4.怪しいウワサ
4.怪しいウワサ
相変わらず学園内では、身分や容姿、持ち物などを自慢しあい、
それらが劣るものに対して容赦のないあざけりやいじめが横行していたが
私は地道に調査を進めていった。
……こういう環境では、目立たないのが一番だし。
まず発端となった”穢れ”の出所だが、
それは霞のように漂うばかりで流れが無いため、
なかなかはっきりとした出所がつかめずにいた。
古代装置についても、なんの手がかりもなかった。
もし古代装置が学園内のどこかにあった場合、
”髪の毛を一本引っ張られるような”嫌な感覚があるため
私にはすぐに分かるはずなのだが。
授業と言えば、最初にクルティラが指摘した通り、
ここではメイナを陽の気に転換させる”陽転”の練習に力を注ぐ。
むしろ、それだけが”聖女としての学び”とされている。
他の授業は立ち居振る舞いなどのマナー教室や教養的な授業か、
楽器や絵画、歌といった芸術的な内容ばかりだ。
別にまあ、本物の聖女とやらになって、初代の聖女同様に
どこかの魔獣を倒しに行くつもりの娘は皆無だろうから
それで良いのかもしれないけど。
それなら陽転の訓練というのも必要ないのでは?
誰かに”なんか聖女っぽいことしてみろ”
とか言われた時のためにだろうか。
それにしては熱の入れようが半端ない。
極めつけは”メイナを浄化以外で使ってはいけない”ということだ。
中庭に、例の穢れが元になって小さな妖魔が湧いた時、
軽く片手でパチン、と消滅させたら、それはもうめちゃくちゃ怒られたのだ。
プレサ主幹教諭がドレスを左右の手で掴んでダッと駆け寄ってきて、
「ちょっと! あなた! 今何をなさったの?!」
「え? あ、あの小さな妖魔がいたので……」
「んまあ! 校則をきちんとお読みになったら?
”メイナの力は全て聖女に捧げるべし”でしょう!」
キイキイと怒る説教を要約すれば、学内でメイナを扱うのは、
礼拝堂での授業中のみ、だという意味なんだそうだ。
たとえ今回みたいに妖魔が現れても、用務の人を読んで処理してもらえ、と。
なんだかよく理解できないけど、
世の中の校則には常識を超えた者や不思議なもの、
合理性とはかけ離れたものが存在する、と聞いたことがある。
「そんな余力があったら、どんどん陽転させることに使いなさい!」
などと怒鳴ってくるプレサ主幹教諭を眺めながら、
そう自分を納得させたけど、ちょっとおかしい教育方針に思える。
少なくとも”人の役に立つ聖女”を作りたいわけではないのは確かだ。
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そして入学後、他の新入生とともに、初めて礼拝堂へ案内された時。
私はさらに不可解なものをみつけることになった。
そこは学園内にあるわけでも、併設しているわけですらなかった。
なんと校舎から馬車に乗って15分。馬車を降りてから10分も歩くのだ。
なんで、こんな不便なとこに建てたんだろう。
そのせいか礼拝堂への授業は週に一度だけ。
無限にみずからメイナを生み出すことが出来る私と違って、
(もちろん学校側には秘密にしているが)
この学園のほとんどの子は、自然界に漂うメイナを集めるだけでも
かなりの時間がかかるのだ。
一週間、学園周辺に漂うメイナをがんばって集めて、
週に一回、なんとか”出力”していた。
だからこそ、妖魔退治とかで使うと”もったいない!”
