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悪役令嬢はバトルしたい

 

(カードバトルの無い世界への転生だなんて、1ミリも嬉しくございませんわ!)


 自分が転生したと分かった瞬間、エリンは己の運命を嘆いた。

 元日本人だった彼女は、重度のカードバトルジャンキーだったのだ。休日はデッキの組み換えかバトルに費やし、何度も大会に出場しては優勝をかっさらった猛者でもあった。


 しかし、エリンが転生したのは中世風の異世界だった。

 伯爵令嬢と恵まれた身分ではあるが、そんなものは関係ない。

 新しいパックが発売されたときのワクワク感。封を切って、レアカードを引けたときの興奮。

 素晴らしいデッキを思いついたときの充足に、バトルに勝利したときの高揚。

 それらすべてが味わえない世界への転生なんて、なんの意味があるというのか。


 人生に絶望していたエリンの生活が一転したのは、彼女が6歳の誕生日を迎えた日だった。


「オリビアもそろそろ、精霊召喚をしてみようか」


 そうやって微笑んだのは、エリンの5つ年上の兄であった。

 精霊召喚という聞きなれない言葉に、エリンは首をかしげる。


「こうやって、宙に手をかざして『フラム・モンステル』って叫んでごらん?」

「フラム・モンステル?」


 兄が何をしたいのかわからず、エリンは戸惑いながら彼の真似をしてみた。

 すると、どうしたことだろうか。身体がカッと熱くなり、その熱が手のひらから放出されていく。室内なのにブワリと風が巻き起こり、ドレスの裾がバタバタと靡いたと思ったら、突然何事もなかったかのように風がやんで、ハラリと一枚のカードが床に落ちたのだ。


 ……カードだ。そこに落ちているのは、カードとしか言いようがない小さな長方形の紙。


「っ!」


 エリンはそれを見た瞬間、体中の血が沸騰したように感じた。

 慌てて拾い上げたカードには、小さなウサギのイラストとこちらの世界の文字が描かれている。


「にっ、ににに、兄様、これはなんですの!?」

「ラビティカか。かわいらしいけど、ハズレだねぇ」


 エリンが持つカードをのぞき込んで、兄は残念と肩をすくめた。


「ハズレ?」

「ラビティカはランクEの精霊だよ。精霊のランクはEからSSまであるんだ。魔力を糧に精霊召喚をすれば、精霊がそれに答えて力を貸してくれるんだ。その証が、今手にもっている精霊符だよ」


 精霊符と言われて、エリンはまじまじと手の中のカードを見つめた。

 そこには前世で遊びつくしたカードと同じように、カードの強さを数値化した値や、属性なんかが描かれている。


「こ、この精霊符は、どうやって使うのでしょうか」

「魔法を使いたいときに、精霊符を握って魔力を込めるんだ。ラビティカだと、ハイジャンプだね。いつもより少し高くジャンプできるようになるよ」

「そんなことを聞きたいのではありません!」


 いや、魔法というのも興味はある。興味はあるが、エリンの最たる関心は、このカードでバトルできるか否かだ。


「この精霊符を複数集めて、精霊符で戦うようなことができるのでしょうか?」

「エリン、精霊決闘(モンストルバトル)のことを知っているのかい?」

「あるんですのね!?」


 エリンはカッと目を見開き、ぐいっと身体を前のめりにした。

 兄に詳しく聞いたところ、精霊符を50枚組み合わせた束にして、一枚づつ捲って戦う決闘(バトル)があるらしい。そのルールはエリンが知るカードバトルとほとんど変わらない。

 細かいルールはもちろん違うが、カードバトルがこの世界に存在することに、エリンは涙した。


「兄様! 私、精霊決闘(モンストルバトル)がしたいです!」

「エリン! そんなこと、簡単に口にしてはダメだ」


 エリンが感情のまま叫ぶと、兄は厳しい顔をしてエリンを叱る。


「いいかい、精霊決闘(モンストルバトル)は誰かと揉めた時にどちらが正しいのかを決める大事な戦いで、滅多に行うものではないんだ。女性ならば、なおさらね。精霊決闘(モンストルバトル)なんてしなくて済むように立ち回ることが大事なんだよ」


 兄が言うには、精霊決闘(モンストルバトル)はこの世界で、本当に「決闘」を行うべき場面で使われる手段らしい。互いに大事なものを賭けて、譲れないときにだけ行うのが精霊決闘(モンストルバトル)なのだ。


