10話
気がつけば、わたしが住む村は閑散としていました。冷たい雨は今も降り続いていて、歩いても歩いても、どこにも幸せがありません。
邪魔なお父様も排除しましたし、どうも順調すぎたようです。お腹もいっぱいです。脳みそと太ももが一番美味しかったです。
「…………」
そこで、わたしの視界に入ったのは自分の家でした。いつの間にか村を一周して戻ってきていたようです。
なにを思ったのか、わたしは吸い込まれるように中へ。光に集まる虫のように。
しんと静まり返った室内にギシギシと響き渡る足音。
──ここにはもう誰もいない。なにもない。はずなのに。
「……ううん、ちがう」
この家にはお母様がくれた思い出がある。幸せがたくさん染み込んでいる。
……そうだ。どうして忘れてたんだろう。こんなにも大切な場所を。
「ママ……?」
キッチンには、血まみれになったお母様が倒れていました。お父様の手によってとっくに死んでいて、身動きなどするはずがありません。
それなのに、わたしはお母様の手を取りました。温もりを感じられるような気がして。
「つめたい……」
当たり前。お父様が殺したんだもの。
「どうしてしんじゃったの、ママ……」
お父様が包丁で刺して死んだ。当たり前。
わたしの視界が歪みました。ポタリと落ちてきたのは透明な液体。
赤く染まってない、透明な。これは──
「なみだ……?」
生まれてから痛み以外で泣いたことなんてなかったのに。怪我をしても我慢できたのに。
このあふれてくる涙はなんですか? どうして怪我をしていないのに涙が出てくるの? どうしてこの涙は我慢できないの?
教えてよお母様。ねぇ、教えてよ。お母様ならわかるよね? お母様なら教えてくれるよね?
「な、んで……っ! なぉ……?!」
どうしても舌っ足らずになっちゃうし、呼吸すらうまくできなくなってしまいました。
きっと今のわたしは酷い顔をしているのでしょう。
「………………え」
まだ血に染まっていない包丁が落ちていて、反射で映り込んだ自分自身が目に入りました。
そこでようやく、自分の異変に意識が向きました。
お母様が編んでくれた純白のセーターも、お母様譲りの真っ白な髪も肌も、ドス黒く染まっていました。たくさんの返り血によって。
普段なら絶対に許せない汚れ。それがこんなになっても気がつかなかったなんて。わたしらしくありません。お母様譲りの奇麗好きが泣いています。
「あ……ぁ……?」
いえ、そんなことよりも。映り込んでいるのは本当にわたしなのですか? 酷い顔をしているどころの話ではありません。
だって──ツノが生えてる。牙が伸びてる。目が真っ赤に染まってる。
わたしじゃない。これはわたしの顔じゃない。
こんな姿わたしじゃない。お母様がくれたわたしじゃない! お母様が愛してくれたわたしじゃない!
あなたはだれ! どうしてあなたはわたしなの?! どうしてわたしはあなたなの?!
出ていって! わたしを返して! 今すぐに!




