☆番外編☆ 2:新しい伝説
ファーラ伯爵令嬢のその後です。
本編を省略したい方へ。
ファーラ伯爵令嬢は学園で、
主人公のメイナ技能士にいじめを繰り返し
挙句の果てに学園から追い出しました。
しかし後から数々の罪が露呈し、
皇国からしっかり、ボコボコに断罪されてしまいます。
そして”町中にはびこる穢れを掃除して落とせ”という
学校みたいな刑罰を受けたのでした。
☆番外編☆ 2:新しい伝説
私はファーラ・サペル。
父はこの国の宰相で、侯爵の爵位を持っております。
私が生まれた時、ファリール国の象徴になるべく、
父に”ファーラ”と名付けられました。
この国の姫でもないのに変な話なのですが
我が侯爵家にとっては切実な問題だったのです。
両親から私は、幼い頃からずっと、
「あなたはこの国にとって、出来る限り有益な相手と結婚しなさい」
と言われて育ちました。
なぜなら私が幼いころ、祖父のライバルだった伯爵家の末娘が
遠方にある大国の王子に見初められ嫁いだおかげで
国内での伯爵家一族の扱いが数段に上がり、
逆にうちの家は格下の扱いをされるようになったためです。
兄にいたっては私を見下しながら
(といっても我が家の家族は、
話す相手が誰であれ、見下した話し方をするのですが)
「とにかく政治的に価値の高い相手と結婚しろよ。
何の才能もないお前には、それくらいしかできないんだから」
と言われておりました。
そういう兄も、とりたてて武勲も賢さもなく
国における役職もたいしたものではないのですが。
しかし今現在、両親や兄の期待や思惑から大きく外れ、
私はすっかり”国益となる結婚”からは遠く離れた生活をしています。
毎日のように私がしていることと言えば”町のお掃除”ですから。
もはや、父も母も兄も、私を腫れ物に触るように扱うだけでなく
聞こえるように愚痴めいた悪口を言っては嘆いているのです。
「ファーラの結婚だけが頼みの綱だったのだぞ。なんと情けない娘だ」
「私もう恥ずかしくって。もっと自慢できる娘が欲しかったですわ」
「あいつはもう、死んだことにしたほうが良いよ」
お父様には
”人に頼るよりご自分で努力なさったら良かったのに”
お母様には
”確かに私はいろいろな罪を犯しましたが、
あなたの命令に従った結果でもあるのですよ”
お兄様には
”ぜひ、そうしてくださいな。
私の中のお兄様なんて、最初から存在してませんから”
と言いたいところですが、
あんな方々を相手にするよりかは、外に出ますわ。
だって私、絶対に変わらない穢れたものより
目に見えて綺麗に出来るものを相手にする方が
ずっと楽しいことを知ったのですもの。
**************
そして今日も町を見回り、見つけた穢れを落としていると。
「まあ! 信じられませんわ」
妙に甲高い声が背後でしたので振り返ると、
そこには若い貴族の子息と令嬢がこちらを見ていました。
声をあげたのは、その中でも華やかなドレスをまとった娘で
隣の子息に支えられるように立っています。
「大丈夫かい? コーデリアは繊細なんだから、
あまり汚いものを見てはいけないよ。
君の騎士として、叔父上に合わせる顔がないからな」
あら? 汚いものとはこちらの穢れ?
しかし彼らの視線は、壁に張り付いた妖魔の体液ではなく、
こちらに向けられているようです。
……もしかして私のことでしょうか?
「だってハンス、あの方、ドレスを着てらっしゃるのに、
あのような穢れを、あのように汚い道具で触れてらっしゃるのよ?