「そ、そんな! 気軽に遊べないのですか!?」

「エリン、精霊決闘(モンストルバトル)は遊びではないよ。万が一のために日頃から練習することは大事だけれど、決闘(バトル)をする機会なんてない方がいい。決闘(バトル)の敗者は勝者のいうことを聞かなければならない上に、大事な精霊符を一枚奪われるんだ。魔力もすごく使うから、練習だって家族やごく親しい者どうしでしか行わないのが普通だ。」

「……勝負に勝てば、精霊符を奪うことができるのですか?」

「ああ、そうだ。たとえSSランクの精霊を引き当てたとしても、決闘で負ければ奪われてしまう」

「つまり、激レアカードも勝てば相手から奪える……」


 エリンはごくりと唾を飲み込んだ。

 なんだそれは、精霊決闘(モンストルバトル)、楽しすぎるではないか。


「どうすれば、女性でも精霊決闘(モンストルバトル)できるのでしょうか」

「女性が決闘(バトル)する機会なんて、ほとんど存在しない。もしあるとすれば、婚約者の座を巡っての女性同士の争いがあったときくらいだが……それこそ、王太子の婚約者でも目指さないかぎり、起こらないだろう」

「王太子の婚約者になれば、ご令嬢から決闘(バトル)を申し込まれるのですか?」

「周囲が認めていればそうはならない。だが、先々代の王妃は子爵の出でね。婚約者候補に名乗り出たときから、身分が釣り合わない、婚約者の座を降りろと周囲から何度も決闘(バトル)を申し込まれ、それを実力でねじ伏せたらしいよ」

「なんて羨ましい」


 先々代の王妃はそれこそ、若いころは王太子を惑わす悪女と呼ばれていたらしい。

 そうか。悪女となって周囲に嫌われれば、決闘(バトル)を申し込まれやすいのか。


「お兄様。……私、王太子妃を目指しますわ!!」


(周囲のヘイトを買いまくって、決闘(バトル)三昧の生活を送るのですわ!)





「オーッホホホホ! この程度の実力で私に勝とうだなんて、ずいぶん舐められたものですわね!」


 扇子を広げて高笑いしながら、エリンは上機嫌であった。

 なにせ、今日の決闘(バトル)相手のご令嬢はSランクカードを所持していたのだ。しかも、なかなか面白い能力を持つカードであった。このカードが手持ちに加われば、また新しいデッキを考えられるかもしれない。


「くっ……あなたなんか、ウィリアム様の婚約者に相応しくないわ!」

「私を婚約者候補から引きずり下ろしたければ、精霊決闘(モンストルバトル)で勝つことね。挑戦は何度でも受けてさしあげてよ?」


 どうか再戦を申し込んでくださいと願いながら、エリンはパチンと扇を閉じた。

 決闘で敗北したご令嬢は、悔しそうに顔をゆがませて走り去っていく。

 手に入れた戦利品(レアカード)をうっとりと見つめ、手持ちの精霊符に混ぜ込んだその時だった。


「また決闘(バトル)を申し込まれていたのか、エリン」

「ウィリアム様」


 柔らかな夜の風のような深い響きの声にふり返ると、陽光にきらめく金髪が見えた。

 エリンが婚約を熱望している……ということになっている、この国の王太子だ。

 身分はもちろん、その美しい顔にも世のご令嬢は夢中になり、彼の婚約者になりたいと願う令嬢たちが次から次へと現れる。精霊符というものが存在するこの世界では、身分と同じくらい精霊との親和性が重要視されている。伯爵という身分でありながら、エリンがその筆頭候補だとみられているのは、圧倒的な精霊術の腕があるからだ。


