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6.伝説と妖魔の新情報

 6.伝説と妖魔の新情報


 いよいよ今日は婚活パーティー、もとい聖盾会の日だ。

 町への外出は許されていないため、

 これはもう、図書室あたりでじっとしているしかないな。


 そりゃ本当は近隣諸国の人からも情報収集したいけど、

 たとえ品定めされる場だとしても、

 この学園の生徒にとっては一番の勝負日だ。

 邪魔をするようなことはできるだけ避けようと思った。


 誰かの目的や願いに、他人が優劣を付けるわけにはいかない。

 彼女たちにとっては本当に選ばれることが幸せなのだから。



 そう思い、さて、この国の歴史でも調べるかと本を積んだところに。


「あらあ、こんなところにいましたわ。制服のままで」

 まさかのファーラ侯爵令嬢の登場だ。え? なんでいるの?

「人気のないところで待ち伏せなんて嫌らしいですわね。制服のままで」

 ポエナ伯爵令嬢が、こぶしを胸の前であわせ、太った体を震わせる。

 図書館で待ち伏せて手に入れることができるのなんて、返却本くらいでは?

「あ、あの隅に制服で座っているのが、先ほどお話した……あの……」

 気弱なパトリシア子爵令嬢は、おどおどと後ろの誰かに話している。

 制服、制服うるさいわ。

 後ろは誰だよ、相手になってやる、かかってこいや。

 そう思っていたら。


 想像以上の数の男性が、どわっと図書館になだれ込んできたのだ。

 三人娘も押されるように中に入ってくる。

「え? どれ? どの子?」

「ちょっと、押すなよ。あそこの、え? 可愛い……」

「男に見境(みさかい)ない聖女様はどちらですかあ~って嘘だろ!」

「貧困で結婚に焦ってるって聞いたぞ? ……おお! 美人じゃん!」


 彼らが口々にする言葉のおかげで、

 三人娘がどういう風に私のことを言いふらしたのかよくわかる。

 以前、教室でファーラ侯爵令嬢言っていた

「いらっしゃる方々には忠告しておかないとね」

 というのは、こういうことか。

 かなり大仰に男好きで()()()()()悪女と伝えたんだろう。

 そしてそれをおおいに広めた後、彼らに徹底的に避けられたり、

 馬鹿にされるところがみたくて、わざわざ連れて来たのだろう。

 せっかく悪評を広めたのに、本人の耳に入らないんじゃ意味ないから。


 しかし彼女たちが煽りすぎたのだろう。

 ”異性関係にだらしのない聖女”という相反する情報が

 逆に彼らの興味を引いてしまったのだ。


 残念ながら、売られた喧嘩は買い占めるタイプなの、私。


 押し寄せた彼らの反応で、だいたいの流れはつかめたわ。

 これは怒ったり泣いたり、事実を説明するよりも

 もっと効果的な方法がある。


 私は優雅に立ち上がり、カーテシーで挨拶する。

 彼らの間からどよめきが起こる。

 私はとびきりの笑顔で挨拶した。

「皆様、ようこそトリスティア学園へ」


 彼らの顔は一瞬で上気し、ガタガタとぎこちなく礼を返してくれる。

 私は片手を頬にあて首を傾げ、不思議そうな顔をする。

「皆様おそろいで、いかがされましたか?」

 眉毛をつりあげてファーラ侯爵令嬢が叫ぶ。

「まあああ! 普段と大違いねっ! 急に猫をかぶっても無駄ですわよっ」


 私はあえて、ぽかん、という表情を作り、

 首をかしげて彼らを見やる。

 彼らは照れながらも、一生懸命私に説明してくれた。

「いやー侯爵令嬢から”ふしだらな生徒がいるから気をつけろ”って言われて」

「聖盾会で貴族や金持ちを見つけると寄生虫のようにくっついて離れない女だって」


 私は驚いた表情のあと、吹き出す。

「私は先日学園に入学したばかりですわ。

 すり寄ろうにも、聖盾会は今日が初めてですから。

 ふふふ、私が”ふしだら”ですか。……そう見えます?」

 そういって、いたずらっぽく笑うと、全員がブンブンと首を横に振る。

 もはや乱入してきた男性陣は全員がデレデレだ。


 三人娘よ。よく覚えておくがよい。