考えられませんわ、私……」
その娘は貧血を起こした時のようにふらつきながらも
こちらを横目に、口元が軽く笑っているようでした。
おそらく、体調に異常など出ておらず、
ただただ私を馬鹿にしたいのでしょう。
彼女たちは、たまに研修旅行で訪れる
他国の学園の令息・令嬢のようです。
そしてハンスと呼ばれた方のエンブレムを確認すると、
ここ近隣でも名門と名高いイリテュム学園の生徒だとわかりました。
「本当に薄汚い女だな。目障りにもほどがある。
いかに愚か者が多いファリールとはいえ、
街中にこういう輩をほっておくとは呆れた話だ」
「ご覧になって、あの巻き上げられた袖と染みの付いたエプロン。
私はたとえどんな身分に落ちようとも、
穢れ無き身と、誇りだけは失いたくありませんわ」
ハンスの言葉にコーデリアが同意しています。
こういう手合いは相手にしないのが一番です。
偶然居合わせた顔見知りの商店の方が数人、
彼らの物言いに憤慨し、抗議をしてくれようと声をあげましたが
私はそれを制して、曖昧に会釈しその場を去ることにしました。
騒ぎになる事こそ、国や街にとって不利益となるからです。
それに私の心は恥ずかしさでいっぱいだったのです。
それは別にこの格好や、掃除をしていることが、ではなくて。
彼らの言動が、昔の自分を見ているようでいたたまれなかったのです。
他人の欠点や劣っているように思えることを探し出し
わざとあげつらねて、馬鹿にする。
そうすることで、自分の方が価値かあり魅力的だと知らしめるために。
他人がそれをしている姿を見せつけられると、
いかに愚かでみっともないことをしてきたか実感させられます。
ハンスとコーデリアはクスクス笑いながら続けます。
「まあ、この国の人間なんて頭の弱いマヌケばっかりだからな。
偽聖女のついた嘘に国王まで、まんまと騙されるんだから」
「そうですわね。とんでもないお話でしたわね。
あの学校は詐欺師の養成学校だったのですわ」
先日までこの国には、聖女と守護騎士が妖魔を倒した伝説がありました。
しかしそれは皇国、そしてメイナ技能士の彼女の介入により
実際は守護騎士が無理やり連れて来た兵士と魔導士が倒したことや
手柄を横取りするために聖女と守護騎士がそれぞれを殺したことなど
全ての真実を明るみにされたのです。
それにより”素敵なお話”は醜いものと一変し
聖女と守護騎士が作った学校の名声は地に落ちたのです。
世間からはものすごい批判を浴び、当然廃校となってしまいました。
背を向けて歩き出した私に、
ハンスと呼ばれた男が大声で言いました。
「お前、あの学校にいたよな? 何度か見かけたぞ」
私は振り返り、答えました。
「ええ。おりましたが、それが何か?」
その詐欺師の養成学校、つまりにトリスティア学園に、
私は通っていたのです。
****************
子どもにとっては、親の価値観が自分の価値観。
親が語る世界が真実なのです。
それがゆがんでいることなど、
私はまったく気付かないまま成長しました。
でも、先に申し上げておきますが、
最も悪いのは私自身だとわかっております。
全ては、正しい知識を自分で得て、自分の頭で考え、
自分の判断で行動しなかった私自身の責任なのだと。
あの頃もそうでした。
十五歳になった時、突然母に言われました。
「あなたに見初めてもらえるような美貌はないわね。
トリスティア学園へ入って、最も良い相手を見つけるしかないわ」
娘さえ見下す母には慣れっこでしたが、
私たちは常々顔がそっくりと言われていたので、
吹き出さないようにするのに必死でした。
それに気づくこともない母に、
「きっとライバルは多いでしょうね。
もしあなたの邪魔する人がいたならどんどん排除するのよ。
これは遊びではないの、戦いだと思いなさい」
何度もそう言い聞かせられ、息巻いて入学したのです。
妖魔を倒して国を救った聖女と守護騎士の作った学園。
”聖女を育てる”というのがここの代表的な宣伝文句でしたわ。
”聖女と守護騎士の伝説ですって? 良いじゃない。
私を守らせてあげられるほど良い方がいれば、の話ですけど”
入学当初は、私もそんなふうに考えていました。
今思うと、扇で頭を打ちつけたいほど愚かな思考ですわね。
私は必死に頑張りました。
学業だけではなく、花嫁候補として
自分が最も優れていると思わせなくては。
最も育ちが良く、最も品があって、最も美しい。
私には妻にするだけの価値がある。そうふるまったのです。
そんな私に、母は満足することはありませんでした。
「良くって? 自分が頑張るだけでは何にもなりませんわ。
貴女よりも美しい子や目立つ子がいるなら
出しゃばることがないようにクギを刺しておきなさい」
そして父も言いました。
「中途半端な貴族など相手にするなよ?