「君は本当に容赦がないな。少しでも私に近づいた女性は、君に決闘で叩き潰されると噂になっているぞ?」

「仕方がありませんわ、事実ですので」


 エリンはとにかく決闘(バトル)がしたいのだ。チャンスは少しも逃したくない。

 頷くエリンを見て、ウィリアムはフッと笑みを浮かべる。


「そこまで深く愛されて悪い気はしないが、嫉妬はほどほどにしないと、君の評価が下がることになるぞ?」

「はぁ……」

「まあ、それもあと少しの辛抱だ。来月、正式に私の婚約者を定めることに決まった」

「え?」


 ウィリアムの言葉に、エリンはサッと顔を青ざめた。


「ウィリアム様の婚約者は、学園を卒業してから決めるとおっしゃっておりませんでしたか?」


 エリン達精霊術を使える貴族は、13歳から16歳まで同じ学園に通っている。

 新しい世代の派閥をつくるのに学園は有効とされていて、この時期に婚約者候補を探して卒業と同時に婚約を結ぶという流れが一般的であった。


「そのつもりだったんだけどね。今のままだと、君の負担が大きいだろう?」

「負担? 私はなにひとつ負担など感じたことはございませんが」

「そんなことはないだろう。君は二日に一度は決闘(バトル)をしているじゃないか。それもこれも、私が君を正式な婚約者と認めていなかったせいだ」


 甘い笑顔で微笑まれて、エリンはあんぐりと口を開けた。


「わ、私がウィリアム様の婚約者に決まるのですか?」

「ああ。君が圧倒的な精霊術の腕を周囲に知らしめたおかげだな」

「で、でも……そうなったら、決闘は……」

「候補ならともかく、正式に決まった婚約者に挑んでくる者などいなくなるだろう。君の負担も減るはずだ」

「なんてことなの!?」


 ウィリアムの婚約者ということは、ゆくゆくは王妃になるということだ。そうなれば厳しい教育が始まり、精霊決闘(モンストルバトル)にうつつを抜かしている場合ではなくなってしまう。


(王妃になんてなってしまえば、誰も決闘(バトル)なんて申し込んでくれなくなるわ)


 このままではいけない。ウィリアムの正式な婚約者にならないように、どうにか手を打たなければ。


「私、体調がすぐれませんので、失礼いたしますわ……」


 エリンはフラフラとしながら寮へと戻った。





「エリンが決闘(バトル)に負けた?」


 その一報を聞いて、ウィリアムはひどく取り乱した。

 彼女は女だてらに精霊術に優れていて、非常に決闘(バトル)に強い。ウィリアムの婚約者候補として名乗り出てから、幾度となく彼女はその座を巡って決闘を繰り返してきたが、一度も負けたことなどなかった。

 精霊決闘の勝者は、敗者から一枚精霊符を奪える。つまり、勝てば勝つほど強くなるのだ。幾度となく勝利を重ねている彼女が、今さら誰かに負けるなど考えられなかった。


「相手は誰だ? 誰が彼女を負かした」

「侯爵令嬢のオリビア様です」

「オリビア? 彼女は過去に何度もエリンに挑み、負け続けていただろう」


 よほど強い精霊を召喚できたのだろうか。しかし、今さらSSランクの精霊を引けたところで、オリビアに勝てるとも思えない。そもそも、決闘(バトル)での地力が違うのだ。


「それが……どうにも、エリン殿は本気を出していなかったらしく。精霊もランクAまでのものに限って使用されていたそうです。それでも、いい勝負だったそうですが」

決闘(バトル)でエリンが手を抜いたというのか? いったい、どうして」


 おかしい。彼女は熱狂的にウィリアムのことを愛していたはずだ。だからこそ、ウィリアムに近づく女性にはすぐさま決闘を申し込み、徹底的に叩き潰していた。

 始めはそんな彼女の執着を恐ろしいと感じたが、次第に、そうまで愛されるのは幸せなのではないかとウィリアムは思いなおすようになった。

 エリンに対してウィリアムも好意を抱き、彼女をこれから愛していこうとさえ思っていたというのに。


「ウィリアム様との婚約を辞退したかったのではないでしょうか……」

「そんな筈はない。彼女は私を愛しているはずだ。でなければ、ああも決闘(バトル)を繰り返さないだろう」


 精霊決闘はすさまじく魔力を必要とする、大変な行為である。負ければ自分の力である精霊を奪われるというリスクも負い、さらには、勝者の命令を聞かなければならなくなる。

 好戦的な騎士ならともかく、ただの令嬢が好んで決闘(バトル)などするはずがないのだ。それこそ、ウィリアムのことを熱狂的に愛しているからだとしか、考えられない。


「オリビアはエリンに何を命じたのだ?」

「ウィリアム様の婚約者候補の座を降りろと」


 思った通りの解答に、ウィリアムはギリっと奥歯を噛んだ。


「私は……エリン以外の妃など認めない」






「暇すぎますわ」


 エリンは暇を持て余していた。オリビアにわざと敗北し、ウィリアムの婚約者候補から降りてからというもの、誰からも決闘(バトル)を申し込まれないのだ。

 せっかく新しいデッキを組んだというのに、試す相手がいなければ張り合いがない。


(こうなったら、王子の次に人気のある殿方の婚約者に喧嘩を売るのはどうかしら。どうせ、私は嫌われ者ですもの。ハイエナのごとく、新しい男を狙っても不思議ではないわ)


