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5.聖盾会という名の……

 5.聖盾会という名の……


 礼拝堂があった場所には、おそらく蛇を神として祀る神殿か何かがあったのだ。


 あの蛇の描かれた建物と、礼拝堂が校舎から離れた場所にある理由は

 きっと何か関連があるのだろう。ただ再利用したにしては不自然すぎる。

 まずはこの土地の歴史について、深く掘り下げる必要があるな。


 そんなことをぼんやり考えていたら

 教室の隅から歓声が聞こえた。

「ウルバリア公爵のご子息が参加されるのね」

「エランドットの伯爵もよ!」

「あら、お隣のガルク国王子もいらっしゃるわよ」

 何の話かと思って隣の子に尋ねると

「もちろん今度の聖盾会(せいじゅんかい)に来るゲストの情報よ」

 聖盾会って? というと、目を丸くして驚かれた。

「……あなた、こちらに何をしにいらしたの?」

「え?!」

 そこまで言われることなの?!


 詳しく聞いて、私はあまりのことに脱力してしまった。

 聖盾会とは”聖女と守護騎士の出会いの場”で、要は婚活パーティーだ。

 近隣諸国の貴族たちが月に1、2回やってきて、

 聖女のような娘たちの中から未来の妻を選ぶのだ。

 だから彼らに見初められるよう、みんな頑張っているそうだ。


 この学校、なんか変だなとは思っていたけど。

 もともとそういう目的で作られた学校なのか。

 生徒がお互いを激しく牽制しあう理由もわかってしまった。


 私の気持ちが急降下するのに気づくことなく、

 隣の子は楽しそうに話を続けた。

「学園長がお声かけしてくださって、

 たくさんの騎士様を集めてきてくださるのよ」

 不在がちなのは、そんな理由だったとは。


「聖女はともかく、近隣の貴族を守護騎士に見立てるのは

 ちょっと無理がありそうだけど……」

「あら、そんなことなくてよ?

 それに隣国のガルク国王子なんて、伝説の守護騎士の血縁ですし」

 知らなかった! 守護騎士は地元(ファリール)出身じゃなかったのか。

 もしかすると伝説の詳細について、

 何かしら新しい情報が得られるかもしれない。


 私がそんなことを考えていたら、嫌味な声が横から聞こえてきた。

「この子、王子と聞いて目の色変えたわよ、浅ましい」

「嫌だわ、ずうずうしい方ね」

 ああ、例の三人娘が近くにいたのか。

 ファーラ侯爵令嬢は何でもない日なのに着飾っており、

 常に戦闘態勢なのは評価できるが、教室の机の間を歩くのには不向きだろう。

「来ていく服もなさそうなのに。恥ずかしくないのかしら」

「制服で参加するんじゃない? ウフフフ」

 ポエナ伯爵令嬢が小太りの体をゆすりながら笑っている。

 その横でパトリシア子爵令嬢は私ではなく、

 ファーラ侯爵令嬢ばかり見ていて、愛想笑いが顔に張り付いている。


 ……ここの制服はツヤのある紺色の生地に白い襟のワンピースだ。

 袖がふんわり膨らんでいたり、スカートがフレアーだったり

 それなりに可愛らしいと思うのだが。


 制服派と私服ドレス派の違いは、言葉を選ばず言うなら、

 ”陽のメイナ生産で聖女アピール要員”か”金づる要員”か、の違いだ。

 私を含め、メイナを扱える特待生はみな制服を着ている。

 そしてお金を積んで入った人たちは平日もドレスで過ごし、

 もちろん礼拝堂へ行く義務もない。

 まあ行ったとて、何もできないだろうけど。


 最初は聖女育成を掲げているのだから、

 形だけでも全員がトレーニングすべきでは? なんて思ってたけど、

 聖盾会(せいじゅんかい)の話を聞いて吹き飛んだ。

 でも私たちが作り出す”聖女のイメージ”を、

 彼女たちが消費するのかと思うと、ますますやる気がなくなるが。


 ファーラ侯爵令嬢たちは、ニヤニヤと嫌な笑い方をしながら去っていく。

「いらっしゃる方々には忠告しておかないとね」

「ええ本当に。皆に広めておかなくてはいけませんわ」

 と、ちょっと含みのある言葉を言い残して。


 ************************


 今日は宿にあるクルティラの部屋で中間報告会だ。

 私が先に知らせていた情報を、二人がより詳しく調べてくれていた。

 と、その前に。


「ちょっとリベリア! なんで言ってくれなかったのよ!」

 私はそう詰め寄ると、涼しい顔でリベリアが答えた。

「そもそもですわ。”聖女を育てる”なんて名目の学校、

 胡散臭(うさんくさ)いにもほどがありますわ。

 もし”神を育てる”という学校があったらどう思います?

