プロローグ
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【始まり】
雨が降ってきた。
雨は憂鬱だ。
濡れるし、ジメジメしているし、大抵上手くいかなくなって空もどんよりしている。
降り出した雨に溜息をつき、今日も俯きながら退屈な日常を辿っていた。
雨に染り始める景色を見て、
夏が始まる気配がした。
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【プロローグ】
目を覚ますと、夏の訪れを告げるように蝉達が力強く鳴いていた
身体を起こした途端に、容赦ない暑さが纏わりついてきた
僕は夏のむわっとした空気から逃げたくて、何処までも続く青い空を見上げた
青空の中には立派な入道雲が広がっていて、寝惚けている僕に"おはよう"と告げているみたいで何だか笑えた
暫く眺めていると、「にゃー」という声と共に、最近知り合った黒猫の"雨"が現れた
ちなみに、雨の日に知り合ったから僕が勝手に"雨"と呼んでるだけだ
「なんだ、雨も休みに来たのか」と声をかけると、
「にゃん」と一声鳴いて、僕の隣にまるまって直ぐに寝てしまった
ここは僕の家から少し離れた小さな公園で、散歩していたときに偶然見つけて以降、放課後に通うようになった
公園と言っても遊具は砂場くらいで、あとは木製でできた丸い机と、一際大きな横長のベンチが一つずつ置かれていて、それを頼りない屋根が囲んでいた。
僕と雨はその大きなベンチに寝転がるのが好きだ
ベンチの近くには、小さな手洗い場がぽつんと置かれている。
そしてこの公園の特徴といえば、公園の入口の角に、大きく立派な木が佇んでいた
それは何処か子供の頃思い描いた秘密基地を連想させるから
気が付くと、ここは僕達しか知らない秘密基地の様なものになっていた
ー最近までは、そうだった
再び静まり返っていた空間に、誰かが歩いてくる音がして、生い茂った草木に包まれる公園の入口に近づいてくる人影が見えた
こんな場所に来る物好きは、僕と雨、そしてもう1人しか居ないだろう。
「やあやあ!」と、愉快そうな挨拶をしながら、光太が僕達の間に割って入ってきた
「なあ蓮!ジュース持ってきたぞ!」
そう言う光太の手にはコンビニ袋が握られていて、中にはジュースが二つ入っていた
眠っていた筈の雨は、急な来訪者に起こされて気だるげに片目を開くと、小さく欠伸をして直ぐにまた目を閉じた。
光太と知り合ったのは、一週間前にここで僕達が昼寝している所を見つかってからで、それ以降は頻繁に遊びに来ていた
僕や雨の様な静かな雰囲気と違って、光太は太陽みたく眩しい雰囲気を纏っていた
光太は「今日も暑いなー」と言いながら眠っている雨を優しく撫でて、僕の隣に胡座をかくと、コンビニ袋からメロンソーダを取り出して僕に渡してくれた
「ありがとう」と受け取ったペットボトルの冷たさが心地良かった
目の前に広がる草木を見つめながら、何となく「退屈だな」と呟いた
そんな僕に光太はニコッと笑い掛けて、「じゃあ俺ら幸せだな」なんて言ってきた
そんなことを言うのが光太らしくて、「そうだね」と飲み込んだメロンソーダの味は夏の暑ささえも呑み込んだ
いつの間にか雨も起きて、ちょこんと僕の膝の上に座って光太を見つめていた
どうしたんだろうと思っていたけど、理由はすぐに分かった
雨はやたらと光太のポケットに手を伸ばしては、中の物を出してと言うようにポンポンと叩いていた
少しの間しらばっくれていた光太だったが、観念してポケットの中から猫じゃらしを出した
きっと雨を喜ばせようと、何処かで拾ってきたんだろう
猫じゃらしが大好きな雨は、光太と遊び始めた
そのタイミングと重なるように、僕の携帯が鳴った
僕に電話をかけてくるような関係の人が思い付かなくて少し戸惑った
だけど取り敢えず電話に出てみようと思って、ポケットから携帯を取り出した
確か、三コール目くらいだったと思う
それなのに、取り出した携帯の振動はもう既に消えていた
あれ、切れてしまったんだろうか
誰が僕に電話を掛けたのか確かめようと、履歴を確認してみた
しかし携帯画面には、光太と雨の三人で遊んだ時に撮ったいつもと変わらない壁紙が表示されているだけで、何の通知も残っていなかった
通話履歴にも、もう随分前に話した幼馴染の〈青葉〉との履歴が表示されているだけだった
確かに、電話の鳴る音がしたと思う
携帯も振動していた筈だった
暫くの間考え込んでいた僕の目の前に、突然猫じゃらしが現れた
「うわ!?」
驚いて顔を上げると、光太と雨が悪戯な表情を浮かべていた
「やったな雨!!蓮が驚いたぞ!」なんて言いながら楽しそうに喜ぶ光太と雨にむくれていたけど、あんまり楽しそうにしていたから、いつの間にか僕も釣られて笑顔になっていた