国の規模も大切だが、本人や親の地位も重要だぞ」
さらに兄が付け加えます。
「お前には大した魅力は無いからな。
どんどん行かないと、誰からも見向きもされないぞ!
自分の責務だと思って強引に進めろよ」
私は黙ってうなずきました。
従う以外の選択肢があることなど、夢にも思わないのですから。
欠点をあげつらねて自信を失わせたり、
わざと傷つくことをいって学園から追い出したり。
私は毎日、誰かと戦っていました。
攻撃していなければこちらが倒される、そう信じ込んでいたのです。
学園では”聖盾会”と称して、
近隣他国の貴族や富豪の子息を招く、
実質”集団お見合い”の場がありました。
その会でも居丈高に振舞い、他の娘だけでなく子息まで威圧する私を見て
お隣のガルク国王子ジェルマ様が苦笑いをしながら言いました。
「プレッシャーは分かるよ。
でも貴女のそれは、間違いなく逆効果だ」
それを聞いても、当時の私は”フン”と横を向くだけでした。
今思えば、思いやりのある現実的な忠告でしたのに。
過ごしていく中、そんな価値観がときどき揺らぐこともありました。
特に、皇国から来たあのメイナ技能士の彼女に出会った時のことです。
常ににこやかなのに、芯の強さを感じられる凛とした佇まい。
ドレスも宝石も地位も結婚相手も、興味ないのではなく
己の価値観のみを信じ、けっして他には左右されない強い自我。
私って何? 私がやっていることはなんだろう?
世界が壊されるような不安を感じたことを、今でも覚えています。
それでも私は、やるしかなかったのです。
私の生活を守り抜くために、私はいっそう激しく行動しました。
そんな時、皇国から将軍ルークス様がいらっしゃることを知りました。
私は驚きと喜びのあまり飛び上がりました。
言い訳になりますが、本当に”初対面”ではなかったのです。
実は数年前、皇国に旅行した時、ちょうど巨大な妖魔を制圧し、
戦地から凱旋帰国したルークス将軍のパレードが行われていました。
現地を案内してくださった貴族のご厚意で祝賀会に招かれ、
場に控える大人数の貴族の一人として、大勢に混じって挨拶したのです。
ルークス将軍に対し、百人以上の貴族が一斉に、礼やカーテシーで迎えました。
そのうちの一人を、あの方が覚えている訳ありませんわよね。
まだ若いのにルークス様は本当に立派で素晴らしい方でした。
見目も麗しく格好良かったのですが、立ち振る舞いも洗練されていました。
私だけでなく皆、なんて素敵な人だろうとうっとり見つめていたのです。
あの日を思い出しながら、私はひらめきました。
あの方なら、私の両親も兄も大喜びしてくれることでしょう。
皇国の、超名門貴族で、しかも将軍。
誰にも文句を言わせない、完璧な結婚相手だと思いました。
絶対に見初めてもらわねば!
両親に理由を話すと、最上級のドレスやアクセサリーを用意されました。
とにかく目立たなくてはならないのです。私は必死でした。
しかしあのような惨めな結果になり。
「知り合いでもないのに図々しくしゃしゃり出たあげく拒絶された」
と、さんざん周りからも揶揄されました。本当にその通りですわ。
それだけでも死ぬほど情けなく恥ずかしかったのに、
結果を知った両親や兄からは、めちゃくちゃに言われたのです。
「なんと不甲斐ない娘よ! この機会を生かせぬとは情けない!」
「いい加減にしてちょうだいファーラ! 役に立たないにもほどがあるわ!」
「お前のようなつまらない娘、そのままでは見向きもされないのはわかっていたろう?
