4話
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「──ぇ? あ……ううん、なんでもない」
目の前にいるお母様に、わたしは誤魔化すように笑みを浮かべて首を振りました。
お母様は「そう? ならいいけど」と柔和な笑みを浮かべて趣味の編み物に戻っていきました。今年の冬は冷え込むと言っていましたから、とても楽しみです。手編みのマフラーと手袋。それからセーターも。
「あとどれくらいでできるー?」
「もうちょっとだから、大人しく待っててね」
何度聞いたかわからない質問に、何度聞いたかわからない返事。
お母様は笑顔でわたしの頭を撫でて、懲りずに答えてくれました。
「これができたらママとおそろい?」
「うんお揃い。とっても暖かいよ」
練習ということでお母様は自分の分を先に編み上げています。それを羨ましがったらわたしの分も作ってくれると約束してくれたのです。
そして、こうして約束を守ろうとせっせと編み物をしてくれているのです。
と言いますか、わたしが急かしたんですけどね。てへ。
「奇麗な白い毛糸だから、きっとあなたに似合うわよ」
「えへへ……」
わたしのために、わざわざ白い毛糸を選んでくれたのです。これを楽しみと言わずして何と言いましょうか。
ああ、なんて幸せな時間なのでしょう。ずっと……ずっと……この幸せが続けばいいのに。
──そう思った矢先でした。
「おう、戻ったぞー! ──ゥィック!」
「あ、お父さんが帰ってきたわ。お出迎えしなきゃ」
「…………」
お母様は編み物を中断して、帰ってきたお父様を慌てて迎えに行ってしまいました。仕方のないことですが、わたしはぷくっと頬を膨らませました。
あの人が帰ってくると、幸せな時間がどこかへと失せてしまいます。外でしんしんと降っている粉雪のように、手のひらに乗った幸せは瞬く間に溶けて消えてしまう。
別室から聞こえてくる「おせぇんだよ! とっとと働け!」という怒声と共に聞こえてくる大きな物音。お父様が椅子でも蹴飛ばしたのでしょう。
「あんなやつ……」
これ以上を口にしてはいけないような気がして、わたしはグッと言葉を飲み込みました。
でも心の中では思います。
──あんなやつ、いなければよかったのに。
そうすればお金も無くならないし、お母様も辛い思いをしないし、幸せな時間が邪魔されないで済みます。
でも両親がいるからこそ、今のわたしでいられる。だからなにもしないのが正解なんだと、思い込むようにしていました。
「でも……いつか……そのうち……とおくないみらいで……」
死ねばいいのに。お父様なんて。
そんなわたしの願いは聞き届けられました。
──悪魔に。