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75日の彼女

作者: 綸子


「君に一目惚れしました!一生大事にします、だから僕の、彼女になって下さい!」





ドラマや映画なんかでしか耳にしたことがないような台詞を、まさか自分が、リアルで他人に向かって言うことになるなんて、ほんの3時間前まで考え付きもしなかった。





特に最近は、推してたアイドルに変な噂が立って、心が波立つことが多かったのだ。




そんな時だからこそ、突然出会った彼女に強く惹かれたのかもしれない。




「…一生って、軽々しく言うもんじゃないよ。」




そう言いつつも、彼女は僕の差し出した手を握り返してくれた。




ああ、僕は今日、一生分の奇跡を使い切ったかもしれない!



その時はそう思ったけど、奇跡は毎日更新された。



なんたって、人生で初めての彼女ができたのだ。


僕は出来る限り毎日、彼女と一緒に過ごした。





僕にできることはなんだってしてあげたいと思ったので、デートの場所は彼女の行きたいところへ行くことがほとんどだ。





彼女は、人の多い場所ではとても元気で、口数も多く活発に行動するのだが、僕の部屋で二人きりになると途端に大人しくなり、口数も減った。




でも、言葉少なながらも好意を伝えてくれる様子が本当に可愛いくて、僕はますます彼女に夢中になっていった。





それから、幸せな時間はあっという間に過ぎ、気づけば季節が春から夏へ移り変わろうとしていた。




新しい季節には、二人で何をして過ごそうか、少し足を伸ばして出かける計画を立てようと提案すると、彼女は顔色を悪くして、



「私、もうすぐ75日経っちゃうの。」


と、俯きながら言った。



意味がよくわからなくて、とっさに、僕が記念日か何かをを忘れてしまっていたのかと思ったが、どうも違うらしい。続きを促すと、





「75日経ったら、私、もうここには居られないんだ。」



と、ちょっと笑いながら、何かを誤魔化すみたいに言った。



「何なに?どういうこと?ここには居られないって…コトハ、かぐや姫みたいだね。」


彼女の話し方ににじみ出ているシリアスな匂いに気付きたくなくて、わざと混ぜっ返すように言ってみたのだが、彼女はもう笑ってくれなかった。



「言霊って知ってるでしょ。



言霊が強すぎて凝ると、私みたいのができることがあるんだ。



よっぽど人気者なんだね、あの子。

おかげで私はこんなにハッキリと存在できた訳なんだけど。




あなたが告白してくれたあの日ね、私はまだ生まれて5日ぽっちだったから、一人で消えちゃうのは嫌だなって思っちゃったの。良くない事だって、分かってたのに。」




僕はそんな話聞きたくなかった。よくわからない部分もあるけど、これが別れ話の類であろう事だけは分かったからだ。




「急にどうしたの、全然意味わかんないよ」





訥々と話す彼女の言葉に被せるように言ってから、彼女の存在感が急に希薄になったようでギクリとした。



色白で卵型のきれいな顔の輪郭が、夏の陽炎みたいにゆらゆらと歪んで見える。





消えてしまう、彼女が消えてしまう!





僕は夢中で彼女を抱きしめた。


良かった触れる、と安堵した瞬間、







「人の噂も七十五日」






と、彼女の声にたくさんの誰かの声が重なったような不気味な声音が響いた。




「一生、大事にしてくれるんだよね?」






声はそう続けた。

そうだ、確かに僕はそう言った。




僕は、返事のかわりに彼女を抱きしめた腕に力を込めた。

彼女が消えてしまうのなら、このまま僕も一緒に…





僕はぎゅっと目をつぶっていたので、彼女がどんな表情を浮かべていたのかはわからない。

でも最後に聞いた彼女の声は小さくて、絞り出すような、とても苦しそうな声だった気がする。




「ごめんね、いっしょに、…」













気がつくと、僕は病院のベッドの上で点滴に繋がれていた。



僕と連絡が取れないことを心配した友人が、部屋を訪ねて来て熱中症で倒れていた僕を見つけ、救急車を呼んでくれたらしい。





退院前に見舞いに来てくれた友人は、死んでるかと思って焦ったぞ、まだまだ夏はこれからなのに今から熱中症でぶっ倒れててどうするんだとお説教をしてくれた。


僕が、彼女を見なかったかと聞くと、怪訝そうな顔で部屋には誰も居なかったと教えてくれた。




黙った僕を見て、気の毒そうな、気遣うような表情を浮かべ、とりあえず身体休めて早く良くなれよ、と言って帰っていった友人の後ろ姿を、僕はぼんやり見送った。






彼女は、コトハは一人で行ってしまった。


僕を連れて行ってはくれなかった。




どうやら人間ではなかったらしい僕の大事な人のことを、僕もいつか、忘れてしまうのだろうか。




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