 同性に嫌われれば嫌われるほど、決闘(バトル)を申し込まれる回数が増えるのだ。ウィリアムほどモテモテでなくとも、人気があって争奪戦が起きている男はいないだろうか。

 そういえば、宰相の息子であるシグルドなんかはいい感じにモテていた記憶がある。

 エリンが次の獲物を見定めて、舌なめずりをしたその時だった。


「エリン、こっちにこい!」


 空き教室からぬるりと腕が伸びたかと思うと、あっという間にエリンを捕まえ、部屋の中へと引きずりこんだ。

 エリンは悲鳴をあげかけて、見慣れた金の髪を見つけてそれを飲み込む。


「ウィリアム様! 驚きました。私になにかご用ですか?」

「どうしてオリビアに負けた」


 鋭い口調で責められて、エリンは目を瞬く。


「どうしてもなにも……オリビアが強かった。ただそれだけですわ」

「嘘を言うな。君は本気を出していなかっただろう。君が使った精霊はAランクまでのものだけだったと聞いたぞ」


 そんなことまで知っているのかと、エリンは眉根を寄せた。

 オリビアとの試合、エリンは手持ちのデッキからいわゆるレアカードを抜いた。エリンが彼の婚約者として相応しいのは、精霊術の腕がすぐれているという一点だけである。だからこそ、ウィリアムとの婚約を阻止するためには誰かに決闘で負ける必要があった。

 しかし、負ければ自分の精霊符を一枚奪われてしまう。エリンはそれだけはどうしても嫌だった。相手が奪えるのは、デッキに入れて勝負に使用した精霊符だけである。だからこそ、エリンはオリビアとの試合で奪われたくない精霊符を抜いて挑んだのだ。