 男の人というのは”評判”というのを、女ほど気にしないものなのだよ。

 ”ふしらだら”や”男遊びが激しい”たとえそれが本当でも嘘でも。

 可愛いは彼らにとって正義だ。


「いや、そんな、こんなに可愛い人が」

「ホントだよ。こんな美人、俺が寄生虫になって離れたくないよ」

「え、本当にお金に困ってるならいくらでも相談に乗るよ?」

「モテるだけだよなあ。なんだ、女の妬みかよ」

 あははは、うふふふと笑いあう私たちを見て、

 ファーラ侯爵令嬢は怒りに震え、ポエナ伯爵令嬢は鼻息荒く悔しがっている。

 パトリシア子爵令嬢はそんな二人の様子に怯えていた。


 よっしゃ。これはチャンスだ。

 私はちょっと悲し気に、困ったように話し出す。

「私はまだ入学して本当に間もないため、

 聖女として皆様にお会いできるには未熟ですの。

 だから今日はこちらで、いろいろ学ぼうと思って」

 そして全員を見て。

「この中で、聖女と守護騎士の伝説に詳しい方はいらっしゃるかしら?」


 俺知ってるぜ、僕が詳しいです、待て伝説といえばやっぱ俺が。

 図書室に、次々と沸き上がる雄たけびの声。

 それを割るように、一人の男が前に出てきた。

「伝説の守護騎士の血縁の話はどうかな? 

 おそらく、皆が知らないことばかりだよ」

 一本釣り成功。ガルク国王子、まさかのご登場だ。

 ファーラ侯爵令嬢、やるじゃん。顔が広いんだね。


 **********************


 いつしか、図書館には女子の学生も集まっていた。

「そういえば、あまり詳しくは知らないわね」

 と彼女たちも言い、みんなでワイワイと、

 お互いが知っている情報を持ち寄って

 聖女と守護騎士の話をおさらいすることになった。


 ”この山は昔、蛇がたくさん住んでいた。

 蛇と言っても大蛇や毒蛇なんかじゃなくて、比較的おとなしい種類の蛇。

 それを目当てに、蛇を神として信仰する民族がこの地に移り住んだそうだ。

 温和でおとなしい民族で とても平和に暮らしていたって。


 でもある時期、いきなり蛇の数が激減した。

 それだけじゃない、山に住む動物もどんどん姿を消していった。


 ある日、蛇の神様の祭壇の部屋へと祈りをささげに行った信者が戻らない。

 心配した仲間が様子を見に行くと、そこには脱ぎ捨てられた衣服と。

 毛髪のかたまり、そしてほんの少しの”人の皮”が残されていたそうだ。


 やがでその理由が明らかになった。

 巨大な蜘蛛(くも)の妖魔が、その宗教施設に住み着いたのだ。

 目撃した信者の話だと、蜘蛛には巨大な目があり、

 その目に見つめられると恐怖で動けなくなる。

 そして口から牙を出し、獲物の体に刺すのだ”


 それを聞いて小さく悲鳴をあげる女子生徒たち。

「毒蜘蛛だったの?」

 怯えた様子の一人が尋ねると、それを話していた人は否定した。

「いや肉食の蜘蛛は、消化液を獲物に注入して体外消化で獲物を溶かすんだ」

 確かにバードイーターと呼ばれる大型の蜘蛛は、蛇を食べるのだっている。

 この妖魔の原型は、その種の蜘蛛だったのだろう。

 そして信者は、中身を溶かされて食われたのだ。


 ”宗教集団は次々と被害者が多発したうえに、

 周囲に”邪教のせいで妖魔が現れたのでは?”と糾弾されたため、

 施設などをそのままに、逃げるようにこの山を立ち退いていった。


 しかし妖魔は近隣の住民や家畜も襲うようになってしまった。

 そこでファリール国王は、誰か倒せるものはいないかとお触れを出したのだ。


 そこでファリールの神官だった娘と、

 その娘の知り合いだったらしい、隣国の守護騎士が名乗りをあげた。

 『私たちが倒してみせます』と宣言して”


「そうなんですね。それで、倒したと。

 立派な方だったんですね」

 私がそういうと、首を横に振りながら、

 ガルク国王子がとっておきの秘話を話してくれた。


自国(ガルク)の記録では、その守護騎士は結構な問題児だったみたいだ。

 その当時の王家の、いとこの孫だったかな?

