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5話

 子どもは風の子ということで、わたしは寒い冬空の下でも、元気に外で遊んでいました。と言っても家のすぐそばです。友達と呼べる存在はいませんでしたから。

 でも動かない友達なら沢山いますよ。どや。

 ……まあ、ぬいぐるみって言うんですけど。お母様が時間の合間を縫ってたくさん作ってくれたものです。


「これでよしっと……ほめてくれるかなぁ?」


 わたしは大きさの違う雪玉を二段重ねにして木の枝を突き刺し、仕上げで頭に小さなバケツを被せて見事な雪だるまを完成させました。

 顔や身体の曲線も、感情豊かな表情も、年々完成度が上がっています。今年の雪だるまの出来も完璧ですね。どや。

 いつもは体中が冷えて大変な思いをしているのですが、今年はお母様が作ってくれた純白のお揃い手袋とマフラーのお陰で楽勝でした。セーターも大活躍です。

 今度は耳当てをおねだりしてみちゃおうかな、なーんて。

 ────、


「…………?」


 冷たい風が吹いてきて耳が痛みを訴えたとき、その風に乗って小さな音を捉えました。それは、陶器が割れるような乾いた音。


「なんだろう? うちから?」


 聞こえてきた音の方向は我が家からでした。

 まさかと思い、わたしは急いで戻ってそっと玄関から中に入りました。


「ママ? パパ……?」


 リビングには誰もいませんでした。が、陶器の破片が奥にあるキッチンから飛んできていました。

 音を殺し、息も殺し、そっとキッチンを覗き込むと、そこにはお父様の後ろ姿が。


「────っ!!」


 そしてお母様もそこにいましたが、わたしはそれがお母様であるとすぐに理解することができませんでした。

 顔、体、腕、足、あらゆる場所が血まみれになっていました。全身を包丁でめった刺しにされていたのです。

 床にはお母様から流れ出た血で泉が出来上がっていました。深紅の泉は深く深く、どこまでも沈んでいきそうなほどに深く……そして鮮やかでした。


「マ、マ……?」


 わたしの震える声にお父様がそっと振り返りました。

 返り血を浴びたお父様の光を失った視線はわたしを貫いて──


「──いたのか。そうだったな、お前も殺さないとなぁ」


 そう言うお父様の目は血迷っていて、血走っていて、瞳の挙動が狂っていて、焦点が合っていなくて。

 声も震えていて、手足も痙攣していて、言葉は濁っていて、目に見えそうなほどに酒臭くて。

 歪んだ表情で(わら)うお父様は、正気を失っているようにも見えましたが、わたしの目にはそれが違和感無く映りました。それこそがお父様の本性であり、自然体だったのです。

 常日頃からお母様に暴力を振るっていましたが、お父様はそれでも我慢をしているほうだったのです。なにかをきっかけにして、それが今になってとうとう爆発した。


「誰にもやらねぇ。誰かに取られるくらいなら……」


 ぶつぶつとなにかを言っていますが、全く理解できません。


「ぃや、パパ……やめ──」


 いやいやと首を振りますが、聞く耳を持ってはくれず、お父様は手に持った包丁をわたしへ振り下ろしたのです。

 容赦なく、躊躇なく、何度も何度も振り下ろしました。


「いだぃ──パ、バ……! ぅが、げぇ」


 鋭くて硬い異物が皮膚を突き破り、筋肉を引き裂き、骨に当たって神経をズタズタにしていく感触をたくさん味わいました。

 馬乗りにされて身動きが取れないわたしを相手に、お父様はとても(たの)しそうでした。

 悪魔のような(わら)い声を上げて、悪魔のような所業をいとも容易くやってしまいました。

 あっという間に痛みなんて感じなくなって、筋肉が言うことを聞かなくなって、光が目に入らなくなって、体温が下がっていって、音も認識できなくなって、暗闇の世界に飲み込まれて──




 わたしの命は地獄に引きずり込まれました。




 ──お父様は、自らの家族をその手にかけてしまいました。

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