7話
お父様は生きていました。わたしの魔法で心臓を握り潰したと思ったのに、生きていました。
「どうし──」
振り返ろうとして、振り返れませんでした。
頭を手で押さえつけられたのです。強い力で。四方八方から。
お父様の手はわたしが魔法で消滅させたはずなのに。人間の手はふたつしかないはずなのに。
どうしてでしょう。お父様からわたしと同じような、禍々しいなにかを感じます。
これはもしかして──お父様の魔力?
「縺励s縺ァ縺上l」
お父様は腹の奥底が捻じれるような、人間ではない言葉を太腿から発しました。
ますます不気味な雰囲気が増幅されていきます。わたしの背後では、今も謎の禍々しい魔力が蠢き、それに連動するように耳を塞ぎたくなる奇怪な音が鼓膜を舐めてきます。
──ゾワゾワゾワっ……!
気色悪い感覚が内臓をこねくり回すように愛撫してきました。
わたしの頭を拘束している複数の手を全て魔法で握り潰して圧縮し、離脱します。追撃はありませんでした。
もし離脱していなかったら、わたしは今頃ぐちゃぐちゃにされていたかもしれません。
「……どうして。パパ」
わたしは目を伏せて、静かに呟きました。
ずっと良い子に生きていたのに。ずっと我慢してきたのに。生まれて初めてのワガママだったのに。
聞いてくれないんだ。〝死んで〟っていうわたしのお願い。
お母様に触れると少し痛そうな顔をするから触らないようにしてたのに、困ったように笑うからなるべくワガママ言わないようにしてきたのに。
お母様の温もりを存分に感じられないまま、冷たくなってしまいました。もう二度とお母様に温もりが戻ることはありません。
そんなことになったのは……お父様のせいなのに!
「いっかいでダメならなんかいも──」
大好きなお母様を殺した敵を許すことなどできません。不可能です。どれだけ謝ったとしても、もうこの怒りが静まることなどないでしょう。
視線を持ち上げると、静まらない怒りが冷めてしまうんじゃないかと思うほど衝撃の光景が目に入ってきました。
「繧、繧ソ繧、繧」
「……………」
──わたしは言葉を失いました。
お父様がお父様ではなくなっていたのです。手の数も、足の数も、目も耳も鼻も口も、全てのパーツの位置と数が異常をきたしていました。その姿は人間と呼ぶにはあまりにも異形で、あまりにもおぞましく、その存在感はまさしく悪魔であり、魔人と呼ぶのも憚られる、そんな姿をしていました。
魔人とは人類を脅かす危険な存在だとお母様から教わりました。コレをこのまま放置することはできません。最悪、誰かがお父様を殺してしまう。
その前にわたしがもう一度殺さなきゃ。
どうして魔法の使いかたがわかるのか。そんな疑問すら浮かばず、当たり前のように魔力を操り、お父様にわたしの魔法を発動します。
「繧、繧ソ繧、繝弱う繝、」
わたしの魔法が発動する前に、人間ではありえない身体能力で飛び出すように家から出ていきました。窓をぶち破って。
「させないよパパ」
わたしはお父様を追いかけました。
お父様に先を越されるわけにはいきませんから。
わたしから逃げるように窓から飛び出していったお父様。お父様は人間を殺す気です。だって悪魔に乗っ取られた人間──魔人は人間を殺すものですから。
だからわたしも人間を殺さないといけません。
わたしを差し置いて幸せに暮らしている人間なんて生かしてはおけません。死んで、わたしと一緒に他人の幸福に唾を吐き捨てようではありませんか。
──この時、この支離滅裂な思考に、わたしは一切の疑問を持てませんでした。




