1.突然の放校処分
1.突然の放校処分
「アスティレア・クラティオ! 本日をもってあなたを退学処分とします!」
プレサ主幹教諭の声が講堂全体に響き渡る。
その言葉が私の、ぼんやりとした朝の眠気を吹き飛ばした。
「あなたが聖女になれるわけありません! むしろ、聖女の名を汚す者です!」
いつものヒステリックで威圧的な物言いが、さらに倍増した感じだ。
よく朝から最大限の出力ができるなあ、と感心すらしてしまう。
突然、朝の朝礼で自分の退学を言い渡された。
どうやら温和な学園長が不在の時を狙ったらしい。
こちらに入学して二か月ちょっと。
またもや追放されるとは。今回も短かったな。
「なんという罪深いことでしょう。恥を知るべきです。
聖女トリスティアが作り上げた、この清廉潔白かつ慎み深い乙女の楽園に
あなたのような無作法で破廉恥な人間が紛れ込むなんてとんでもないことです。
だいたいあなたは……」
つり目をさらに吊り上げ、グダグダ続けるプレサ主幹教諭を横目に周囲を伺うと
散々私に嫌がらせしてきた彼女たちが目を輝かしてこちらを見ている。
ファーラ侯爵令嬢、ポエナ伯爵令嬢、パトリシア子爵令嬢の三人だ。
エセンタ事務長は三人娘を見て”ね?”という風にニヤニヤしている。
何かあるな、こいつら。
そしてその横で、真面目だけど気弱なスタービル先生が、
口に両手を当て目を丸くし絶句している。
彼女は教師なのに知らさせていなかったようだ。
他の先生方は、能面のような顔をしている。関わりたくないといった風情だ。
ますますプレサ主幹教諭とエセンタ事務長の独断っぽいな。
こちらは良い。まあ、彼女らにすればそんな反応だろう。
許せないのはリベリアだ。
ハンカチで目をグッと押さえつつ、肩を震わせている。
手元のブローチ、つまり録画機を操作しているだけマシだが、
そんなに笑うのが耐えられないか。涙が出るほどにか。
クルティラはやれやれといった面持ちで、別方向から録画しているようだ。
目が合うと指でサインを送ってきた。
”静かにさせようか?”
……いやいや、駄目でしょ。怖いな。
さて、退学ですか。放校処分ってやつだ。
聖女になれないだろう理由については実際、心当たりしかない。
婚約者のこととか、これまでの仕事内容を考えても、
この学校でいうところの聖女とは一番遠いところにいるだろう。
でもまあ”判決”には、必ず「理由」を付けなければならない。
彼女がさっきからガナリ立ててるのは、事実などではなく彼女の主観ばかりだ。
私は本来、このように粗雑な物言いをするけど、
一応他国に派遣されている身であり、相手は仮にも先生。
気品ある対応で、穏やかに問いかけることにしよう。
「恐れ入りますが、理由をお聞かせ願えますか」
プレサ主幹教諭は痩せてとがったあごをあげ、斜めに私を見下げながら吐き捨てる。
「自分でおわかりのはずですが? 罪の意識すらないと?」
私が思い当たる理由を口にすれば、おそらく卒倒するだろう。
子どもをさらって売りさばく犯罪組織を文字通り”木っ端みじん”にしたことかな?
誰の手だか、誰の足だかわからないくらいに。
それとも魔獣討伐の依頼だったのに、人間が攻撃さえしなければ良い子だったから
人里離れた場所に良く言い聞かせて置いてきたこととか?
