黒く染まる水晶
僕は陰すまれながらも水晶の前に立つ。
緊張してきた。
つるりとした表面。
手を、近づける。
「ごくっ」
てのひらを置く。
ピトッ
ほのかな淡い光が表面に浮かんだ。
優しい光。
弱々しいとも言える。
色は黒。
今までの測定では初めて見る色。
というか、これ。
今までで光が一番弱くないか?
「では次の者、前へ」
王様、まさかのスルー。
水晶測定、初コメントスルー。
ひと言の凡コメすらない。
冗談だろ?
「あの、僕の評価は――」
「次の者~!」
無視された。
なかったことにされた。
静かに元の場所へ戻る。
空気モブ。
異世界でも、空気か。
ま、これが現実だよな……。
異世界にきたところで特別になんてなれない。
なれるわけがない。
これが僕、月島朝陽だ。
僕のあとも測定が続いた。
だが僕よりは結果がマシだったらしい。
王様も笑顔でコメントしている。
測定もいよいよ終盤。
王様が頬に手をあてる。
「前半に粒が揃っていたようじゃの~」
片眼鏡の男が言う。
「はい。人数は多くないですがS級が三人にA級が二人なら上々かと思われます」
次が最後だ。
岸田卓也。
オドオドと歩きながら、岸田という学生が水晶に手を置く。
物凄い緊張感を漂わせている。
「ご、くっ」
息をのむ岸田。
自分の命運を託している感じ。
ローブ男が驚愕の顔となる。
「むっ!? こ、これはっ!?」
水晶が真っ赤に染まった。
立ちのぼる煙。
水晶から煙がモクモクと放出されていく。
まるで高温の熱を持っているみたいだ。
ローブ男が目を剥く。
「王さま! こ、これは――」
「そうじゃの……昔、同じ反応があったの。一夜にして魔族の森を火の海にした、伝説の赤き英雄。最強と呼ばれた男と同じ反応じゃ……」
岸田の口が弧を描く。
「ひひっ」
引き攣った笑い声。
「だと、思ったさ――そろそろだと、思ってた」
岸田という学生の目つきが変わった。
王様に堂々と岸田が尋ねる。
「俺のランクを聞かせてもらおうか、王よ!」
さっきまでオドオドした岸田と言う学生の態度ではない。
口調まで変わっている。
王様が答えた。
「そなたはA級じゃ」
「ふん、石関レベルか。あの禍々しさは、S級だと思ったのだが……」
憤慨した石関が岸田に詰め寄る。
「あぁ!? んだとコラァ岸田ぁぁああ!? てめぇ今このおれを呼び捨てにしやがったのかぁ!? ちょっと結果がよかったからってチョーシくれてんのか!? 一丁前にイキってんのかよオラァ!」
一瞬ビクッとする岸田という学生。
しかし岸田はすぐに笑みを浮かべた。
「同格だろ、もう僕らは」
「あぁ!?」
今度は岸田が、挑戦的な顔で石関に詰め寄る。
「A・級・同・士・仲良くしようじゃないか。なあ――」
興奮気味に岸田は言った。
「石・関・?」
「調子コキやがってオラァ! 岸田てめぇぶっ殺す! おらぁ――!?」
石関が岸田に殴りかかろうとした瞬間、二人の間に割って入ったのは、王様の騎士。
両腕に魔法陣みたいなものが描かれている。
魔法発動の準備ができている。
そういう感じ――なのか?
「せっかくのA級勇者同士で争いなどいかんぞ。口げんか程度であれば多少は看過するが、本気で勇者同士が戦うことは許さん」
王様は微笑む。
「A級勇者は、貴重な人材だからの」
石関は動こうとしなかった。
岸田は一歩、後退する。
背筋が、ビリビリする。
威圧? もしくは殺意ってやつか?
たとえば猛獣を前にしたら、人はこうなるのだろうか?
動けない。
動き、たくない。
「では皆終わったようじゃな。」
王様が軽快に両手を打ち鳴らした。
パンッ!
「では、名前を呼ぶので前に出てくるのじゃ?――ツキシマ・アサヒ殿」
「え? 僕?」