16話
お医者様とマダムの暖かな人柄もあり、わたしがこの家に馴染むのにそこまでの時間はかかりませんでした。
癒えることなどありえない心の傷はわたしの口数を減らし、表情を暗いほうへと引っ張りますが、それでもこの家の二人は気にせずに接してくれました。わたしの心の闇を照らそうとして。
無理にわたしの懐に入ってこようとはせず、あくまでわたしから二人に話を打ち明けるのを待ってくれたのです。
この二人になら、村でなにがあったのか話しても大丈夫だと、そう思えるようになるまで。
わたしは決心を固め、夜に二人の寝室のドアを叩くと、すぐに扉を開けてわたしを出迎えてくれました。
よかった、まだ起きてたとわたしは安心しました。
「おや、どうしたんだい? 眠れないのかい?」
「えっと、あの……」
「──まぁ、とりあえず入って。ゆっくりしなさい」
わたしの態度から真剣な話があると悟ったのか、二人は椅子を引いてそこに座るようにわたしを招きます。
丸いテーブルを囲むように、向かい合いました。
お母様以外の人と面と向かって話す経験があまりなかったため、なんだか緊張してしまいます。
言いにくそうにしているわたしを見かねて、お医者様が助け舟を出してくれました。
「話してくれる気になったのかな? 君の村で何が起こったのかを」
「…………あの」
きっと、この二人なら受け止めてくれる。この優しい夫婦なら受け入れてくれる。小さな子どもの肩に背負うには重すぎる罪を話して、ちょっとでもいいから楽になりたかった。
そう思って、わたしはあの日、あの時、なにが起こったのか話すことにしました。
「パパが、ママを、その…………」
「ゆっくりでいいんだよ。無理に話そうとしなくてもいいからね」
なかなかうまく話せないわたしに、二人は優しく、根気強く付き合ってくれる姿勢でした。
信用して、信頼して、心を開くように、わたしは口を開きます。
「パパが……ママを──ころしたの」
「ああ……なんてことだ」
「可哀想に……」
わたしの言葉に胸を打たれ、辛そうな表情を浮かべる二人。
「ほうちょうで、なんかいも……さして、そ、それで」
口にするたびに映像が脳裏に蘇り、話せば話すほど映像が鮮明になっていき、わたしの呼吸が乱れ始めます。それでも、一度話し始めてしまったら引き返すことはできません。自分で固めた決意を無下にしないためにも。
「わたしも……ころされたの」
「「…………!」」
二人は驚いた表情でお互いの顔を見合っています。なにを突然訳のわからないことを言っているのか、と思っているのでしょう。
でも事実です。わたしは間違いなくお父様に殺された。
お医者様とマダムはどう思うでしょうか。
なにを言っているんだと不理解を示すのか。
子どもの冗談か悪い夢と笑うのでしょうか。
それとも──悪魔の子だと、突き放すのでしょうか。
「────!」
ふわりと、温かな感触にわたしは包まれました。
二人が両側からわたしのことを抱きしめてくれたのです。
「辛かったね。大変だったね。よく頑張った」
「あなたはもう私達の大切な家族よ。お母さんの代わりにはなれないけど、おじさんおばさんだと思って」
「うん……ありがとう。──さん、──さん」
そこで初めて、わたしは二人の名前を呼びました。それに応えるように抱き締める力が強まり、家族に包まれているという幸せを実感しました。
『────』
ふと、そよ風のようにささやかな何かが耳を掠めていきました。
「どうしたんだい?」
「う、ううん……」
「そうだわ、今夜は一緒に寝ましょ? ちょっと狭いかもしれないけど、きっといい夜になるわ」
おばさまは恰幅がいいので、確かに狭そうです。
でも……それもたまにはいいかもしれませんね。
『 ── 後 悔 し ろ 』




