2.聖女伝説と噂
2.聖女伝説と噂
外に出ると、皇国が伝達に使っている白シギが飛んでゆくのが見えた。
おそらくリベリアが手配したのだろう。
講堂を出る直前に振り返った際、リベリアがハンドサインで
”近隣で待て”と送っていたのが見えたから。
きっとそのうち、皇国潜入班の迎えが来るのだろう。
下の町へゆるゆると続く道には行かず(追手が来たら面倒だし)
逆に学園の横の坂を上り、ちょっと離れた場所にある東屋へ向かう。
ここなら授業中は立ち入り禁止のため、しばらくの間は誰も来ないはずだ。
この学園は山の中腹に建てられているため、
東屋からの眺めはこの辺りを一望できるのだ。
私はベンチではるか下方の町並みを眺め、頭の中を整理する。
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ここはファリールという小国にある、トリスティア学園だ。
およそ150年くらい前(割と最近だな)、
この地に現れた凶悪な魔物を、聖女トリスティアが守護騎士と共に倒し
平和を取り戻した……という逸話を持っている学校だ。
なんと理事長は代々、トリスティアと守護騎士の子孫らしい。
「ってことは、魔物を倒した後、めでたく結ばれたのか」
典型的なハッピーエンドだ。
さぞかし周囲の尊敬や信頼を受けながら、子どもにも恵まれ、
こういう教育施設まで残すなんて、きっと二人は幸せな人生を送ったのだろうな。
まあ、ここの学園が誇れるものかどうかはさておき、だけど。
先ほどプレサ主幹教諭がギャンギャン言っていたように、
この学園の売りは「トリスティアのような聖女を育てる」ことだ。
”ここを卒業した娘は清らかで慈悲に満ちた女性ばかり”と評判で、
嫁ぎ先にも引く手あまた、近隣諸国でも人気だそうだ。
そのぶん入学金や学費はかなり高額だが、
娘に付加価値をつけるために入れる貴族が多い、
と潜入前に読んだ皇国調査団の報告書にあった。
通常、貴族は家庭教師などで勉学を学ぶ。
だからここも形だけであり、学ぶ期間は長くても一年ほど。
人によっては(要は、お金をたくさん納めれば)もっと短く卒業できる。
失礼だけど、”貴族向けの道楽”のようにも思えるが、
この学校は貴族以外も入学できる方法がひとつだけある。
特待の条件、それは「メイナの使い手」であることだ。
メイナとは物に触れることなく自由に扱ったり
何もないところから火や水を出し、風を起こしたりもできる。
剣にまとわせて攻撃に、バリアとして防御にも使える。
だが、これは単なる”不思議な力”なんてものではなく、
一定の秩序やルールを持った、公正さや正義のための力である。
例えばメイナは”陰と陽”の気を帯びることができる。
陽のメイナは、陰である邪霊や妖魔に対して”効く”のだ。
この特質を見て、学園ではそれを”浄化”と呼んでいるらしい。
メイナ技能士からすれば、どちらかと言えば”中和”なのだが。
だからこの学校は、この”浄化”と呼ばれるレッスンに力を注いでおり、
陽の気が強いメイナを作り出せるようになるよう、日々修行しているのだ。
これを作り出せる娘は”聖女の資質あり”ということで
かなり優遇されるシステムになっている。それが特待生だ。
聖女の卵が日々、陽のメイナを生み出し、陰の妖魔を退け、
世界を清らかなものに変えていく……これが学園のイメージだったのだが。
しかしファリール国王より皇国に、最近、国がおかしいと相談があったのだ。
市中にジワジワと穢れが湧きだしているようで、トラブルが絶えないと。
そこで皇国調査団が穢れの出所を詳しく追ってみると、
なんと学園付近、正確には学園の建つ山が怪しいことがわかったのだ。
学園長にその旨を正直に伝えたところ、生徒の安全のためだといって
こころよく調査を迎え入れてくれた。
そこでメイナースより、私が派遣されることになったというわけだ。
