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8.特別なゲスト

 8.特別なゲスト


 昔、蛇を信仰する施設にあった”蛇の神の食事室”と

 現在、礼拝堂にある”陽のメイナを聖女に捧げる場所”の位置が一致するのは

 絶対に偶然ではないだろう。


 私は急いで担任の先生に、聖女の修行で使用する肉の”その後”を聞きにいった。

「あの、先生! 陽の気に転じた後のお肉って、どうしてるんですか?」

 先生はきょとんとした顔をし、何をいまさら……というように

「もちろん聖女様に捧げているじゃない」

 と笑った。いや、精神的な話ではなくて。物理的にどうするのかな、と。


「あのお肉、誰か食べるんですか?」

 私がそういうと、先生は大爆笑し、涙をぬぐいながら答えた。

「ああ、可笑しい。供物ですもの、食べませんよ」

 私はちょっとホッとした。食事に出されてなくて良かった。

「捧げた後はね、世界にお返しするの」

 え? と固まる私に、先生は決定的なことを言った。


「作業に使ってる、あの石の台座って、結構簡単に動かせるの。

 その下に肉がギリギリ落とせるくらいの穴が開いていているのよ」


 ひきつった笑いを浮かべる私を背に、

 先生はあーおかしかった、とつぶやきながら去っていく。


 あの肉を食べているのは私たちじゃなかった。

 地下で本当に”世界に還っている”なら良いのだけど。


 もし、妖魔が食べていたら……?

 でも陽のメイナを帯びた肉を妖魔が食べられるとは思えない。

 それに復活したなら、もっといろんな被害が出ているだろう。


 陽のメイナを地下に投げ続けることを決めた、

 聖女たちの思惑から推理するしかないか。


 ************************


 その数日後。教室に入ると、みんなが沸き立っている。

 あれ? 次の聖盾会はまだ先だよね?


「聞きまして? 素晴らしいゲストが視察にいらっしゃるんですって」

 なんだ、学校の客人か。とたんに興味が失せる。

「学園始まって以来の、貴い身分の素敵な方らしいわ。

 今回は視察に来るだけで、別に聖女(わたしたち)を見に来るわけではないけど

 もし見初められたらラッキーじゃない?!」 

 クラスメイト達はそう言ってはしゃいでいる。


 ファーラ侯爵令嬢たち三人も、私にいつもの意地悪をすることすら忘れて

「まああ、新しいドレスは間に合うかしら」

「お父様にお願いして、あのティアラを届けて頂かないと」

 などと大盛り上がりだ。

 良かった、()()()()()()のおかげで、しばらくは平和そうだ。


 そう思ったのは束の間で、三人娘はフフンと鼻で笑いながら近づいてくる。

 いや、私のことは思い出さなくていいです。

「平民には関係のないお話で、お寂しいことですわね」

「学業に専念いたしますわ」

 笑顔で答えると、イラっときたらしいファーラ侯爵令嬢が

「今回いらっしゃる方には絶対に、お近づきになるのを控えてくださる?

