9話
──幸せって分けてもらえるんだ。
──人間って美味しいんだ。
わたしは学びました。でも、まだまだ足りません。
「たりないよぅ。もっとほしいな」
自分を不幸だと思ったことはありませんでしたが、不幸ではないだけで幸福でもなかったのです。そういうのを感じる感覚を自分から封じていました。
そうしなければ、お母様に甘えて困らせてしまうと思ったから。
だから自らを律し続けました。周りからは大人っぽいとよく言われましたが、子供っぽくならないようにただ我慢していただけ。
この幸せの味を覚えてしまったら、もう逃げられない。目を背けることなんて、これ以上はできません。
「もういいよね? だってずっとがまんしてきたんだもん。もういいよね?」
「う、うわぁぁああ?!?!」
わたしを一目見て、一目散に逃げていく男性。あなたの幸せも分けてくださいよ。
手を伸ばしたら、右足がバキバキにひしゃげました。激痛に悲鳴をあげ、倒れた男性はもがくだけで動けません。
どうやらわたしは無意識のうちに魔法の使いかたをマスターしているようでした。
……ああ、気持ちいい。楽しい。嬉しい。喜んでくれている。
「あれ、もうおわり?」
すぐ男性は静かになってしまいました。動かなくなってしまって、声すら上げません。
「そうか、しあわせがなくなっちゃったんだ。──うーん……美味しいけど、ちょっと固い」
女の子の太ももは柔らかかったんだけどな。でも男の人の方が味は濃いのかも。
もうこの人から幸せを分けていただくことはできないようですから、次の人を探しましょう。
いえ、それよりもまずお父様に止めを刺しておきましょう。そうすればゆっくりとこの村の人から幸せを集めることができますから。
小さくなった男性の欠片を飴玉のように口に放り込みならが散策します。
「パパー? どこー?」
呼びかけてみますが、声なんてかけなくてもお父様のおおよその位置は把握できています。悪魔が持つ不思議な力、魔法の残滓のようなものをうっすらと感じ取ることができるようです。
そのお陰で、お父様はすぐに見つけることができました。
わたしが魔法で消した手足は元通りになっていました。
「みーつけた」
お父様は家の物陰で隠れるように息を潜めていました。わたしが消滅させた体の一部を復元するのに忙しかったようです。
「にげちゃうなんてひどいよ。パパ」
嬉しさに堪え切れず表情が緩んだまま手をかざし、早速魔法を発動させました。
「險ア縺励※」
足が一本無くなりました。
「險ア縺励※」
腕が一本無くなりました。
「險ア縺励※」
頭がひとつ無くなりました。
ひたすら幼いわたしに懇願するお父様。なんと心地よい感覚なのでしょう。
だからわたしは言いました。
「ゆるして? パパのせいでこんなことになったんだよ?」
お父様がお母様を殺さなければ。わたしを殺さなければ。
こんなことにはならなかったでしょうに。
「しってる? そういうの『じごうじとく』って言うんだよ? わたしかしこいよね? おべんきょうがんばったから。ママはほめてくれたよ? あたまをなでてくれたよ? おいしいごはんをつくってくれたよ?」
まだ身体に残っている別の頭を掴んで、無数にある目のひとつを覗き込みます。
「パパはなにかしてくれたっけ? わたしの中のパパはからっぽなの」
大きく魔法を発動させて、お父様の全身をゆっくりと圧縮。人よりも多く骨の砕ける断末魔を響かせながら小さくなっていき、この世から消滅させました。
それはあっけない幕切れで。
──わたしは、やっぱり満たされませんでした。