8話
「パパー? どこー?」
外はお祭り騒ぎになっていました。肌を突き刺す冷たい雨が降り頻る中、飛び出ていったお父様が村中で暴れ回っているようです。
現に、いま目の前でお父様の複腕にこねられて人間が変形しているところでした。
指の数も、腕の数も、足の数も、頭の数も、ありとあらゆる人間を象徴する部品が現在進行形でぐちゃぐちゃになっています。今のお父様にそっくりな見た目になっていきます。
これがお父様の魔法とでも言うのでしょうか。わたしが後ろからお父様に頭を掴まれたとき、一歩遅かったらああなっていたわけですか。
このままお父様を放置しておくとどんどん村の人が減ってしまうので、ここは先にお父様を殺してしまったほうが良いかもしれませんね。
いま襲われている人はもう手遅れです。手足の生えた肉団子になってしまいました。
「ダメだよパパ」
お父様が無差別で次の人間に目標を定めてにじり寄っていたので、横から体を当てて弾き飛ばし、よろけているところへ狙いを定め、魔法を放ちます。無数にある手足のうちの一本をもぎることに成功しましたが、逃げられてしまいました。基本的な動きは緩慢なくせに逃げ足だけは異常に速いです。
少しよろける程度ではわたしの魔法で致命傷を与えられるだけの隙を作り出すことはできないようです。あれだけ手足があれば支えは充分ですからね。お父様の体勢を崩すことは困難なようです。
そしてお父様に襲われそうになっていた人の、恐怖に引き攣った声が聞こえてきました。
「ぁ……ぁ……」
「大丈夫……大丈夫だ……!」
わたしよりも小さな娘と、その父親でした。娘は父親に助けを求めるように縋りつき、父親は我が子を必死に守ろうと身を挺して覆いかぶさるように庇っています。
「いいなぁ」
わたしのお父様は守ってなんてくれなかった。それどころか傷付けた。それどころか死に至らしめた。それどころか魔人になって大量殺人鬼となった。
それどころか、それどころか、それどころか──
わたしは親子へ手の平を向けます。
「わたしにもわけてよ。すこしでいいから」
ゆっくりと近づいて、父親の肩に手を置きました。
そうしたら、腕がもげてしまいました。骨が脆いとか、そういう病気かなにかだったのでしょうか? ちょっと触っただけなのに。
「う──があぐぅぅぅ…………!!」
「おとうさん! おとうさん!!」
堪え切れず、食い縛る歯から呻き声が漏れる父親。耳障りなくらいに高い声で父親に縋り付く小さな娘。
なんでしょうか、この幸福感は。
「ありがとう、わけてくれんだ。しあわせを」
もっと。
もっともっと。
もっともっともーっと。
幸せになりたい。幸せを感じたい。
「────ふふ」
そう思った次の瞬間には、わたしの目の前に真っ赤な血溜まりが生まれて。
バラバラに引き裂いた娘のもも肉を齧って、咀嚼して、飲み込んで。
「おいしい……」
生まれてこの方食べたことなどないご馳走に、笑みがこぼれたのでした。