このメイナースとは、世界のメイナ技能士を管理する組織であり、
皇国において「司法権」を有している。
なぜならメイナは世界を律し、秩序をもたらすための力だからだ。
普通の事案なら、他の人が派遣されたかもしれない。
でも今回は私でなければならない事情があった。
それは今回、精鋭の集う皇国調査団にしてはあいまいな報告があったから。
”古代装置フラントルが使用されている可能性あり。
場所、用途、使用者ともに未確定”
古代装置フラントルとは、かつて大戦争を巻き起こした禁忌の機械だ。
かつて人類は、メイナの可能性に溺れ、
この古代装置を用いて規則性やルールを無視した使い方をし
あげく大量の人命やかけがえのない文化を失うことになったのだ。
現在、これの使用だけでなく所持さえも固く禁じされており、
たとえ国家であっても厳罰の対象となる。
あの悲劇を二度と起こさないために。
古代装置フラントルの対処は、私の一番の仕事だ。
そして私の行くところには必ず、私の最強の盾と矛がついてくる……はずが。
「私は嫌です。その学園の生徒にはなりません」
リベリアが珍しく、潜入案を断固拒否したのだ。
「なんで? リベリアが貴族の娘、私が平民だけどメイナ特待生、
んで、クルティラが占い学の臨時講師って……」
皇国はその莫大な権力や財力をもとに、自由自在に”身分”を作ることが出来る。
パルブス国の時には、私はそのまんまメイナ技能士だったけど
リベリアは王室御用達の豪商の娘、クルティラは他国の令嬢として潜入したのだ。
リベリアはムスッとした表情で呟く。
「あの学園の生徒は、無理です」
「上品で清純な娘役なんて、私よりリベリアが上手だと思うけど」
淡い金髪に緑の瞳、いつも優し気で大変可愛い子だと
その中身を知らない男性たちにモテモテなのだが。
「私が占い師をやります」
と言ってきかない。
流れるような銀髪に紫の瞳を持ち、クールな美貌のクルティラのほうが、
占い学の先生には向いてるんだけどなあ。
まあ、いいか。どのみち学園長に皇国の者だと正体をばらすのは私だけだし。
リベリアとクルティラは、最後まで誰にも身分を明かさないのが私たちのルールだ。
「確かに、この学園はおかしいわ」
クルティラまで~と思ったら、至極まっとうな指摘だった。
「陽のメイナに異常に固執してるのは何故?
聖女ならリベリアのような神官が扱う”癒し”や本物の”浄化”を学ぶべきでは?」
本当にそうだ。それに、そもそもの疑問なんだけど。
「聖女と守護騎士のペアで、どうやって魔物を倒したんだろうね」
一般の人はこの伝説を聞いて、騎士が魔物に切りつけ、
聖女が回復やバリアを張ったと思うだろうけど
魔物というのは通常の剣ではなかなか倒すことが出来ない。
だいたい守護騎士とは、大きな盾を装備した、
防衛を主とする騎士のことだ。
それとも聖女というのは、メイナ技能士だったのだろうか。
しかも、謎はそれだけではないのだ。
皇国調査団が、報告書に記すのはちょっと不確かな情報だと語ってくれた。
「理事長にも話を通そうと思って探したら
なんとファリール国内に住んでいなかったんです」
調査団がその理由を調べると、奇妙な噂に行き当たったそうだ。
”現理事長は、学園には絶対に近づかない。
何故なら、先祖が倒した”魔物の呪い”があるから。
歴代の理事長は学園付近で、次々と不審な死や失踪を遂げている。
先代も、先々代も、その前も……”
偶然というには、あまりにも高確率ではないか。
呪いのウワサなんて、”学園”にふさわしい怪奇話かもしれないが、
現実となると鳥肌ものだろう。
とはいえ、こんなことで臆するわけにはいかない。
それさえも古代装置への手がかりになるかもしれないのだ。
とりあえず私たちは、次の入学タイミングにあわせて潜入することにしたのだ。
さあ”我らに事実を与えよ”と。
最後までお読みいただきありがとうございました。