 実はその方と私、とても特別な関係ですの。

 とにかく、いつものように見境のない振る舞いは控えてくださいませ、ね?」

 私がいつ見境のない振る舞いしましたか? などとは聞かない。

 あなたの恋愛関係に興味ないよ、本当に。

 適当に返事をして受け流しておく。とても穏やかな気持ちだった。


 自室に戻り、白シギから手紙を受け取るまでは。


 ***********************


 ……ああ。今日は、そのゲストが来る日だ。

 学園は聖盾会以上に盛り上がっている。

 なんと不在がちの学園長までいらっしゃるのだ。


 逆にクルティラは隣国に調査しに出かけているし、

 リベリアも教員の一人として、事務室で忙しくしている。


 ファーラ侯爵令嬢が”自分と彼は特別な関係”と宣伝しまくったおかげて

 誰も着飾ったりはしていないが、あわよくば……みたいな雰囲気は充分にある。

 彼を迎える外苑は、せめて一目見ようという人でいっぱいになっていた。


 そして当のファーラ侯爵令嬢は、これ以上ないくらいの正装だ。

 裾が大きく広がる、羽飾りのついた派手なドレスに、

 有名な髪結いの人を学園まで呼んで、凝ったデザインに結い上げられた髪。

 それにはダイヤモンドが散りばめられたティアラが輝いていて、

 おそろいの大きなイヤリングやネックレスを付けている。

 どこかの女王様だって、もっと地味だろう。


 私はどこに隠れようか、いや、まずは変装しようか焦っていた。

 それ以上に気になるのは、ファーラ侯爵令嬢の発言だ。

 ()がまさか、あのファーラ侯爵令嬢と知り合いだったのも知らないし、

 だいたい特別な関係って。その不快感は容易に拭えなかった。


 とりあえず、みんなとは逆の場所を目指し東屋を目指す。

 ここで大人しくしていれば、そのうちリベリア辺りが迎えに来てくれるかな。

 と、その時。



 明らかに歓声ではない絶叫が、向こうから聞こえてくる。

 あれは、悲鳴だ。


 私が慌ててみんなの集まる外苑に向かうと、

 そこには上空をブンブンと飛び回る、一匹の巨大な妖獣がいた。

 あれはシューラ。蜂のような姿をした肉食の魔物だ。

 素早い動きで獲物を捕らえ、あっという間に毒針を差して麻痺させ

 その場で(しょく)すか、巣へと持ち去ってしまう。


 すでに狙いをつけられた学生が恐怖のあまり座り込んでいる。

 これは人を呼んでいる時間など無い。

 下からでは攻撃できないため、私は一瞬で近くの木の枝に飛び乗って、

 シューラの羽の付け根を狙ってメイナの炎弾を手先から放ち、叩き落す。

 この妖魔の固い外殻を狙うよりも、手っ取り早い倒し方だ。


 すると、こちらに向かって3匹のシューラが飛んできた。

 ちょっとまずいな、人目もあるのに。でも、やるしかないか。


 私が構えると同時に、3匹の蜂の妖魔は一陣の光になぎ払われた。

 バラバラで飛んでいたのに、その位置を正確に把握し

 一閃で外殻もろとも焼き切ったのだ。


 ……今日の、スペシャルゲストが到着したらしい。


「お着きになりました!」

 誰か職員の叫び声が聞こえる。

 私がため息をついていると、すごいスピードで

 火竜サラマンディアがこちらに一直線に飛んでくるのが見えた。

 いや、まずいでしょ! ハンドサインで知らせるも、間に合わなかった。


「怪我はないようだな」

 温かい目で私に微笑みかけ、私の腕を引き、火竜に乗せる。

 どさくさに紛れてぎゅっと抱きしめられる。

 ……もう、どうにでもなれ。


 そこに、先ほどの職員の声が響いてきた。

「皇国より、将軍ルークス・フォルティアス様のご到着です」


 特別なゲストとは他でもない、我が婚約者ルーカスだったのだ。


 *********************


 火竜はゆっくりと外苑に降り立ち、私たちを下した。

 そして彼は先生方や生徒が並ぶところに歩いていく。

 彼とともに来た皇国兵士がシューラの残骸の処理や

 付近の見回りを手際よく進めていく。


 私がさり気なく消えようとしたら、ルークスが振り返った。

「どこに行く? 一緒に来れば良いだろう」

 ううう、それは……。でも、仕方なくついていく。


 先生も生徒もみな、一斉にカーテシーで彼を迎えた。

 ルークスは立派で美しいボウ&スクレイプ。

 一般人が相手であり、任務でもないため、軍隊式の挨拶は控えたらしい。

 みんなからため息が漏れる。


 そして落ち着いているが、よく通る声で

「ルークス・フォルティアスと申します。

 急な視察を了承していただき、深く感謝いたします」

 と学園長に挨拶をした。

 学園長はいつものようにニコニコと挨拶を返し、

 学生を助けてくれたお礼を述べる。


 私はその背後に立つファーラ侯爵令嬢が気になって仕方なかった。

 彼女は初めウットリとルークスを見ていたが、

 私に気が付くと、それは鬼の形相に変わった。魔獣より怖いよ。

 エセンタ事務長はそんなファーラ侯爵令嬢を見てオロオロしていた。


 するとルークスの補佐官が、一歩前に出て敬礼後

 学園の人々を見渡しながら意外なことを尋ねた。

「視察の前に、将軍に謁見をご希望だと承いましたが

 それはどなたでしょうか」

 するとエセンタ事務長が手をあげながら前におどり出てきて

「はいはいっ! こちらのお嬢様ですっ!

 こちら、ファリール国 侯爵令嬢のファーラ様です!