などと キーキー言われちゃうのだろう。
日曜日以外の月曜から土曜日のうち、私は土曜のクラスになった。
到着し、とりあえず見たところ普通の礼拝堂だった。
でもなんだか妙に新しい。どこか取ってつけたような感じがある平屋だ。
「まるで後から増設された建物みたいね」
一緒に馬車から降りたクラスメイトがつぶやく。
中に通されると、あまり広くはなかった。
飾りも家具も極端に少なく、閑散としている。
そして妙な違和感を感じた。なに? この臭い。
中央奥に祭壇と、祈りを捧げる場があり、
それ以外の場は椅子さえ置いてなかった。
そして祭壇の奥には仕切り用のカーテンがかかっている。
「あの裏に、陽のメイナを聖女に捧げる場所があります」
案内役の先生の言葉を聞き、私は唐突に思い出した。
それは、それなりに周囲と仲良くなり、
母親もここの卒業生だという子から聞いた話だ。
そんな彼女の口から最初に出たのは、やはり”学園の怖い話”だった。
”現理事長は、学園には絶対に近づかない。
何故なら、先祖が倒した魔物の呪いがあるから。
歴代の理事長は学園付近で、次々と不審な死や失踪を遂げている。
先代も、先々代も、その前も……”
という例のやつだ。ずっと昔から有名らしい。
しかも彼女の母親は、前理事長が失踪した際の当事者だったそうだ。
事の顛末は、こうだ。
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今の理事長の母、前理事長は、めったに学園に寄り付かない人だった。
生徒の目にも、常に何かに怯えているようにも見えた。
たくさんのお守りを肌身離さず持ち、
学園内では独りにならないように気を付けていた、と。
それでもファリール国王に生徒が、何かの賞を授与されることになり、
久しぶりに式典に参加することにしたそうだ。
そしてその日、呼び出しがかかったので、
前理事長は侍女を従えて礼拝堂へ向かった。
礼拝堂には先に、表彰される優秀な生徒や先生たちが待っていると
侍女も前理事長から聞いていたそうだ。
2人で礼拝堂に入るその瞬間、前理事長の後ろを歩いていた侍女は、
ふいに誰かに呼ばれたと思い、振り返ったそうだ。
しばらく呼んだ主を探してキョロキョロしたが、誰もいない。
気のせいか、と礼拝堂に入ろうとした瞬間。
前理事長の悲鳴が聞こえたそうだ。
はなして! はなして! と叫ぶ声が。
慌てて礼拝堂に飛び込むと、先に来ているはずの生徒や先生は誰一人おらず
前理事長の姿も消えていたんだと。
ただ、供物をささげる場所のそばに、
理事長が常に身につけていたお守りが落ちていたそうだ。
真っ二つに引きちぎられた状態で。
「でね、うちの母が、その優秀な生徒の一人だったんだけど、
母が言うには、学園長に”集まれ”と言われたのは礼拝堂じゃなくて、
講堂だったんだって。礼拝堂なんて、他の生徒も先生も、
誰も言ってないし、聞いてなかったって」
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タイミング悪く、そんな話を思い出してしまった私に
案内役の先生は、早くいらっしゃい、と手招きした。
他の生徒と一緒に、祭壇の奥のカーテンを分けて中に入った。
そして。
礼拝堂に入ったときから感じていた妙な違和感の理由が、
この部屋に入ることでハッキリした。
石の台座に、大きな動物の肉のかたまりが置かれているのだ。
お肉?! とみんなで驚いていると、先生が言った。
「通常、死肉には陰のメイナがまとわりつきますね」
いや、死肉って言わないで。食べにくくなるでしょ。
「それを皆さんの力で、陽の気に転換させるのです。
死肉を使うのは、学生にも扱いやすく、
そして転換の作業もしやすいためです。
また陽転した状態も見た目でわかりやすいため、
教材としてはベストだと言われています」
いや、誰が言ったの? 聖女の養成には肉を、なんて。
説明している先生も棒読みだ。先生もよく分からないのだろう。
まあ、動物の死肉に陰のメイナがまとわりつくのは本当だ。
丁寧な解体作業や下処理でそれが剥がされるが、
一番陽転するのは”料理”だ。
料理人によって”美味しく””美しく”なることで、
食肉は陽のメイナが溢れるものに変わることができる。
でも、ここでするのは料理ではなさそうだ。
今日のメンバーは、多少なりともメイナを扱える人を集めたようだし。
それでも生肉を前に、とまどったり顔をしかめる新入生たち。
理屈はわかったけど、感情が追い付かないのだろう。
そんな生徒に先生は、ニコリともせず言い放つ。
「では、やってみましょう」
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みなが手こずる中、私は早々に済ませ(もちろん適度な力で)、
礼拝堂の周囲を散策する許可をもらった。
ここは表向きは新しく綺麗だけど、やはり張りぼてに近いようだ。
裏に回るとガタガタとした基礎が露出し、古びた建材が埋もれている。
ここ、何か古い建物のあった場所に、無理やり上モノだけ建てたな。
私は誰にも見られないようメイナを使って、
邪魔な廃材などを移動させ、埋もれた建材を少しずつあらわにしていく。
すると、古びた石材の壁が見えてきたのだ。
かなり昔のものだが、堅固な作りの壁だ。
「……遺跡みたい。何か絵が描いてある」
近くによって壁を見ると。左側には膝をつく人間の壁画が描かれていた。
何かを崇拝するように、手を挙げたりひれ伏している人々が。
私は右側の壁の汚れをメイナで払っていく。
するとそこには、左側の人間たちが崇めている対象が描かれていた。
三角の頭、手足のない、長い、長い胴体。
そこには一面に、巨大な蛇が描かれていたのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。