最後の足掻き
魔法陣が淡く光を放ち始める。
――だめだ。
きっと、もう助かる道はない。
魔法陣を囲む兵士たちが、無言で弓を構える。
ローブ姿の男たちが、腕を俺に向けて突き出す。
「魔法陣から出ようとすれば、そちは死ぬぞ」
王様が、まるで子どもを諭すような笑顔で警告してきた。
他の勇者たちは、誰一人として助けようとする気配を見せない。
誰もが、兵士たちを恐れているのだろう。
――だが、それ以上に。
空気のようなモブキャラのために、危険を冒す奴なんていない。
いてたまるか。
モブが一人消えたところで、何の影響もない。
これは“選ばれし勇者たち”の物語。
俺は――不要な存在だ。
「待ってください!」
ありえないと切り捨てていた言葉が、耳に届いた。
思わず顔を上げる。
毅然とした足取りで、王様の前に進み出る中村海風。
「こんなの間違ってます! この人は人間なんですよ!」
「わーっ!? な、なに言ってんの海風!? やばいって!」
小芝という学生が慌てて止めに入る。
「このおじさんだって人間です! それを簡単に“処分”だなんて……!」
「じょ、状況が違うじゃん! 仕方ないの! だってE級なんだから!」
「でも、本人が望んでE級になったわけじゃないでしょう!? こんな非道が許されるわけが……今すぐ、やめさせ――」
「S級のウミカ殿じゃな。……ふむ、ならば仕方がない」
学生たちの言い合いを見ていた王様が、ゆっくりと腕を下ろした。
次の瞬間――
ほんの瞬きする間に、騎士が海風の背後に回り込んでいた。
「海風っ!」
鋭く振り向く海風。
その反射速度は、まるで格闘漫画の世界。
勢いそのままに、騎士の刀を払いのける。
見事な古武術のような動きだった。
凛とした表情で、海風が睨みつける。
「悪いけど、私はそう簡単には――ぐっ、はっ……!」
次の瞬間。
重く、速い騎士の拳が、海風の腹を抉った。
「最初の刀はフェイントです。本命があんな軽い一撃なわけがないでしょう」
「くっ、……うぐっ……!」
白目を剥き、そのまま崩れ落ちる海風という学生。
「う、海風……!」
同級生が叫ぶ
俺は気がつけば、無意識に彼女に手を伸ばしていた。
同時に、胸が苦しくなった。
申し訳なさと、悔しさ。
自分の情けなさと、無力さが胸を締めつけた。
王様の指示で、女官たちが担架を運んでくる。
気を失った海風が運ばれていく。
「彼女はS級勇者。細心の注意を払え。……もし粗相があれば、死んだ方がマシと思える罰を与えることになるぞ。よいな?」
威圧していう王様。
女官たちは震えながら、深く頷いた。
――海風は、運び出された。
「では、続けるとしよう」
儀式が再開される。
ざわつく学生たち。
『海風さん、優しいね……』
『S級の海風さんでも勝てないんだ……』
『王様に逆らうの、ガチでヤバいな……』
小山田は不機嫌そうに眉をひそめ、石関は露骨に嫌な顔をする。
岸田に至っては、苛立ちを隠さず歯ぎしりをしていた。
「さあ、皆の者! 底辺勇者の姿をよ~く目に焼きつけるのじゃ!」
王様の声が広間に響く。
「あれが“持たざる者”の末路じゃ! 敗北者には、あのような悲惨な未来が待っておる! ……負けたくなければ、使命を果たすのじゃ!」
魔法陣の光が強さを増していく。
「……くそ、ったれ」
転送の時が、迫っていた。
溢れてきたのは、涙。
悔しさ。
情けなさ。
押し殺してきた感情が、堰を切ったように溢れてくる。
「ちく、しょう……」
石関が笑う。
「おいおい? 底辺勇者クンが一人で泣いちゃってるよ~? ははは! でもまあ、おっさんの無様な最期は見たかったな~。残念すぎるわ!」
怒り。
悲しみ。
不安。
あらゆる感情が胸を満たす。
「では、転送を開始する。……最後に、何か言い残すことはあるかの?」
……最後、か。
その時だった。
ふと、自分の中にあった“フィルター”のようなものが剥がれた気がした。
俺は、ずっと本当の自分を抑えて生きてきた。
トラブルを避け、誰にとっても“無害な存在”でいたかったからだ。
だから、本当の自分を殺してきた。
でも、本当はわかっていた。
自分の中に、“もう一人の自分”がいることを。
「…………」
どうせ捨てられるのなら。
――せめて最後くらい、好きにさせてもらう。
こんな状況なのに、不思議と笑えてきた。
そして言った。
「くたばれ、クソ王様」
――スッキリ、した。
学生たちは俺の以外な発言に一瞬、目を見開いた。
王様の顔は、能面のように無表情。
「慈悲を与えてやろうと思ったのに……そういう態度なら、よかろう」
王様の顔に、満面の笑みが浮かぶ。
「せいぜい無様に死ぬがよい、ツキシマ・アサヒ」
強く、青白い光が俺を包み込む。
視界が、真っ白に染まっていく。
――果たしてあのクソ王様に、ちゃんと見えただろうか。
最後に中指を立てた、底辺勇者ツキシマ・アサヒの姿を。