 甘やかされて育てられ、学問も政治も、剣の腕前も全然だめ。

 それどころか、次々と異性関係や借金などで問題を起こし

 早くなにか手柄を立てないと、後がない状態だったらしい」


 えええ本当に?! と驚く私たち。

 なんか、全然イメージと違うんですが。


「最初、いったん退治に向かったそうだけど、

 チラッと見たくらいで、すぐに戻ってきたそうだよ。

 ”ものすごい強気で出かけた割に情けない”って彼の親からの手紙が

 当時のガルク王宛ての手紙に残されてるからな。

 しかも、それにはファリールで()()()()()も作ってきたとあってさ」

 うわー、王族の書簡は確かに長期保存するものだけど、

 それは恥ずかしい記録だなあ。


「でも、最終的には倒したんだからすごいよな」

 誰かがとりなすようにいうと、ガルク国王子は複雑そうな顔をした。

「まあ、再挑戦して成功したんだからな。

 でも2人じゃ無理だと悟ったのか、いったん帰国した時に、

 王家も実力を認めていた若い兵士と、

 その恋人の魔術師を強制的に連れていったそうだ」

 他の人たちは、もともと2人では無理だよな~などと話しているが、

 私は強い違和感を感じていた。兵士に、魔術師?

 どうしていつもの伝説には出てこないの?


 考え込む私をよそに、みんなの興味はお互いに移っていたようだ。

 図書室の中は、聖女と守護騎士の話からすでに話題が変わり

 和気あいあいと、自分の国の話や今日の服装などで盛り上がってきていた。

 ま、本来の目的に戻ったということか。

 私は気配を消して、そっと図書室を出る。


 手には紙とペン。早くどこかで、メモしないと。

 そう思って、その辺の化粧室の個室に入る。

 そして書き出そうとした瞬間。


 ドタン! バタン! とドアに何かが当たる大きな音がした。

 何事?! と思い、ドアを開けようとしたら開かない。

 クスクスと笑い声がして、走り去っていく複数の足音。

 ちょっと焦ったが、まあ後でメイナで何とかするか、と思い、

 とりあえずメモを書き出すことにした。


 そして一通り、書き終わるころ。

 ドアの向こうから、小さな声が聞こえる。

「大丈夫よ、いま、開けられるようにしますからね」

 この声は、スタービル先生だ。


 そして、よいしょ、と言いながら、何かを運ぶ音がする。

 私がもう一度ドアを開けようとすると、今度は難なく開くことができた。

 ドアの向こうには、優しい笑顔のスタービル先生がいた。

「……ありがとうございます」

 そうか。私、トイレに閉じ込められたんだ。

 三人娘の顔が浮かんだ。

「今回はあなただったのね」

「今回は?」

 聞けば聖盾会のたびに、化粧室に閉じ込められる子が出るらしい。

 ……まったく。この学園は。


「さ、みなさんのところにお戻りになって」

 そういう先生に、私はついうっかり本音を言ってしまう。

「いえ、私はいいです」

「あら、どなたにも興味ないのね?」

 そういって笑う先生に、私はそんなことはないけど……と口ごもりつつ

「やりたいこと、やらなきゃいけないことがいっぱいあるから」

 というのが精いっぱいだった。

 先生はそれを聞いて嬉しそうに、

「それは素敵なことね。……私ね、何かを目指す人を、

 支えたり応援できる仕事がしたくて先生になったの」

 私は入学して間もないけど、この先生が学園内で、

 教師仲間にも生徒にも軽んじられているのを何度も見ていた。


 ゆっくり二人で廊下を歩きながら、

 この優しい先生が、ちゃんと報われる学園になれば良いなあと願った。


 *****************


 先生と別れて、私は人気(ひとけ)のない、学校裏の山道を歩いた。

 学園内は招待客がうろついて落ち着かない。

 それにこの山をゆっくり調べてみたかった。


 その時。

 ぴん、と張り詰める気配がした。


 それがだんだんと強まり、


 すぐ近くになり……


 そして、ゆっくりと薄れていった。


 私の背に冷たい汗が流れる。

 周囲は何一つ変わっていない。鳥すら飛んでいないのに。

 なぜ、こんな場所で……

 禁忌の兵器”古代装置フラントル”の気配を感じたんだ?


最後までお読みいただきありがとうございました。

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