どうして策を練らなかったのだ? 馬鹿にもほどがあるだろう」
追い込まれた私は、とっさにあのメイナ技能士が汚い手を使って妨害したと言いました。
メイナ技能士風情が、将軍と親しくするなどあり得ないと思ったのです。
ファリールの価値観からすれば、町人が国王に話しかけるようなものですから。
それを裏付けるように、あの日の深夜、
彼女が外から帰ってくるのが見えました。
こんな夜中に寮に戻ってくるなんて、校則違反じゃない。
あの子はやはり、ただの無法者だったのだわ。
多分こんな風に、毎晩出歩いてるのに違いない。
校則違反をしたと言って追い出してやる。
まあ後から、彼女は元々潜入捜査で学園に来ており
あの日も将軍と礼拝堂の調査をしていただけだったと知ったのですが。
さらに私の怒り、いえ、八つ当たりは収まりませんでした。
乳母に自由奔放で汚い手を使う娘を懲らしめてやりたいと話すと、
怪しい男たちを紹介してくれました。
私に、そんな知り合いなんていませんでしたから。
見るからに悪人の身なりをした彼らは私に言いました。
「で? どうしてやりたいんだ?」
「……地獄を見せて」
私は手短に望みを告げました。あくまでも文学的な比喩のつもりで。
彼らが受け取る、この言葉の意味を半分も分かってなかったのです。
そしてプレサ主幹教諭とエセンタ事務長がやってくれました。
とうとうあのメイナ技能士を追い出せたのです。
これからは心を乱されることなく安心して暮らせる、そう思いました。
そして私は、いなくなった彼女の部屋で、残された荷物を見ると、
喜びよりもふつふつと、怒りの気持ちが湧いてきたのです。
だって、何一つ良い物なんて持ってなかったのです。
ドレスもアクセサリーも、なーんにも。
それなのにあの子はいつも堂々として、満ち足りていた。
まるで女王のようでした。
それが本当に悔しくて、悲しくて、腹立たしくて。
そして彼女の荷物をめちゃくちゃにしてしまったのです。
……本当に、最低ですわね。
そこからは転落の一途をたどっていきました。
学生生活も全然、安心なんかできませんでした。
あの子がいなくなってからのほうが、私の心は荒んでいたのかもしれません。
案の定、皇国から抗議を受け、顔に盗人の証を付けられた時も。
両親は周囲に、私が冤罪をかけられたと強く主張していました。
それは別に私を信じていたわけではなく、
冤罪でなければ自分たちの身が危ういからです。
私はちゃんとわかっていました。
この頃から私は、両親に対する不信感を募らせていきました。
和解交渉の時。現れた彼女は本当に美しかった。
そしてルークス将軍は彼女の婚約者だと知りました。
彼女こそが、特別な関係だったのです。
私は羞恥と惨めさで死にそうにりながらも、
両親と兄が無下に扱われる様に快感を覚えていました。
私のしでかしたことなのに、青ざめて硬直する彼らを見て、
ザマアみなさい、そんな気持ちでいっぱいでした。
そしてあの断罪の日。
今までの価値観が覆されました。
やっぱり両親や兄、そして私の考え方はおかしかった……
もちろん自分で考えもせず、行動した私の罪が最も重いと考えました。
だから街の穢れをどんどん取りました。
盗人の証がなくなってもやったのです。
人の心の穢れは簡単に落とせませんが、目に見える穢れは落とせます。
それは、本当に清々しかったから。
*****************
黙り込む私に、彼らはさらに侮辱の言葉を吐き出します。
「聖女の卵だって? 恥知らずにもほどがあるよな。
殺人と詐欺の犯罪者の作った学校だぞ」
「淑女にあり得ない、みっともないことですわ。
私でしたら恥ずかしさのあまり湖に飛び込んでいますわ」
「君のような清らかな女性こそ聖女だよ。
毎日祈りも欠かさないし、このドレスも清潔そのものだし……」
これも罰のひとつだろう。
私は彼らの言葉を否定もせず、甘んじて受けていました。
しかし、よく知る声が彼らの会話を遮りました。
「ドレスの清潔さで救われる民なんていらっしゃるのかしら?」
「まあ、あれだけ心が汚いと、まとう物だけでも綺麗にしたいのでしょう」
私が振り返ると、そこにはポエナ伯爵令嬢とパトリシア子爵令嬢が立っていたのです。
ポエナが小声で私に
「ごめんなさいね。お母様を振り切るのに時間がかかってしまって」
と囁いた。彼女の家もうちほどではないが、
自分たちが特権階級として優遇されるべきという考えから抜けられないのだ。
私は笑顔で首を振る。来てくださって嬉しいわ。
パトリシアが毅然と、彼らに向かって言い放った。
「もし不快なようでしたら、私たちなどほおっておいて下さいます?
