誰かへの手紙
彼女と二人で、一泊旅行で遊びに来た宿の近くの浜辺を散歩しているときだった。
「あ、あれ何だろう」
由加里が指さす先を見ると、波打ち際に光るものがある。
「瓶…かな」
「海岸て色んなものが打ち寄せられてくるよね」
由加里は駆け寄って、かがんでコルクで蓋をされた茶色の小瓶を拾い上げた。
ゴミというよりは、雑貨店で飾られているようなちょっと洒落た感じの小瓶だった。
「ねえ、見て。中に、紙が入っている」
「昔の小説で、遭難した人が、SOSを書いた手紙を瓶に詰めて、海に流すっていうのを読んだことがあるよ」
「開けてみる?」
僕は由加里に促されて、コルクを引っ張って開けようとした。
強く蓋をされていて、なかなか抜けなかったが、ぐっと力を込めると、ポンっと小気味いい音を立てて、蓋があいた。
中の紙切れを取り出すと、それは女性の字で書かれた手紙のようだった。
ーこれを読んだ人が、幸せになりますように。もし拾った人がカップルなら、結婚して、末永く仲良く暮らせますように。
僕と由加里は顔を見合わせて、なんとなく微笑みあった。
少なくとも、不幸の手紙とは真逆の、善意の願いが込められているように思えたからだった。
僕と由加里は、手紙を瓶に入れて、また海に戻すことにした。
「これを書いたのは、どんな女性だったんだろうね」
「…うん。好きな人と一緒になれて、幸せのお裾分けをしたかったのか、それともせめて他の人は
幸せになってほしいと思ったのか。どちらなんだろうね」
その後、僕たちは結婚して、女の子が生まれた。
子供が小学生に上がった頃、学校の総合時間で、風船を飛ばすことになった。
風船に手紙をくくりつけて、誰か拾った人に見てもらおうという企画らしい。
それを提案したのは、うちの娘だったという。
昔僕たちが浜辺で瓶に入った手紙を拾って読んだ話を由加里から聞いて、思いついたのだろう。
娘は、手紙に何を書いたかは、恥ずかしがって教えてくれなかったが、きっとこう書いたに違いない。
「これを拾った人が、幸せになりますように。パパとママみたいに結婚できますように」