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天使の化石

人間ドラマ ⭐︎⭐︎⭐︎

社会    ⭐︎⭐︎

天使    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

化石    ⭐︎⭐︎⭐︎

 ── 誰しも産まれた瞬間は天使だ。

 善悪の区別もなく。利害や思想もない

 無垢なる天使だ。


 物心ついた頃、あの日見た青紫色した花の美しさを今でも覚えている。

 空の蒼さと、その高さを覚えている。


 両親の愛情を身に受けて育った私は幸せだったと思う。

 時に笑い、時に対立し、そんな私も大人として独り立ちしてから早数年。


 今まで、私の中に降り積もった人生という名の経験が、いく層も重ねられ地層となっていった。


 愛   友情

 夢   努力

 希望  嬉しさ

 妬み  後悔

 憎しみ 裏切り

 苦痛  絶望


 それらは私を身動き出来ない程に圧迫し

いつしか、私は考える事を辞めた。

 この世の全てに興味を持っていた天使はその層の中で動かぬ化石と成り果てた。


 ある日の会社の帰り道。『すいません』と、背後からの声に私は振り返ると、和かな男性がハンカチを差し出していた。

『落としましたよ?』

 それは、生前に父が私にくれた青いハンカチだった。


「ありがとうございます」と、私は会釈し受け取る。

 男性は『じゃあ』と一言、振り返ると歩き始めた。


 ── そう、何が起こる訳でもない、ただの日常。無気力な繰り返しの日々。


 ……のはずだった。


「……すいません、とても大事なものだったんです。お礼にお食事でも!」


 自分でも驚いた。

父がくれたハンカチが、その青さが私の背を押したかのように、気が付けば勝手に口が開いていた。


 その男性は驚いたような素振りのあと、照れくさそうに呟いた。

『じゃあ、この先にお洒落なレストランがあって……。お客が若い子ばかりなんで入るのが恥ずかしかったんだけど、一緒に行ってくれますか?』



 ── あれから数年の月日が流れた。


 あの日。主人は、地層の中で化石となっていた私を見つけてくれた。

 好奇心で出来た天使の羽は風化し無くなってしまったけれど、人となった私を見つけてくれた。そして私も選んだ。

 彼と共に歩む人生を。


『あ〜だぁ、ぶぅ』

 私の天使がリビングで微笑んでいる。

 

 きっと、この子にも生きていく上で沢山の出来事が降りかかるだろう。

 それはやがて地層となり、天使の羽はなくなってしまうだろう。


 でも、それでも。私は知っている。

大人になるということを。

 そして、少しの勇気で地層から踏み出せる事を。


 父の青いハンカチが主人と出逢わせてくれた事で、今の私がある。娘がいる。


 健やかに明るく、暗闇の中でも太陽の方向に向かって伸びる植物のようにと、願いを込めた娘の名前を今日も私は呼ぶ。



「とってもご機嫌ね。あおいちゃん」

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