そもそもこちらは研修のルートから外れてらっしゃいますよね?」
あの顔色ばかり見ていた彼女が嘘のような、立派な自己主張だった。
ハンスは一瞬ムッとしたが、ニヤニヤと表情を変えて言ってくる。
「気持ちの悪い変人が増えたようだな。
ああ、お前たちもあの学校の生徒か。
さすがは詐欺師養成学校、汚い仕事には慣れているんだな」
「そうですわね、きっと。
国王から国民まで騙されやすい愚か者ばかりですもの、
獲物には事欠かないのでしょうね、きっと」
「いい加減にしたまえ、君たちの方がよほど恥知らずだ」
その時、横から張りのある厳しい声が響きました。
何か言い返そうと振り返ったハンスは、急に口をつぐみます。
そこに立っていたのは、ガルク国の王子ジェルマ様でした。
お会いするのはあの聖盾会で、
メイナ技能士の彼女に請われ守護騎士の話をしてくださった時以来です。
しばらくぶりに会うジェルマ王子は、
少し日焼けしており、とても精悍な顔つきになっていました。
背には大剣を背負っています。
どこかで修行されたのでしょうか。
「まあ、ジェルマ様。どうしてそんなヒドイことを……」
コーデリアが組み合わせた両手を口元に添えながら
ウルウルを瞳をにじませてジェルマ王子を見上げています。
この振る舞いだけで、彼女が王子をどのように思っているか伝わってきます。
そんな彼女を一瞥もせず、ジェルマ王子は続けます。
「研修に飽きて勝手な行動を始めた”落ちこぼれのいとこ同士”を探せと
先生が皆に告げたのだ。大変お怒りだったぞ」
二人はあわてて、道に迷って、などと言っている。
ジェルマ王子はあきれ顔のまま、二人に告げました。
「彼女に絡み始めた時から見ていたぞ。何が騙されやすい愚か者、だ。
真実を知る方法がなかった以上、仕方ないだろう。
それにそもそも、通う生徒になんの罪もないのは明白ではないか。
それすら理解できないほうが知性を疑われるというものだ」
おそらくジェルマ王子はこの学園で、かなりの発言力を有しているのだろう。
彼と一緒に来た周囲の学生たちも
いっせいに彼の言葉にうなずいて、ハンスたちを非難の目で見ています。
眼鏡をかけた一人が前に進み出て言いました。
「君たちは皇国からの通達や新聞を読んでないのかい?
通う学生にはまったく罪がないことはもちろん、
教育機関として教養や学問を学ぶ機能はしっかりと果たしていたこと、
それは保障されていただろう」
別の生徒も続けます。
「まあ成績最下位の君たちに理解は無理か」
「理知的な行動が出来なくとも、紳士・淑女として振舞えないものかね。
せめてうちの学園の名を汚す行為は止めてほしいよ」
国勢としてガルク国の評価が高まっていることは存じていましたが
ジェルマ王子の求心力はそれだけではなさそうでした。
仲間に非難され、ハンスとコーデリアは顔面蒼白です。
「私は火山で剣の腕を磨いたが、
決して剣の学校などではなかった。
君は私を剣士ではないというのかな、ハンス。
しかし君は昔から名門イリテュム学園で剣を学び、
たしか剣の家庭教師までつけていたな?
