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獣の咆哮

――全身が、焼けるように熱い。


 指先が裂け、牙がのび、視界は紅く染まっていく。

 意識の底から湧き上がるのは、飢え。憎悪。

 何もかもを引き裂きたいという、本能的な叫び。


 (やめろ……っ!!!)


 叫びは虚しく、声にならない。

 思考はすでに獣の咆哮に飲まれ、朝陽の意識は薄れていく。


 骨が軋み、背中から黒く長い尾が生える。

 硬質な皮膚が鎧のように覆い、魔獣の姿がそこに現れた。


 赤き番人は静かに言った。


「成功か。いや……失敗だな」


 赤き番人は小さく呟き、そのまま闇の中へと消えていった。


 俺は意識がなく魔獣として遺跡の中を暴れまわる。

 

 その時だった。


 ――かすかな音が、遺跡の奥から聞こえた。


「……ッ」


 それは、微かな、震えるような声。

 叫びではない。むしろ、息を呑むような、誰かの呻き。


 獣と化した俺の耳がそれを捉え、そちらを向く。


 ──岩陰に、崩れ落ちたように座り込むひとりの“女”。


 銀髪。ボロボロの神官服。

 だが、どこか品がある。まるで高貴な神殿から流れ着いたかのような、幻想的な雰囲気をまとっていた。


 彼女は、震えていた。


俺の魔獣としての嗅覚が、瞬間で把握する。


 ――傷。


 魔物に襲われた痕跡。

 命が尽きかけている。


 けれど、それ以上に――

 彼女は、必死に何かを祈っていた。


 (なぜ、彼女は逃げないのか?)


 魔獣の姿になった俺が近づいても、彼女は目を閉じたまま、祈り続けていた。

 しばらくすると彼女は光輝き、その光が魔獣化した俺を包み込んだ。

 そして暴走する俺の本能に、“温かい感情”が流れ込んでくる。

 彼女が囁いた。


 「――アナタは、まだ……自分を失っていない」


 彼女の感情か。頭の中に声かけてくる。


 俺の瞳――赤く濁った魔獣の目が、一瞬、揺れた。


 そのとき、遺跡の奥から唸り声が響いた。


 「グギャァアアアアアアアア!!」


 腐肉をまとった巨大な魔獣。

 牙を剥き、銀髪の彼女へ突進してくる。


 (殺される――!)


 咄嗟だった。

 俺の身体が、動いた。


 自分でも理由はわからなかったが、ただ――「守らなければ」と思った。


 地を蹴り、飛ぶ。

 咆哮とともに、魔獣へと体当たりを食らわせる。


 衝撃。骨が軋む音。


 意外だったのか。倒れ込んだ魔獣は怒りをあらわにし、俺目掛けて突進してくる。

 俺は壊れない事を確認すると、巨大魔獣に斬撃を叩き込んだ。


 そして口から鮮血を撒きながら、巨大魔獣は倒れ込んだ。


 ……勝った。人間だった感情が戻ってくる。

 彼女は傷ひとつなく、その場に生き残っていた。


「な、ぜ……?」


 彼女が呟いたその問いに答えはなかった。


「君を守りたかったから………」


 ただ、彼女がくれたひとつの感覚。

 ――あたたかい、何か。

 俺はそれを守りたかったのだ。

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