 学校が掲げる目標が”人物”や”役職”と言う時点で詐欺の集団です。

 本来掲げるべきは”理想の概念や何を学ぶ場であるか”ですわ」


 ぐうの音も出ないが、

「それでも聖女を目指すくらいだから、もっと、こう……」

 清廉でたおやかな子が集まるのかなーなんて、思ってたのに。

 それを聞いてリベリアはふっ、と笑って言った。

「”お金持ちになれる”という情報に集まるのは貧乏人です。

 ”美しくなれる”という話題なら、自分の容貌に不満のある者です」

 親がわが子を学園に入れるとしたら。

 できれば聖女のようになって欲しいと願うということは。

 ……推して知るべし。

「もしくは”聖女”の付加価値がなければ()()にならないと、親が判断したのでは?」

 相変わらず手厳しいリベリアの物言いに、私が泣けてきた。



 クルティラがとりなすように、調べてくれたことを報告する。

「すぐにわかったわ。別に隠してもないみたい。

 元々は学園のある山には、蛇神信仰の山村があったみたいよ」

 この山には昔から蛇が多かったそうだ。

 そしていつしか、どこからか灰髪赤目の異民族が住み着いたらしい。

 およそ300年前というから、聖女の件よりずっと先だ。


 そして地中を好む蛇、おそらくジムグリ系の蛇を祀っており、

 深く掘った地下に独特の建築物を建造していたそうだ。


「ファリール国民は怖がらなかったの?」

「全然。蛇をあがめるといっても、とても大人しい民族で

 ファリール国民ともそれなりにうまくやっていたそうよ。

 逆に金運を上げるという評判を聞き、

 ファリール国民もたまに参拝することもあったくらいだって」

「じゃあ、どうしていなくなったの?

 建物も壊されて、乗っ取られてる形だし」

 私がそう聞くと、クルティラはうなずいた。

「例の聖女伝説がきっかけよ。

 妖魔が現れたのが、その教団の施設だったのよ。

 それで全員、逃げ出したみたい」

 なるほど。つながってきたな。


 その跡地に礼拝堂を建てたってわけか。

 つまりは、”聖女が妖魔を倒した記念すべき場所”でもあるわけか。

 そこで陽のメイナの訓練をするのは、

 聖女アピールとしては理解できるかもしれない。


 でも、わざわざ現場でなくても良い気がする。

 なんせ、本当の力があるかどうかなんて、

 聖女の卵も、近隣から集まる守護騎士も、誰も気にしてないのだから。

 学園の自己満足にしてはおかしな話だ。


 考え込む私に、リベリアは先生方より入手した、

 理事長関連の情報を話してくれた。

 理事長は世襲制で、絶対に部外者にはさせないことが初代の遺言だそうだ。

 直系の家族のみが、運営について記された書を読むことができると。


「その書を読めば、結構いろいろ分かりそうだね」

 私がそういうと、リベリアは首を横に振った。

「現理事長が、燃やしてしまったと言ってるそうよ」

「えええ?! それって燃やしても良いものなの?」

「他の先生もそれを尋ねたら『たいしたことは書いてないから』って」

 まあ運営なんて始めてしまえば、特に書を開くこともないのだろうけど。


 リベリアはいたずらっぽく笑った。

「それでね、例の怪談も、詳しく聞いたの」

 例の、理事長が学園内で死ぬって話ね。

「違ったの。誰も死んでないの」

「なんだあ。まあ怪談の現実なんてそんなもんよね」

「死ぬんじゃなくて、消えるんですって」

「え?!」

 そもそも初代の聖女も、数年後に忽然と姿を消したそうだ。

 夫の守護騎士もすぐに彼女を探しに行って、そのまま帰ってこなかったと。

 結局、残された娘が学園を継いだらしいが、

 その娘も成長し子どもの手が離れたころ、学園内を散歩すると言って消えたそうだ。


 そうして歴代の理事長、つまり聖女の子孫は、

 学園内で必ず行方不明になるということだ。

 そういえば前理事長の話も、礼拝堂で姿を消してたな。


 リベリアが声を潜めて続ける。

「この話の、一番怖いところはね……」


 理事長が謎の失踪を遂げても、学園は絶対に、捜索しないの。

 急にいなくなっても絶対に深く探してはならないし、

 国や軍隊などに頼るのはもってのほか、なんですって。

 それが守護騎士の残した掟だって。


 ”絶対に、探すな。

  待っても戻ってこなければ、それで終わりだ”


 この掟を破って昔、いなくなった姉の理事長を探して、

 その妹が探し回ったそうなんだけど、

 結局、その妹も消えてしまったそうよ。


 探した者もみな消えてしまう、というわけなの。

 だから誰ももう、探しにはいかない。



 思ったよりも闇が深そうで、私たち三人は黙るしかなかった。




最後までお読みいただきありがとうございました。

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