 この方は成績優秀で見目麗しく……」

 そんな口上を遮るように、補佐官が続けた。

「将軍は大変お忙しい身です。

 本来、謁見も皇国を通していただきたいと何度もお断りいたしましたが

 とても重要な質問があるとお伺いしましたので、お時間取らせていただきます。

 それは、どのようなご用件でしょうか」


 ……なんだ、そういうことか。

 青ざめるエセンタ事務長と引きつるファーラ侯爵令嬢。

 ”自分と特別な関係”を匂わせまくっていたのに、

 知り合いですらないことや、

 謁見をしつこくねだったことまで暴露されてしまったのだ。

 この補佐官、そのしつこさがよほど腹に据えかねていたようだ。


 それでも、この機会を逃すまいというように

 ファーラ侯爵令嬢が()()を作りながらずいずいと前に出てきた。

「お目にかかれて光栄ですわ。

 ワタクシ、父がこの国の宰相を務める……」

「大変恐れ入りますが、()()そのご説明は不要です。

 ()()()()()()()()()()ので、どうぞおっしゃっていただけますか」


 ファーラ侯爵令嬢は目を見開いて固まる。まだ、分かってなかったのか。

 どうして”皇国の将軍”と直接会話ができると思っていたんだ?

「いえ、あの、わたくし、ええと……」

「大変重要なご質問とのことでしたが」

 追い詰められたファーラ侯爵令嬢は、苦し紛れにまさかの質問を吐き出したのだ。

「あの、将軍様の()()をお聞きしたいと思いまして」

 凍り付く一同。特に補佐官の顔は能面から一瞬で怒りの形相になりかけた。


 学生の中でも、一般市民の特待生はあまりピンと来ていないようだが、

 親がある程度の爵位のものは、思わず息をのむほどの失礼な発言だ。


 通常、ある程度上位の階級の者に対して戦歴を聞くのは、

 侮辱以外の何物でもない。少なくとも、かなり上から目線の挑発だ。

 ”あなたが成したことなど誰も知らない。たいしたことない奴だ”

 といっているようなものだから。

 ましてや相手は皇国の将軍であり”皇国の守護神”だ。


 ファーラ侯爵令嬢は、今まで聖盾会で会ってきた貴族の子息が

 こぞって自分の戦歴を話してくるのを知っていただけに、

 どんな騎士でも自分の戦歴を語りたいのだ、と勘違いしていたのだろう。

 だから皇国の将軍(ルークス)だって嬉々として話し出すのでは……などと。


 凍り付いた空気を感じたファーラ侯爵令嬢は

 ”しまった!”という顔をするが、もう遅かった。

 穏やかな学園長が前に走り出てフォローする。

「とんでもない、この国にもいろいろ聞き及んでおります」

 エセンタ事務長は泣きそうな声で

「いろいろありすぎて! 分からなくなってしまうくらいで!」

 となんだかよく分からない言い訳を侯爵令嬢の代わりにしだした。


 元の能面に戻した補佐官は冷たく言い放つ。

「将軍の戦歴は皇国で公示しております。どうぞ書面にてご請求願います」

 何も言えず、ワナワナと蒼い顔で震える侯爵令嬢。

 だけど失点を取り戻そうと粘ったのだ。

「あの、お時間取らせたお詫びに、学園のご案内をワタクシにお任せくださいませ」

 エセンタ事務長まで飛び出てきて

「そうですそうです、ファーラ様が最適ですわ!」

 と叫びながら、首がもげるほど頷いている。


 だんだん読めてきた。

 おそらく彼女はみんなに抜け駆けしようと、事務長を買収したのだ。

 先に会って、自分を案内役としてしゃしゃり出るために。


 ルークスの補佐官は、こういうの慣れっこなんだろうな。

 本当に重要な相談かどうかなんて、とっくにお見通しなんだろう。

 フォルティアス家とお近づきになりたい国や貴族なんて山ほどいる。


 私はなんとなく、寂しい気持ちになった。

 それを吹き飛ばすかのように。


「いや、結構だ。案内役は彼女に頼む」

 とルークスがこちらを振り返る。

 いつもの優しい笑顔に、学生がどよめく。



 補佐官も承知していたようで、後はスムーズだった。

 学園長とともに奥へと促され、打ち合わせの後、

 本来の目的である”礼拝堂の視察”へ向かったのだ。


********************


 だからその後のことは知らなかった。


 ポツンと残され、立ちすくむ派手な衣装のファーラ侯爵令嬢が

 あまりにも道化のように滑稽(こっけい)で、何人かの生徒が笑い出したこと。

 

 それに対し侯爵令嬢が怒り狂い、周囲の学生だけでなく

 取り巻きの二人やエセンタ事務長にも当たり散らし大暴れしたこと。


 そして最後に、ものすごい形相で

「全部あの女のせいよ。絶対許さない。地獄を見せてやるから」

 と繰り返していたことを、リベリアが教えてくれたのだ。

 もう、嫌な予感しかしなかった。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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