「なぜ決闘(バトル)で手を抜いた。オリビアに脅されたのか?」


 オリビアにあらぬ疑いが向いていると知って、エリンは慌てて否定する。


「違います! 私はただ、私ではウィリアム様の婚約者として相応しくないと思ったのです」


 エリンはそう言って、ウィリアムの手を振り払う。


「話はそれだけですか? なら、私はシグルド様のところに向かわないと」

「シグルド? なぜだ?」

「彼の婚約者に立候補しようかと思いまして」


 そのまま立ち去ろうとしたエリンの腕を、ウィリアムが再び掴んで引き留める。


「エリン。君はまさか、シグルドに心変わりしたのか!?」

「は?」

「私よりもあの男の方がよくなって、それでオリビアに負けたというのか」

「あの、なにか誤解があるようなのですが」

「……認めん」


 ウィリアムはエリンの腕をつかんだまま、ずんずんと大股で廊下を歩きだす。


「ちょっと、ウィリアム様、どこに行くんです!?」

「シグルドのところだ」


 一体どうしてウィリアムがシグルドを探しているのか理解できないまま、エリンは腕を引っ張られるままに、彼に連れまわされる。

 そうして、裏庭で休憩していたシグルドを見つけて、ウィリアムは彼に向かってビシッと指を伸ばす。


「シグルド、私と決闘(バトル)しろ! エリンは君には渡さない!」


 ウィリアムの言葉を聞いて、エリンとシグルドは呆気にとられてポカンと口を開く。


「……ウィリアム様。大きな誤解があるようですが、俺はエリンを欲したことなどございません」


 ちらりとシグルドに視線を向けられて、エリンもブンブンと首を縦にふった。

 シグルドの婚約者に立候補しようとは考えていたが、まだ未遂であるし、そこにシグルドの意思は関係ないのである。


「誤解だろうと構うものか。私と勝負し、負ければ彼女に関わらないと誓え」

「そんなもの、決闘(バトル)せずとも誓いますが」

「それは困ります!」


 シグルドにそんな誓いをされれば、彼の婚約者候補になれなくなる。

 エリンが慌てて声をあげると、ウィリアムとシグルドが不快そうにエリンを睨んだ。


「エリン……君は、何を考えている?」

「シグルド様の婚約者に立候補しようかと」

「冗談だろう!? やめてくれ!」


 シグルドがさっと顔を青くして、悲鳴のような声でエリンを拒絶する。

 そこまで嫌がらなくてもいいのにと思うが、エリンは決闘(バトル)でウィリアムの婚約者候補を蹴落としまくる悪女と評判なので、その反応も無理はないかと思いなおす。


「そもそも、君はウィリアム様に執着していたではないか。どうしてこうなっている」

「ウィリアム様より、シグルド様の婚約者のほうがいいかなって」

「まて、やっぱりいい。君はそれ以上喋るな。ウィリアム様、誤解ですからね!?」


 ウィリアムに殺気を向けられて、シグルドは慌てて弁明した。


「シグルド……やはり決闘(バトル)だ。君は俺には敵わないのだと、エリンに示す必要がある」

「ものすごく不本意ですが、それでウィリアム様の気が済むなら構いませんよ。あ、でも、俺が負けても精霊符の譲渡はナシでお願いします」

「いいだろう。では、始めるぞ!」


 そうして始まった二人の精霊決闘(モンストルバトル)に、エリンは魅入っていた。

 水の精霊を中心に構成されたシグルドの手札は面白い並びであったし、それ以上にウィリアムの手持ちが見事であった。エリンも見たことのない効果の精霊符を所持していて、その強さは圧倒的だったのだ。


(え、すごい。ウィリアム様、私よりも強いかも……!)


 勝負はウィリアムの圧勝で終わった。シグルドはウィリアムの強さを知っていたのか、たいして悔しそうでもなく、多大な魔力を使って疲れたという顔をしている。

 ウィリアムは多少疲れた素振りをみせたが、すぐに切り替えてどうだと言わんばかりの顔でエリンを見つめた。


「ふん。これで、君に相応しいのは私だと分かっただろう」


 今の決闘でカードゲームの強さ以外の何がわかるのかとエリンは思ったが、決闘(バトル)で恋を勝ち取るのはこの世界では情熱的な行為のようなので、文化の違いというやつだろう。

 いや、そんなことよりもなによりも。


「ウィリアム様、どうしてそんなレアカード……じゃない、高ランクの精霊符をたくさん持ってらっしゃるんですか?」


 精霊召喚は、週に一度のペースで行える。その時に召喚される精霊はランダムであり、高ランクの精霊ほど呼び出される確率が低くなる。エリンは毎週必ず精霊召喚を行っているが、Sランクのカードを引けたことは2度しかなかった。当然ながらSSは奪ったものしか所持していない。けれども、ウィリアムが使ったデッキには10枚以上の高ランクの精霊符が使用されていたのだ。

 ウィリアムが積極的に決闘(バトル)を行っているはずがないし、どうやって集めているのだろうか。


「ん? ああ、君は知らないのか。王族は精霊の守護を受けているので、精霊召喚の際に高ランクの精霊が呼び出されやすくなるのだ」

「なっ、ズ……!」


 思わずズルイと叫びそうになって、エリンは慌てて口を閉じた。

 いくらなんでも、王太子に向かってズルイはない。しかし、エリンの胸はズルイと叫びたい気持ちでいっぱいであった。


「お、王族に生まれる以外に、精霊の守護を受ける方法はないのですか?」

「生まれつき守護を受けている者もいるらしいが、もっとも確実な方法は婚姻などで王家に入ることだな」

「王族と結婚すれば……精霊の守護が受けられる……?」


 つまり、レアカードを引きやすくなる。

 メリットなどなにもないと思っていた、ウィリアムとの婚姻が急に魅力的に思えてきた。

 しかもだ。精霊決闘(モンストルバトル)の練習であれば、身内同士で行うことができるのだ。つまり、かなりの実力をもつウィリアムが相手であれば、決闘(バトル)し放題ということではないだろうか。


「ウィリアム様の決闘(バトル)を見て、私、目が覚めました!」


 エリンはがしっとウィリアムの手を掴んだ。うっとりとした目でエリンがウィリアムを見つめると、彼の頬が朱色に染まる。


「私、やはりウィリアム様の婚約者を目指しますわ! オリビア様に再戦を申し込んで参ります!」


 決闘(バトル)の負けは決闘(バトル)で注ぐしかない。決闘に負けて婚約者候補を降りたエリンは、オリビアに勝たなければ婚約者を名乗ることができないのだ。

 また精霊決闘ができる。エリンは胸を期待にときめかせながら、オリビアを探すことにした。



 一度エリンがオリビアに負けたことによって、ウィリアムの婚約者が正式に決まるのは、当初の予定どおり学園卒業後に延期された。

 卒業までの間エリンは大喜びで恋のライバルたちをなぎ倒し、その情熱的な様子をみて、ウィリアムも満足そうな顔をしていたのだとか。


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― 新着の感想 ―
フルレアデッキで威嚇してくるウィリアム様こわい。 王族になればより一層バトルチャンスは無くなりそうですが、そこはOKなんだろうか。
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