廃棄処分
唾をのむ。
僕に――何をさせようっていうんだ……。
「くっ……」
足がすくむ。
不安が心を縛り、前へ出ることを拒む。
「行け」
グイッ、と背中を鞘の先で押された。
「死にたいのか?」
兵士の冷たい声が耳を刺す。
ダメだ。逃げられない。
分かっている。無理だ。
――くそっ、嫌な予感しかしない。
僕は広間の中央へと、兵士に連行される。
その途中で、意を決して王様に呼びかけた。
「あの、王様!」
「なんじゃ?」
応じた。今回は無視されなかった。
「これから……何が始まるんですか?」
「ツキシマ・アサヒ。そなたは“E級勇者”だからじゃ」
「……E級、勇者?」
広間が一瞬、静まりかえる。
そして――
「ぷっ……ははっ……ハハハハハッ! おいおい! このオッさん、“E級勇者”だってよ!? マジでウケるって!」
石関が腹を抱えて笑い出す。
他の連中も、指を差して爆笑した。
こいつら……本当に最低だ。
そんな中、王様が咳払いを一つ。
「ゴホン……過去を遡ると、最低ランクの勇者は役立たぬばかりか、上級勇者の足を引っ張ることが多くてな。ゆえに、E級に分類された者は――」
その口元に、薄く笑みが浮かぶ。
「“処分”することにしたのじゃ」
「……え?」
処分……?
死刑、ってことか……?
「じゃがのう。目の前で仲間が“処分”されるのを見てショックを受ける者も多く手の。その影響で任務をこなせぬ勇者も出た。揉め事も絶えぬ。面倒じゃった」
王様は高らかに両手を広げて、まるで慈悲を語る聖人のように言った。
「そこで、わしらは最低ランクにも“再起のチャンス”を与えることに決めたのじゃ!」
再起の、チャンス……?
「ど、どういうことですか……?」
「そこの転移魔法陣で、最低ランクの勇者を“ある遺跡”へ送り込むのじゃ」
「……遺跡?」
側近の片眼鏡の男が、事務的に続ける。
「その遺跡から無事に生還できた者には、干渉をやめ、自由を認める取り決めです」
「そ、それって……その遺跡、まさか……危険なんですか……?」
王様が鼻で笑った。
「さあな。貴様にそれを教える必要があるかの? ただ――“危険度大”とされた罪人の多くを、そこに送り込んでおるがな」
その言葉に、僕は膝から崩れ落ちた。
要するに
そこは――**“死ぬ場所”**って言ってるようなもんじゃないか。
「……ちょっと待ってください!」
静寂を破る声があった。
中村海風。僕に話しかけてくれた、あの女子高生だ。
彼女が王に向かって、毅然とした足取りで進み出る。
「呼び出しておいて、いきなりそんな仕打ちって……あまりに勝手じゃないですか!」
彼女の勇気ある言葉に、僕の胸が少しだけ熱くなる。
けれど――
「黙れぇぇえいッ!」
王が怒声を上げた。
その言葉には、明確な“脅し”が込められていた。
「口を挟めば、お前も“遺跡送り”にできるのじゃぞ」
海風は一歩も引かなかった。だが、彼女の目にも、わずかに怯えが混じる。
――それでも、言ってくれた。
「で、でも! いくらなんでも、“処分”だなんて――!」
「チッ……」
その言葉をさえぎったのは、苛立ち交じりの舌打ち。
石関だった。
「見苦しいんだよ、おっさん」
彼は呆れたように吐き捨てる。
「こっちは気を遣って空気扱いしてやってんのによ。さっさと消えろよ、時間のムダだ」
小山田もため息をつく。
「マジでさ、女子とか疲れてるんだよ。いつまで引っ張んの? さっさと終わらせろよ、ウゼえわ」
その言葉に、女子たちが呼応した。
「小山田君、やさしっ!」
「さすがだよね~」
「マジ神……」
「おっさんは空気読めなすぎ! キモすぎ!」
「遺跡送り当然!」
「死亡確定っしょ」
「往生際悪すぎなんだよ!!」
男子まで加わってくる。
石関は、ニヤニヤ笑っていた。
――この光景。知っている。
思い出した。
高校時代。購買で横入りされた時、たまたま隣にいた先輩にぶつかり、ジュースをかけてしまった。
そいつは学内で恐れられる不良。
あの日から、僕は地獄を見た。
殴られ、全裸で校門に括られ、写真を撮られた。
その写真を使ってカツアゲ。奴隷のように扱われる毎日。
靴を磨き、飯を買い、恥をかかされ、人格を潰されていった。
――この感じ。
“圧倒的な優越感”を抱いた人間が、弱者を潰す時の空気。
何も変わってない。
俺が何をしたっていうんだ……。
心の底から、黒い感情が湧き上がる。
怒りでも、憎しみでも、悲しみでもない。
それらすべてが濁り、溶け合い、ドロドロと――
ローブの男たちが、魔法陣に手をかざす。
王様の宣言が下る。
「では――“儀式”を始めるのじゃ」