やっぱルークス関連となると……
ニヤけと照れ笑いを押しつぶすために口を一文字にする私を前に、
フン! と鼻息を鳴らし、馬鹿にしたように続ける。
「だいたいあなたはいろいろな校則を違反してきました」
ああ、それか。この学校には意味不明な校則がある。
”メイナを浄化以外に使ってはいけない”
”学校の祭事には絶対に協力しなくてはいけない”
などなどだ。まったく意味が分からない。
メイナとは魔を退け奇跡を起こす、聖なる力だ。
その使い方は持ち主の能力によって千差万別で、
物に触れることなく自由に扱ったり
何もないところから火や水を出し、風を起こしたりもできる。
もちろん剣にまとわせて攻撃に、バリアとして防御にも使える。
だが、これは単なる”不思議な力”なんてものではなく、
”極”や”陰・陽”などの特性を有する、
一定の秩序やルールを持った、公正さや正義のための力である。
「あなたはメイナを使えるということで、特別に入学が許された身です。
それなのに、学校に全てを捧げないなど言語道断です!」
はあ、すみませんね。でもノルマはやってたはず、と思い、
「お言葉ですが、私に出来る限りのことはしておりました。
それについては学園長もお認めになって……」
私がそういうと、そこを指摘されるとマズイと思ったようで
プレサ主幹教諭はバッ! とこちらに向き直り
「も、もちろんそれだけではありません!
あなたはもっと酷い罪を犯したではありませんかっ!」
「……身に覚えがありませんが」
「まあああああ! なあんて図々しいこと!
ここまで面の皮が厚いなんて、恐ろしい娘だわ」
そういうと、エセンタ事務長に目をやる。
エセンタ事務長はウンウンと、太った体を縦に揺すりながらうなずき返す。
そして私を指さし、バシッと言い放つ。
「あなたはたびたび、下町にあるいかがわしいお店で
多くの男性とお酒を飲み、そのまま朝まで過ごしていましたね」
あっけにとられる私。講堂に私を非難する、大きなザワつき。
他の学生から、うそー! とか、信じられなーい! という声が聞こえる。
やってもいない事が、いつの間にか自分のしたことにされている。
誰だ。デタラメな噂を流したのは。さすがに不快になる。
「事実無根です。そのような事実は一切ありません」
「まあ、この期に及んで偉そうに開き直るの?
本当に図々しい子ね。親の顔が見たいわ」
見せたら気絶するからやめとけ。って、もしかしてこの人、知らない?
「とりあえず証拠をご提示ください」
私がそういうと、プレサ主幹教諭はまたもやエセンタ事務長を見る。
そうか、この話の出所はエセンタ事務長。
そしておそらく、それを事務長に持ち込んだのは三人娘だな。
プレサ主幹教諭はこちらをむくと、冷たく言う。
「その必要はありません。確固たる、動かぬ証拠です」
「いえ必須です。証拠無くして断罪はあり得ません。
原告には証明の義務があります」
裁判において、原告である訴えた側が、事実関係を証明する責任があるのだ。
私のきっぱりとした強い物言いに、プレサ主幹教諭は顔を真っ赤にし
「何が原告ですかっ! この学園では私が法です!
私が退学と言ったら退学なのよっいい加減にしなさい!」
するとスタービル先生が前に出て、一生懸命に訴えてくれた。
「と、とにかく、もうすぐお戻りになる学園長とお話を……」
まだ若いスタービル先生が、この主幹教諭に提案するのは勇気がいただろうに。
私は彼女にお辞儀し、話を収めようと
「承知しました。まずは学園長とお話し……」
とそこまで言ったのだが、またプレサ主幹教諭の金切り声が遮った。
「いいえっ、その必要もありません! 学園長のお帰りを待つまでもないわっ!
証拠を見せれば学園長も出て行けというはずですからね!」
「しかしそうはいきません。私は学園長と契約したのですから」
自分の存在を軽視される(と感じる)のがとことん許せない主幹教諭は
限界まで赤くなり、とうとう大爆発を起こした。
「うるさいうるさい! 黙りなさい! 口答えもいい加減にして!
文句があるならスタービル先生もご一緒に出ていけばいいわ!
ほら退学と言ってるのよ! ここから! いますぐ!」
出ていきなさいいいいいいいいいいいいいいい!
キンキン声が響き渡ったあと、講堂に静寂が続いた。
やれやれ、もう、ここはダメだな。あとは二人に任せよう。
これ以上はスタービル先生に悪い。
ふうふういいながら、プレサ主幹教諭は外に続くドアを指さす。
「承知しました」
三人娘のキャア! という歓声が聞こえる。
他の生徒からもクスクス笑い声や、あざけるような囁きが広がっている。
「荷物をまとめるため、いったん部屋に戻ります」
私がそういうと、プレサ主幹教諭は首を横に振った。え?
