しょうがない、また何か今度消化の良いものでも差し入れてやるか。

 イケメン宰相とはいえ、上司に死なれたら目覚めが悪いしな。



 ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 元々、穏やかな賢王として名を馳せていたパルモア王の誠実さと、王の影の2つ名をその美貌と知己で永久に封印したと噂されるミリシア様の人気のおかげで王家の評価は急上昇中だ。


 私は今日はミリシア様に呼ばれて、公爵家の別邸の中庭に来ていた。

 美味しいお茶とお菓子をいただき、久しぶりにゆっくりとした雰囲気を味わっていた。



「ところで、ミリシア様はどうしてあの時に私を部屋にいれてくれたんですか?」


「ああ、そのことですか。リリアーナは前に別邸の中庭でお茶会をしていましたよね。それを2階から見ていまして、方向は違えど同じ気持ちを感じているリリアーナなら、私の気持ちもわかってもらえるんじゃないかと思ったのです」



 ???

 えっ、私が誰かに対して感じている気持ち?

 一体、何のことだろう。



「リリアーナ、私に後押しをしたんですから、今度はご自身のことも頑張ってくださいね」



 そう言って慈愛に満ちた表情で微笑むミリシア様は、すでに王妃の気品を供えつつあった。



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