封印の門
灰色の空の光が差し込む洞穴の先。
崩れかけた遺跡の石橋を渡り、俺とリュシアはようやく、地上への出口が見える場所までたどり着いた。
だが、その直前。
――ズシン……ッ!
重低音とともに、地面が揺れた。
二人が顔を上げると、そこには一体の“門番”が立ちはだかっていた。
漆黒の石で造られたかのような甲殻。
頭部は兜のように無機質で、瞳すら持たない。だが胸元には燃え盛るような赤い魔石が脈動している。
両腕は刀剣のように変化し、背からは黒い翼の名残の骨の突起が伸びていた。
「……あれは、“封印守り”」
リュシアが唇を引き結ぶ。
「地上と深層のあいだに置かれた番人よ。本来なら、深層の魔物が出ないよう結界を維持しているはず。でも……封印が揺らいで、逆に“地上に出る者”を拒むようになってる」
「つまり……」
「私たちを地上に出させないつもりよ」
門番の魔物は咆哮を上げた。
俺は角から少しだけそっと半身を出した。
「――ッ!? ……ギャぁ゛あ、――ぁあ゛ーーッ!?」
反射的に身を隠す。
次の瞬間、ドガンっと岩が崩れる音がする。封印守りから斬撃が放たれた。
まさに一瞬の出来事。
光の速さ、とでも言えばいいのか。
封印守りの“絶対的な命令”。守れ、破らせるな、という意思を強く感じる。
「なら……力づくで通るしかねぇな」
俺は前に出た。
魔獣核の力で魔物に変身する。
「援護するわ!」
リュシアの銀の魔法陣が空中に浮かび、淡い光が俺の身体を包む。
「身体強化術!」
「……助かる!」
門番の剣が俺に振り下ろされる。
俺はそれを横に跳んでかわし、懐に飛び込んだ。
――ガキィンッ!
剣のような腕と、俺の拳が正面からぶつかり合う。
「通らせてもらう……ッ!」
俺は地を蹴った。その動きに門番は反応したが、すでに遅い。
「光縛!」
足元から伸びた光鎖が門番の膝を縛り、動きを止めた。
「今よ、朝陽!」
「――喰らえっ!!」
俺の拳が魔石に直撃した。
ひび割れる音。
ピキッ、
ビキッ、
ピシィッ――
封印守りの魔石に亀裂が走っていく。
顔が半分くらい剥がれ落ちた。
石の奥の肉が覗く。
黒と赤とピンクのまじった肉肌。
肉は青い血に塗れている。
門番の胸で脈動していた魔石が大きく波打ち、そして――砕け散った。
数秒の静寂ののち、門番は崩れるようにその場に沈んだ。
刃のような腕も、骨のような翼も、黒い塵となって風に消えていく。
「……倒した、のか……?」
「ええ。お見事だったわ」
リュシアがほっと息をつき、微笑む。
そのとき、天井の崩れた隙間から、明確な“陽光”が差し込んだ。
まばゆいばかりの純白の光。まるでそれは、地上が二人に向けて手を伸ばしているかのようだった。
――空気が、変わった。
遺跡の奥に澱んでいた気配が少しずつ薄らいでいく。いつしか、壁を照らす魔石灯の光さえも青みを帯び、風の通り道がかすかに感じられるようになっていた。
「ああ。俺は生きてる」
俺は歩みを止め、目を細めて前をみた。遥か先に、やわらかな自然の光が滲んでいる。
「ずっと……閉じ込められてたのね、ここ。陽の光からも、風の匂いからも」
外は空がどこまでも澄み渡り、鳥の声が響き、木々が揺れ、陽の光が世界を包む。
最初に俺を出迎えたのは、どこか懐かしい、温かな太陽の光だった。