「荷物は後でまとめて送ります。いますぐ、出ていくのです」
「私物に触られるのは困ります。荷物を……」
「警備! この娘をたたき出して!」
大慌てで警備の男2人が走り寄ってくる。本気ですか。
私はふぅ、と息をつく。
そして手を伸ばしてくる警備の男たちにいう。
「私に触れるな。首が飛ぶぞ」
急に雰囲気を変えた私に、シーンと静まる講堂。
私の周りに貼られた美しい文様のバリアを見て
(リベリアがとっさに出してくれた。笑い死にしかけていたことを許そう)
私がただ者でないことを察し、さすがの主幹教諭も慌てる。
「な、なにを言って、あなた」
「事実を述べたまでです。
私に触れるといった不敬を働くものは、
実行犯だけでなく指示したものも重罪となります。
しかも事実無根の罪でこの私を追放するとは、
皇国はおそらく大騒ぎになりますわね」
「皇……国……? あなたとどういう関係があるっていうの?」
やっぱり、この人は学園長と皇国との契約について知らないんだ。
そのくらい学園長からは信用されてなかったってことだけど、それが裏目に出たなあ。
皇国の名が出たことで、プレサ主幹教諭は明らかに動揺している。
それはそうだろう。
この世界は、私の祖国である「皇国エルシオン」を中心に栄えている。
皇国の東西南北に4大王国が、さらにその周りを大小の国が存在しており
この学園があるファリールは、その”小”のほうの国だ。
この立地が世界の関係をそのまま示しており、
強大な皇国エルシオンは全てを統治する存在なのだ。
そこから派遣されたものを無下に扱うなど
とても恐ろしくてできることではない。
「学園長との取り決めで公にはしておりませんが、
私は皇国のメイナ技能士です。
動きやすいよう生徒として入学しましたが、調査のため派遣されました。
このような結果になり残念ですわ」
ヒュッと息をのむプレサ主幹教諭。大口をあけて呆然とするエセンタ事務長。
三人娘は、え? うそ! だからあの方と……などと慌てている。
裁判官,検察官,弁護士のいわゆる「法曹三者」を兼任する、
”司法の番人”とも言えるメイナ技能士に偽りの罪を着せるとは。
「皇国のメイナ技能士をこのような形で追い出すなんて、
聖女って結構、大胆不敵で好戦的なんですね」
私が煽ると、プレサ主幹教諭は顔を真っ赤にして震えている。
そんな彼女に対しエセンタ事務長が必死に、
「あの、早く取り消したほうが……」
と囁いている。
学校は決して、神聖な場所ではない。
知識や経験を得るための楽しい場所ではあるが
容易に戦場にも変わるし、恐喝や暴力、
名誉毀損などのさまざまな犯罪の巣窟にもなり得るのだ。
視界のはしにクルティラが、私室に続くドアを出ていくのが見えた。後はよろしく。
私は戸口に向かいながら続ける。
「それに。私は皇国に終始行動が監視・記録されています。
もちろん下町をはじめ、いろいろなところに皇国調査団がおりますわ。
すぐに今回のことが濡れ衣であるとわかるでしょう……
その時、これらを捏造した者や、偽りの証言をした者、
確証なく罪を負わせたものの末路がどうなるか」
三人娘の悲鳴が聞こえ、エセンタ事務長が叫ぶ。
プレサ主幹教諭の怒鳴る声が聞こえる。
本当に、本当に証拠があるのよね?!
エセンタ! 何か言いなさいよ! と。
私はゆっくり、外へと続くドアを開く。そして振り返り。
「そんな犯罪者たちがどんな重い罰を受けるのか。
とても楽しみにしていますわ。
私、聖女じゃありませんから」
ドア越しにも聞こえる怒号や悲鳴を背に、私は歩き出した。
最後までお読みいただきありがとうございました。
皆様の周りの理不尽が、スカッと断罪されますように!