それでも誰にも勝ったことがないだろう。一度たりとも。
その腕前で騎士を名乗るのは詐欺ではないのか?」
ハンスは悔し気に、真っ赤な顔になって押し黙る。
次にジェルマ王子はコーデリアに告げる。
「学問だけじゃなく品位においても同様だ。
イリテュム学園に属してはいるが
コーデリア、君の振る舞いは女性としてだけでなく人として最低だ。
他人の教養や品格についてあれこれ言う前に、
改めることが山積みなんじゃないか?」
周囲の女の子たちがうなずき、クスクス笑っている。
コーデリアは涙目で、彼女たちをキッと睨んでいる。
「どんな素晴らしい環境に置かれようと
本人が学ぶ意欲も向上心もなければなんにもならない。
……君たちみたいにね。
どこで学んだかを誇るのも恥じるのも意味がない。
何を学び、何を身につけたかを語って欲しいな」
舌打ちするハンスと、ブツブツ言い訳をするコーデリア。
そんな彼らの前に熊のように大柄な男性が立ちふさがって言った。
「その通りだ、さあ君たち、こちらに来たまえ。
校則違反があまりに多く、君たちが研修旅行を続けるのは不可能だ」
「そんな! 先生、待ってください!」
「道に迷っただけですわ!」
大柄な男性は教師だったようで、彼らに冷たい目で言い放った。
「勝手な自由行動以上に、ファリール国や女性に対する暴言や失礼は
許されるレベルを優に超えているからな。
国に戻ったら、全方向から処罰を受けることを覚悟したまえ」
そして迎えに来た他の先生方に引きずられていく二人。
それを唖然と見ていますと、大柄な先生は私に振り向いて深く礼をされました。
「大変申し訳ございません。生徒がご無礼申し上げました。
あなた方に罪はないこと、彼ら以外の者は充分に承知しております。
しっかりとあの腐った性根を叩き潰しておきますから、ご容赦ください」
そんな恐ろしいことを言って、先生は去っていった。
残っていたジェルマ王子が、爽やかな笑顔で私に言いました。
「貴女はあの頃よりもずっと、聖女のように見えますよ」
その言葉を聞き、私はルークス将軍から言われた言葉を思い出しました。
”聖女とは安全な場で祈りを捧げる者ではないのだ”
私は喜びで急に泣きそうになり、顔が赤くなるのを見せたくなくて
以前のようにプイと横を向いてしまいました。
そしてジェルマ王子に。
「あなたは守護騎士よりもずっと立派ですわ。
だって今、私たちをしっかりと守ってくれましたもの」
そうつぶやくのが精いっぱいで、それ以上のお礼が言えないままだった。
ああ、私はダメだ。まだまだだ。
それでもジェルマ王子は嬉しそうに
「そうなら嬉しいな。ガルク国出身の騎士は見せかけだけ言われぬよう
私も必死に剣の腕を磨いたのだ」
向こうでパトリシアの持っていた道具をさっと奪い、
眼鏡の生徒が掃除を手伝ってくれています。
ポエナ伯爵令嬢は他の生徒に、
ファリール国名産の砂糖菓子が美味しいお店を教えているようです。
どちらも、笑顔と笑い声で溢れています。
ジェルマ王子は彼らを見ながら私に言った。
「新しい聖女と守護騎士の伝説を作っていかないか?」
私の罪はこの先も償い続けなければいけません。でも。
誰にも馬鹿にされない、ではなく。
誰にどう思われたって良いから。
「ええ。私たちらしい伝説を作っていきましょう」
私は今度こそ素直に同意し、
彼に笑顔を向けることができたのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




